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ミライヘノツバサの編集履歴

2024-05-25 14:05:14 バージョン

ミライヘノツバサ

みらいへのつばさ

日本の競走馬・誘導馬。青森県産馬による12年ぶりの重賞制覇を果たした。

概要

日本の競走馬誘導馬

主な勝ち鞍はダイヤモンドステークス(2020年)。


プロフィール


略歴

2013年

4月27日、グリーングラスブルーアレツタムロチェリーなどを生産した青森県七戸町の諏訪牧場で誕生。

父のドリームジャーニーは非常に小柄で気性難で知られた。

母のタムロブライトはタムロチェリーの仔で、JRAダートを走ったが未勝利だった。

母父のシルバーチャームはアメリカ二冠馬でドバイワールドカップも勝ち、アメリカ競馬殿堂入りを果たしたが、種牡馬としては実績を残せず、日本に輸出され日本軽種馬協会静内種馬場で供用されていた。

父に似ず大柄で人懐こい性質だった。


2014年

7月14日、セレクトセールに上場され、三島眼科医院川崎市)院長の三島宣彦が1000万円で落札。

「ミライヘノツバサ」と名付けられ、美浦の伊藤大士厩舎に入厩する。


2015年

10月17日、東京競馬場新馬戦でデビュー。アグレアーブルの6着に敗れた。

12月12日、中山競馬場未勝利戦に出走しステイパーシストの2着に敗れた。


2016年

1月5日、中山競馬場の未勝利戦に出走しラグルーラの3着に敗れた。

1月23日、中山競馬場の未勝利戦に出走し1着。初勝利を挙げる。

4月2日、山吹賞(500万下)に出走し1着。

4月17日、皐月賞GⅠ)で重賞初挑戦。ディーマジェスティの12着に敗れた。

7月3日、ラジオNIKKEI賞GⅢ)に出走しゼーヴィントの8着に敗れた。

7月30日、阿寒湖特別(1000万下)に出走しカフジプリンスの5着に敗れた。

10月1日、習志野特別(1000万下)に出走し1着。

10月23日、菊花賞(GⅠ)に出走しサトノダイヤモンドの13着に敗れた。


2017年

1月7日、迎春ステークス(1600万下)に出走し1着。

1月22日、アメリカジョッキークラブカップGⅡ)に出走しタンタアレグリアの3着に敗れた。

3月25日、日経賞(GⅡ)に出走しシャケトラの2着に敗れた。レース後に右前脚の屈腱炎を発症し休養に入る。


2018年

9月23日、1年半ぶりにオールカマー(GⅡ)で復帰。レイデオロの10着に敗れた。

11月17日、アンドロメダステークスオープン)に出走しドレッドノータスの6着に敗れた。


2019年

1月20日、アメリカジョッキークラブカップに出走しシャケトラの10着に敗れた。

4月14日、福島民報杯リステッド)に出走しレッドローゼスの6着に敗れた。

5月11日、都大路ステークス(リステッド)に出走しソーグリッタリングの10着に敗れた。

7月21日、福島テレビオープン(オープン)に出走しリライアブルエースの3着に敗れた。

9月1日、丹頂ステークス(オープン)に出走しポンデザールの12着に敗れた。

9月15日、ラジオ日本賞(オープン)に出走しローズプリンスダムの11着に敗れた。


2020年

伊藤師がJRAと相談した結果、引退後は馬事公苑に預けられることが決まった。

2月1日、白富士ステークス(リステッド)に出走しインビジブルレイズの8着に敗れたが、1着と0.6秒差だったため重賞に挑戦する事となった。

2月22日、ダイヤモンドステークス(GⅢ)に出走し、メイショウテンゲンの強烈な差しを凌いで1着。単勝325.5倍という大穴で、青森県産馬による12年ぶりの重賞制覇を果たした。

5月3日、天皇賞(春)(GⅠ)に出走しフィエールマンの12着に敗れた。

5月31日、目黒記念(GⅡ)に出走しキングオブコージの13着に敗れた。

6月5日、JRA競走馬登録を抹消し引退。馬事公苑で誘導馬としての訓練を受ける。

10月25日、東京競馬場の誘導馬としてデビュー。


関連タグ

16世代 競走馬 誘導馬 青森県

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