岡本夏生
おかもとなつき
1965年9月12日(※生年については後述)生まれ、静岡県出身。
「ハイレグの女王」「日本最高齢グラビアアイドル」とも呼ばれる。
経歴
高校卒業後、地元静岡で「村上千夏」の名前でモデルとして活動。1986年には静岡のローカル番組『情報交差点DO!』に「早川ゆうき」の名前でレギュラー出演する。
翌1987年に上京し、『11PM』などに出演。この頃から芸名を現在の「岡本夏生」に改め、グラビアアイドル・レースクイーンとして活動を始める。
『笑っていいとも!』への出演を機に本格的にタレントに活動の軸を移し、セクシーキャラで人気を博した。
1991年、主演作の降板などのゴタゴタもあって体調を崩し、芸能活動を一時休止。復帰後はセクシーさよりいわゆる「おバカキャラ」的な面を押し出して活動するようになる。
1996年ごろから2010年ごろまで、全国区のテレビ番組での露出がかなり少なくなっていた。理由については本人曰く「慢心しちゃったのね」とのことで、本人の仕事に取り組む姿勢や、1995年に報じられたトラブルなどが要因であると仄かしている。
2010年2月2日午前2時22分22秒、Amebaブログにてブログを開設。芸能界にも本格的に復帰した。また、これを機にグラビアでの活動に復帰しており、「日本最高齢・40代のグラビアアイドル」を自称するようになった。
ブログは「グラビアアイドル」部門にてアクセス数1位を獲得し、大きな話題となった。
2011年10月からはTOKYO MXの生番組『5時に夢中!』に火曜レギュラーとして出演するようになる。番組にはセクシーなドレスやときに珍妙なコスプレなど、さまざまな衣装で出演していた。また、過激な発言もたびたび注目され、「お騒がせタレント」としても知られていた。
2016年3月に番組を降板。以降再び地上波への露出は減っており、インターネット上での活動もしばらく行っていたが、2019年ごろからは表立った活動はほとんど見られない。
デビューから生年を「1967年」としていたが、実際には2歳サバを読んでいた。このため、本人も「実年齢を信じてもらえない」とネタにしている。
日清カップヌードルレーシングチームに所属していた頃、まだ歌手デビュー前だった坂井泉水と知り合い、以降親交があった。
かつて「漂流GALS」というグループを組んでおり、この時のメンバーがのちに芸能事務所タイタンの社長となる太田光代・政治家となる蓮舫であった。なお、太田の家に遊びに行ったときに爆笑問題とも知り合い、一時期親しくしていたがコンビのブレイクにより疎遠となってしまったと語っている。
同世代で同じくセクシー系タレントとして人気を博した杉本彩とも仲が良い。
『5時に夢中!』で共演していた北斗晶とは親友と呼べるような間柄であったが、ある時からお互いへの言及がなくなり、また本人たちがそれぞれブログにて仲違いしたとも受け取れるような書き込みをしている。
『5時に夢中!』の降板の経緯としては、「インフルエンザに感染したあと診断書を提出しないまま番組に出演してしまい、共演者に迷惑をかけたため」としている。
なお、降板後に出演したふかわりょうとのイベントでは、直前に音信不通となったことや、ふかわとの舞台の上での喧嘩(※後述する舞台上での強引なキスを含む)、岡本のテレビ引退発言などのトラブルがあった。
その後本人が自身でイベントを開催し、先のイベントでの騒動を謝罪した上でふかわへの不満や「(番組の降板について)過激な発言を要求され、そのように振る舞っていたのに結局圧力があった」というような内容を語ったと報じられている。
2021年には、先に挙げたふかわとのイベントで「強引にキスされるわいせつ行為」を受けたとして損害賠償を求める裁判を起こしている。
行為の内容としては「観客約300人の前で口論になった末、上半身裸のふかわが岡本を押し倒し、3度にわたって無理やりキスをした」というものであった。また、このことについて岡本は抵抗・拒絶したが強引にされたと主張しており、対してふかわは「(あくまで場を和ませるためであり)笑わせるための芸として一般的だ」と主張していた。
岡本側の請求額は1円で、結果は岡本側の請求が認められることとなった。
なお、これ以前に岡本はふかわを強制わいせつ、暴行罪
、名誉毀損で刑事告訴し、逆にふかわの方も岡本を名誉毀損で刑事告訴、ともに不起訴となったことが報じられている。