ツリカケ駆動
つりかけくどう
本項目は本来かな漢字表記の可能な名詞である。
しかし、媒体によってその表現がバラバラであり、度々論争になっている。
- モーターを「吊る」ので吊り掛け式。
- 台車枠に緩衝ばねが入っているため台車枠から「釣る」構造にも見えるため、釣り掛け式。
- 釣ったモーターが車軸を駆動するため釣り駆け式。
- 送り仮名を省略した吊掛式・釣掛式・釣駆式。
なお商業媒体では二大鉄道趣味誌である『鉄道ピクトリアル』では「吊り」、『鉄道ファン』では「釣り」をそれぞれ多用している。
しかし、記事を書くライターによってはメイン特集記事とは違う記述法を使う場合もあり、要するに統一は取れていない。
ウィキペディアが何故か「吊り掛け」を正統と決めてしまったために混乱が加速したという経緯があり、本項目では無用の論争を避けるためカタカナ表記とする。
この形式は電気車や電気式内燃車の台車にモーターを装荷する方式の一つであり、モーターの一方を台車枠に、もう一方を車軸に吊り掛け(釣り掛け)る方式である。
比較的単純な構造のため装荷は容易であるが、ばね下に車軸だけでなくモーターの重さも加わるため、乗り心地や線路に加わる衝撃の面では不利であり、また逆に線路からの衝撃はモーターに直接かかるためモーター自体を頑丈に作らなければならず、その周りの各部品も頑丈に造らなければならない。さらに高速走行にも限度が存在する。
それゆえ、国内の電車では昭和30年あたりからカルダン駆動式などが主流となり、新造車には殆ど使われなくなっていった。
なお現在、国内で機関車を除く「最新の(機器流用等ではない)」ツリカケ式電車は近畿日本鉄道北勢線270系モ277(現三岐鉄道クモハ277)で、1990年(平成2年)製となる。
なおドイツやイギリス、ベルギーなどヨーロッパ諸国ではメンテナンス性その他の理由で長距離鉄道や都市鉄道においてもツリカケ式電車が1980年代まで量産されていた。
路面電車においても、1950年代に普通鉄道にてカルダン駆動車が導入されて間もなく同駆動車が各地で採用されている。
しかし、路面電車は単行車が多い故に古典的なツリカケ車両が多く、そうした中でこれら「新性能車」は当時のベテラン運転士に嫌われ、多くは本格採用されずに消えて行った。
当時のカルダン駆動路面電車の成功作には大阪市電3001形や名古屋市電2000形などがいるが、これらは路線そのものの廃止で運命を共にしてしまった。
そう、なかなか新機軸の採用が本格化出来ないうちに、モータリゼーションの時代が到来して路面電車は各地で道路の邪魔者扱いをされ、60年代以降多くの路線が廃止に追い込まれてしまったのだ。
幾つかの事業者では、戦前の古い車両を淘汰するため、廃止された別事業者の中古車を導入する例が相次いだが、これらの対象のなったのは古典的なツリカケ駆動車であった。
さらにはカルダン駆動車の一部も、機器を旧型車のツリカケ駆動に変更した上で採用されたため、50年代の新性能路面電車はほぼ絶滅した。
今も当時からのカルダン駆動車として活動するのは熊本市電5000形(元は西日本鉄道福岡市内線車両)と阪堺電気軌道モ501形のみである。
そのため、60年代から70年代にかけて行われた路面電車の過酷な淘汰劇を生き残った車両の大半がツリカケ駆動車であり、普通鉄道が次々とカルダン一辺倒になる中で各地の路面電車は吊りかけ王国と化した。
しかしその天下も長くは続かない。80年に入りついに路面電車の見直しが始まり、同年広島電鉄と長崎電気軌道にて「軽快電車」と呼ばれる新型路面電車が登場。
以降、各地で少しずつだが新型路面電車の製造が再開されていった。
…とは言え車両の新造はお金がかかり、特に路面電車では機器流用がお家芸のようになっていたため、見た目は新型だが中身は旧型の機器を流用したツリカケ駆動電車、という事例も多発した。
こうした改造は21世紀になっても続いており、路面電車ではまだ当面ツリカケ駆動の音が消えることは無さそうである。
ただし、80年代以降の流れの中で完全新製されたツリカケ駆動車は一両も存在していない、つまりその全てが機器流用車である。
更に1997年には熊本市電が床がフラットな超低床電車を採用、やがて高床構造で最初から床がフラットな一部事業者を除き、全ての路面電車に採用されることとなった。
この構造を実現するために特殊な台車を履くのが超低床電車の常識であり、もはや機器流用車は主流ではなくなった。
なお、無謀にも機器流用をしながら超低床を実現した車両に函館市電8100形がいるが、単純に入り口付近の低床部を広げたようなもので台車部との間にはステップをつけざるを得ない部分超低床構造となり、しかも転倒事故が発生したことで危険とされ採用は1両で留まっている(函館市電は後に完全新製の超低床車9600形を導入)。
また、アルナ車両の製造する超低床車「リトルダンサー」のタイプSは機器流用も可能としているが、実行した事業者は未だに存在していない。
超低床車はそもそも構造的にツリカケ駆動そのものが採用しにくく、ゆっくりとではあるが、ツリカケ駆動車は路面電車でもまた、終焉に近づいているのだとも言える。
なお1960年代にも京阪80形など諸事情でツリカケ駆動を採用しながら高性能な車両が存在しており必ずしもツリカケ駆動=低性能旧式とは断言できない。
ツリカケ駆動は構造が単純で信頼性が高く、尚且つ継ぎ手を要さないためにモーターのスペースを広く取れるので大出力モーターを有する機関車では現在でも採用が続いている。
ED70・ED60・ED61・EF60・EF61にてクイル式という形式を試験したものの問題があり再びこの形式に戻された。クイルの継ぎ手は金属バネで異常振動を起こしやすく、またギアボックスを密閉できないなどの故障の因子が多かった。
また、EF66ではより大型の主電動機を搭載するためツリカケ式とクイル式の中間と言える中空軸可撓ツリカケ駆動方式が採用され、その後開発されたVVVFインバータ制御のEF200・ED500ではリンク式というクイル式の改良型(継ぎ手がゴムブッシュで、ギアボックスも密閉されている)が採用されたが、どちらもあとが続かずEF210以降はツリカケ式に戻された。
カルダン駆動・もしくはWN駆動の機関車もあるにはあるが、東京都交通局 E5000形 や名古屋鉄道のEL120のように、電車の回送や工事用列車の牽引などの軽負荷の用途のものに限られる。
電気機関車を大量に使用してきた欧州大陸では、整流子モーターの時代は長らくクイル式・リンク式の系譜の駆動装置を用いてきたが、インバータ式機関車しか作られなくなった近年では140km/h以下でしか走らない貨物用機関車の構造簡略化のため、貨物用に限りツリカケ式の車両が作られている。
モーターに車軸の軸受けと台車枠への固定部があり、台車枠にはバネや緩衝ゴムを介して固定し、もう一方の軸受けには車軸を通して固定する。モーターの重量は台車枠と車軸に、モーターからのトルク反動は台車枠にかかる。車軸の変位による車軸-モーター間の間隔は変化しない為、減速歯車-モーター間の変位を吸収する継手は不要。
この形式はアメリカの発明家が19世紀後半に発明した。しかし、アメリカにおいては1930年代に直角カルダン駆動方式を採用した高機能路面電車PCCカーの発明やその後の高速鉄道の衰退とともにこの形式はほぼ見られなくなった。
一方ヨーロッパでは路盤が頑丈であり、都市近郊電車で使う限りデメリットが特に気にならず、現在でもこの形式の車両が新造されていたりする(中にはVVVF制御でこの駆動形式を用いているものも)。
日本でもPCCカーを導入、国産化を目指して技術開発が行われ、東京都交通局5500形がその第1号(和製PCCカー)として製造された。しかし初期のカルダン駆動車はそのキモである継手の精度不足からピニオン脱出や継手の破壊などのトラブル、また高回転主電動機の取り扱いに不慣れなことから潤滑不足に陥るなど返って保守の手間が増加した。この頃路面電車は斜陽と言われており比較的経済的な不安のない都交ですらコスト削減を強く要求されている事態で、加えて従来車に慣れた運用側からの要求もありツリカケ式に回帰していった。
また、京阪電気鉄道80形のように、京津線という特殊条件の路線(併用軌道あり、最急勾配66.7‰)で回生ブレーキを使用するために大型の複巻電動機を採用したため、カルダン式ではメンテナンスに難があることからあえてツリカケ式を採用した事例もある。(同時期に製造された京阪本線系の回生ブレーキ車2000系はカルダン式)
しかし小田急電鉄・帝都高速度交通営団・東急電鉄がカルダン駆動の国産化に傾注した結果、1954年までには普通鉄道におけるカルダン駆動の実用化への大きな障害を克服し、さらに狭軌で大出力の並行カルダン方式をとれる中空軸並行カルダン(発想自体は海外発だが、日本の中空軸並行カルダン方式に使用されたTD撓み継手は東洋電機(Toyo Denki)が開発したもの)を採用した国鉄101系が登場、やがて新幹線へと至る動力分散大国の2ステップ目を踏み出すことになる。
類似した構造
JR東日本E331系のDDM方式がよく見てみると車軸-モーター間の減速歯車が無い(車軸を直接駆動する方式のため)だけで、モーターが車軸と台車枠に装荷してありツリカケ駆動と類似点を持つ構造となっている。
……ところが、その直接駆動という方式がモーターが非常に重くする(低速回転かつ特殊なモーター)結果となってしまい、編成重量は他の形式の列車より軽いのにもかかわらず動力台車の軸重が線路の許容軸重ギリギリで線路に与える負担が非常に大きいという泣き所となってしまっている。
ついでに言うとこの方法、古くはロンドンの地下鉄で電化黎明期に採用されたという、ツリカケ式よりも古典的な方法だったりする。
現時点での動向
JRでは既にツリカケ駆動方式を用いた旅客車は現存しない。2000年代初頭まで旧型国電として一部が運行されていた。大手私鉄では2000年代後期の東武鉄道群馬ローカル区間や名古屋鉄道瀬戸線での全廃に加え、近畿日本鉄道のナローゲージ区間が三岐鉄道・四日市あすなろう鉄道に譲渡・分離されたため、ついに消滅した。
中小私鉄では下記に記した鉄道では保存車または現役車でいくつか運用されている。筑豊電気鉄道は日本で唯一ツリカケ駆動電車のみ保有する鉄道であったが、2015年に新型の超低床電車がデビューしこの状態は解消された。
1067mm以上の一般的軌間において、1983年製造の江ノ電1200形(※)を最後に、また併用軌道を走らない電車としては1978年の遠州鉄道30形を最後にツリカケ方式の新製車は誕生していない。
- ※:江ノ島電鉄がツリカケ式を採用した理由は、連節車のトラックベースと同線の車両限界からの関係であり、車両自体は純然たる高床式の鉄道型電車である。また同線は1945年11月に全線を鉄道線(旧鉄道省→運輸省管轄)に変更しており、法的には所謂「路面電車」ではない(「路面電車」は軌道線、旧内務省→建設省管轄)。本来鉄道線では併用軌道は認められないが、同線と熊本電鉄のみ既設区間の特例として認められている。
路面電車界では、古くなった車両の車体を改修することで延命が続いているが、都電のように足回りを改修してしまう例もちらほら現れている。
路面電車において完全新製されたツリカケ駆動車は、最近では1964年の広島電鉄2500形(現3100形)などがあるが、大半は一度以上機器流用されたものである。
ツリカケVVVF
鉄道発祥国のイギリスや、ロシア・モスクワの地下鉄を走る電車、台湾鉄路管理局のEMU500型電車など、VVVFインバータ制御にツリカケ駆動を組み合わせた電車が実在する。
日本ではJR貨物と黒部峡谷鉄道の電気機関車・電気式ディーゼル機関車に限られている。
JR貨物では最新式のDD200などでも採用が続けられており、機関車では今後も主役を務めると思われる。
直流モーターと違ってかご形誘導電動機の場合回転子に外からブラシ等で給電しておらず、衝撃を受けて磁界が歪んだとしてもそれがスパークなどモーターを傷める原因に繋がらない。
ましてアルミ合金などの素材でできた回転子が軽いということも、こういう選択につながっているのだろう。