概要
羽林家の下で半家の上であり羽林家と同じく大納言に就任するが、侍従・弁官を経て、中納言・大納言に就任する。例外も存在し、日野家は左大臣、烏丸家と万里小路家は内大臣、柳原家は准大臣に昇任したものもいる。
一覧
藤原北家日野流
平安時代末期に山城国日野に氏寺を建立したことで家名とした。12家。
鎌倉時代の僧侶親鸞や、室町幕府8代将軍足利義政の正室日野富子は、この一族の出身。
藤原北家観修寺流
平安時代初期に山城国山科に勧修寺を建立したことから家名とした。13家。
勧修寺家も存在するが、嫡流は甘露寺家とされている。
平安時代の歌人紫式部はこの一族の出身。
明治維新後、伯爵。
桓武平氏高棟王流
平清盛(清盛を始めとする伊勢平氏は、葛原親王の3男高見王の子・高望王の子孫)の正室平時子・時忠・滋子姉弟はこの一族の出身。
嫡流は時忠の没落によって、流刑先の能登で豪農となったが、庶流3家が名家となり明治維新後、子爵。