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名古屋鉄道にかつて在籍していた吊り掛け駆動の旧型電車を呼称するグループ名の一つ。対になるのはAL車。現在の名鉄発足以前から存在したが、特に車体更新により登場した全金属車体グループについて言及されることが多い。

概略

抵抗制御式の電車・電気機関車は抵抗器をつなぎ替えることでモーターへ流れる電流を変化させて加速していくのだが、HL車は手動で切り替えていく。一方、AL車は自動的に切り替えて加速させていく。
HL車の進段は、電流計を目視するかあるいは速度計、一番原始的には外の流れる景色またはレール音から速度を暗算で割り出しスイッチを切り替えるという方法による。
「進段」というものの、逆に戻すことも理屈としては自在である(不用意には壊れるのでやらないであろうが)。
日本語(というか名鉄での用語)では「間接手動進段車」とされる。
Hは手動(Hand operating)、Lは架線電圧(Line voltage)がアメリカの開発元での命名根拠であったが(抵抗器で降圧し、制御器の端子電圧を家庭電源程度にするが、無負荷であれば架線電圧がそのままかかる)、実際には名鉄のHL車は3730系以降(それ以前の車両も改造)電動発電機で100Vなど(24・36Vなどもありうる)車載電池の電圧にしてからマスコンおよび主制御器に印加しており、厳密にはHB(B=Battery voltage)であろう。
永年慣用されてもう覆しようがないが。

なお総括制御になる前、最初期の電車の制御器は「直接制御式」で、運転士が握っているハンドルの下のドラムスイッチを、主回路がそのまま流れていて、高電圧が危険なだけでなく、そもそも1両単独での大容量化も難しい構造であった。
このHL車は一応抵抗降圧の場合でも主回路からは独立した回路になっていて、数百アンペアの電流が運転士の手元を通るわけではない(この点が「間接」の由来である)。
運転台で選択したスイッチがリレーで繋がり主回路の開閉がなされる仕組みで、この作りであればその主回路スイッチを人の手元に置けないほど大型化することも差し支えなくなる。その分、システム全体の信頼性が増し大型化も可能となった。
電車用は昭和の始めあたりまでの製造分に限られるが、電気機関車のノッチ進段が自動化するのははるか後のことである。

冒頭の通り、ノッチ進段の判断は人がしており機械要素が入らないため、大幅に架線電圧が変わる降圧改造(特に結線の繋ぎ変えをしても性能が変動してしまう1500V-600V)の場合、むしろ速成改造しやすいと判断されて名鉄瀬戸線(お堀電車時代)では特急車として本線の3700系(2代目)が転用された時期がある。ただし瀬戸線はその時点で全てAL車になっていたため、逆に乗務員の教習が必要になってしまったという。

車体更新は1960年頃の私鉄各社で盛んになされた工事であったが、名鉄のHL車は、原型の車両の製造時期が大正から昭和にまたがっているため「木造車の鋼体化」と「旧式鋼製車体の載せ替え」の両方が含まれる。最初になされたのは前者だったが、そのうち種車が昭和初期の1500V半鋼製車に及び、さらにそこで出た鉄の車体が、木造の600V用AL車の鋼製化、というふうにリサイクルされている。

なお、この命名区分はあくまで制御器の進段方法についてで分類しているだけである。HL同様に名鉄車両を区分する用語であるSR車とAL車に至っては、ブレーキ方式や実用上の運転速度が違いすぎたため分けただけである。本質的には駆動装置を問わず、AL同様の電機品を使った国鉄・地方私鉄では改造の上併用された車種もある。(新性能用荷物車クモユニ74等や富山地鉄向け3800系改造車)
そのため、名鉄の中古車を購入して改軌した高松琴平電鉄ではその後カルダン駆動の台車を作って当該HL車に履き替えさせたものの、制御器は相変わらずHL(HB)のままというものが見られた。
さらには名鉄で言うALとHLをそのままマスコンだけの統一で併結して走らせてしまうなどの曲芸じみた運転もあり得る(琴電では実際そうした)。

HL車の冷房化と終焉

名鉄では1976年、新性能車両として初めての本格的な通勤車両である6000系を導入。間もなく増備が始められ、戦前型の車両群を次々に置き換える。その一方、冷房化促進を目的にAL車の車体更新もおこなわれ、3600系や3900系などが、3300系(2代目。現在活躍中の同形式車両は3代目)・6750系へと姿を変えた。

そしてこちらHL車でも、従来型の2扉車ながら、冷房化を目的にした車体更新車として、1966年に3780系が誕生し、モ3780+ク2780の2両編成が10本つくられた。3780系は1978年に実施された瀬戸線の1500V昇圧にともない、瀬戸線へ転属。下回りは旧性能ながら、何と、瀬戸線初の冷房車となった。しかしながら後続はつくられず、本系列がHL車最初で最後の冷房車ともなっている。
また理由は不明であるが、名鉄のHL車は全てモーター出力75kWと、当時のツリカケ電車としても低能力なもので揃えられていた。当初低出力を補うための全Mの筈がそのままのモーターで1M1Tに、通勤対応の広幅扉の設定や冷房まで積んだため、後の登場ほど走行性能は低下している。
HL車は平成に入ってから、6000系列や、VVVFインバータ制御車の現3500系列の台頭により、その数を徐々に減らしていき、3780系の引退を以て1500V線区からは全廃。岐阜線と通称される600V線区では2005年の岐阜線全廃まで残存している。
他方のAL車は6750系が2000年代まで生き延びた。

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名鉄築港線:瀬戸線ともども、HL車が比較的最後まで使われていた路線。]]

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