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ナウル

なうる

ナウルは南太平洋に浮かぶ島国。正式名は、「ナウル共和国」。
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基本データ(外務省ホームページより)

人口約1万人(2012年)
面積21.1平方km
言語英語が公用語、ナウル語も使用
民族ミクロネシア系
宗教キリスト教が主


概要

太平洋南西部に位置する島国で、人口、面積ともに世界で三番目に小さい国である。1798年にイギリスの捕鯨船によって発見され、プレサント島と名付けられた。1888年にドイツ領になるが、第一次世界大戦後イギリス領になった。その後、第二次世界大戦中の1942年に日本軍に占領されるが、戦後は、アメリカやイギリス、オーストラリアニュージーランドによる国連の信託統治領を経て、1968年1月31日に独立した。首都は政庁があるヤレンとされているが、正式に定められてはいない。これは、ナウルには日本の市町村のような自治体が無いため(行政区画はすべて地区に振り分けられている)である。
サンゴ礁の島であるナウルは、アホウドリなどの海鳥が排泄した糞が長い時間をかけて島に堆積し、その結果、化学肥料の原料になるリン鉱石ができた。このリン鉱石を輸出することによってナウルは栄え始めた。

繁栄と没落

リン鉱石が発見される前、ナウルの人々は漁業と農業をしながら細々と暮らし、貧しいながらも貧富の差が無い温和な生活を過ごしていた。しかし、ドイツ領だった1889年にリン鉱石が発見され、1906年から採掘が始まると、それを輸出することによって、オーストラリアやニュージーランドを除くオセアニア諸国の中で経済的に発展した国になった。さらに、1960年代から本格的になった輸出によって莫大な利益が入るようになり、人々の暮らしは一転した。
特に最盛期の1980年代中頃は、世界最高の所得水準を誇っていて、国民は無税、医療費や教育費は無料であるほか、全年齢に年金が支給された。当時、食料や工業製品の調達をはじめ、政府機関を除く労働者は皆、中国や近隣諸国から来た出稼ぎだった。また島に一本しか走っていない道路には、鉱石の採掘権で富を得た人がフェラーリベンツなどといった高級外車を乗り回し、食事も、中国人が出稼ぎ労働者向けに出している店で三食済ますという生活だった。
しかし、夢のような生活も長続きしなかった...。

1989年に採掘量が初めて減少したリン鉱石は、1999年にはほぼ枯渇した。鉱石の輸出に依存し、将来のための基金や内部留保を十分貯めていなかったナウルの経済は、あっという間にインフラの維持が出来ないほどに破綻した。2003年に2月には資金難の影響で通信設備が維持できなくなり、海外とナウルとの通信が途絶する事態が起き、一時は政変やクーデターが起きたのかと騒ぎになった。このころになると、ナウル政府は国際社会から援助を得るために様々な行動を起こした。なかでも2002年に、それまで国交関係にあった台湾との関係を断絶し、中国と国交を結び、1億3000万ドルの援助金を引き出すことに成功した。しかし、2005年に今度は中国との国交を断絶。台湾との関係を回復し、台湾から援助を引き出すという荒業をやってのけた。

働くことを知らない国民

一方、当の国民は働かずに、一日中何もしない生活を過ごしている。2007年に、日本テレビ世界の果てまでイッテQ!の企画で取材班が現地を訪れた際には、日中の街中には多くの人々が意味もなく歩き回っている様子が映し出されていた。歴史上、ナウルの人々が収入を得て生活をするということを知らなかったため、就業意欲が無いというより、働くことを知らないからである。取材当時、政府が小学校で高学年向けに働くことを教える授業をし、国の未来を担う子供たちに働く意欲を持たせようとしていたが、鉱業に産業が集中していたため、その他の民間企業が無いこと、インフラ整備が進んでいないこと、国民の就業意欲が極端に低いことなど悪条件が重なっているために、現地での起業や、外資の誘致が進んでいない。
さらにもっと深刻なのは、子供の頃から働くことを知らない大人たちで、彼らに対する政策はなにもなされていない現状が続いている。前述の取材班が、成人男性に何をしているのかと質問したところ、「何もしていない」、「釣りをしている」、「暇つぶしにバイクで島を一回りしていた」と危機感のない返答をしていた。
このように、ナウルは歴史上、「魚を獲って生活をする」、「きつい労働をさせられる」、「遊んで生活する」という経験しかしなかったため、「自分で働いて稼ぎ、そのお金で生活する」という概念を持っていないのである。このため、2011年の失業率は驚異の90%とかなり深刻になっている。

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