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概要編集

1974年1月9日生まれ。高知県中村市(現:四万十市)出身。

ノイ所属(現在は事実上個人事務所)。レーベルは徳間ジャパン(デビュー〜2003年)→エイベックス(2005年〜2006年)→日本クラウン(2008年〜2015年)→ドリーミュージック(2015年〜現在)


代表作に『TOMORROW』、『そのままの君でいて』など。


経歴編集

もともとはピアニスト志望であったが、DREAMS COME TRUE吉田美和の歌声を聞いて感動し、歌手を志す。


高校生の頃、現在も所属する事務所にデモテープを送ったところ「高校を卒業したら東京に来ないか?」と返事をもらう。

高校卒業後に上京。事務所から、「作詞・作曲を100曲分出来たらデビューさせる」と条件を出され、アルバイトをしながら40曲ほどを制作する。デビューが数度延期になっており、不安を抱えながらの生活であったという。


1995年に『TOMORROW』でデビュー。ドラマ『セカンド・チャンス』(TBS系)の主題歌に起用され、大ヒット。翌1996年には第68回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に使われた。


その後は歌手活動に加え、楽曲提供などでも活躍する。


2000年1月にコンサートの美術スタッフの男性と結婚。同年11月に第一子となる長男を出産した。結婚後は一時期活動を休止していたが、2001年に復帰している。なお、2015年になって、長男の中学入学と同時に、2年前(2013年)に円満離婚していたことを明かしている。


2016年にデビュー20周年を記念して「mayo」名義でピアニストとしてデビューを果たしている。


2019年7月から9月まで、岡村孝子から引き継いでラジオ「岡本真夜 あの頃ミュージック」のパーソナリティを務めた(元の番組タイトルは「岡村孝子 あの頃ミュージック」。岡村が白血病の闘病に伴い休業。平松愛理が代役を務めたのち、岡村が正式に降板となったため岡本にバトンタッチして番組を継続することとなった)。その後、同年10月から後継番組の「岡本真夜 明日ハレルヤ!」がスタートし、2021年3月まで放送された。


盗作被害騒動編集

2010年4月初旬、上海万博のPRソング(※万博30日間カウントダウンのためのPR企画用に選定された曲)『2010等你来 Right Here Waiting for You 2010』が、岡本の『そのままの君でいて』(1997年発表)に酷似しているとして、台湾で盗作疑惑が持ち上がり、やがて中国本土や日本にも広まった。

4月17日になって、上海万博の公式ページに、「主題曲『2010等你来』は著作権上の紛争疑惑のため、万博事務局は暫定的に使用を停止した」との発表が掲載された。

作曲者の繆森は盗作を否定していたが、19日には岡本の事務所に上海万博実行委員会から『そのままの君でいて』の楽曲使用申請があり、事務所が受諾している。これにより委員会が事実上盗作を認めた形となったが、謝罪などのコメントは出されなかった。

原曲の発売元の徳間ジャパンなどが「あそこまでそのままカバーされているものはない」とする見解を発表したと報道された。また27日には岡本の事務所と当時の所属レーベルである日本クラウンが連名でコメントを発表し、「音楽はそもそも少なからずいろんな方に影響を受ける」と前置きした上で、「あそこまでAメロ、Bメロ、サビとそのままカバーされているものはない」と盗作が濃厚とみられることを指摘。PRソングの作曲家、繆に対し「ちゃんと襟を正していただきたい」と言及している。→当時のスポニチの記事のアーカイブ


4月30日に万博は開催されたが、PRソングおよび『そのままの君でいて』は使用されなかった。


なお、この騒動で注目が高まったことにより『そのままの君でいて』がさまざまなメディアで取り上げられ、デビュー15周年記念アルバム『My Favorites』には2010年5月10日から5月26日に発売延期をして同曲が急遽収録されることになった。また、アルバム販売前後には音楽番組などで歌唱を披露している、


人物編集

「真夜」は本名である。真夜中に生まれたことに由来する。


生まれて程なく両親が離婚したことにより、祖父母の養子となる。そのため祖父母のことを「お父さん」「お母さん」と呼んでいるという。祖父は2007年に亡くなったが、祖母は健在であり、高知で暮らしている。

上京する際は祖父母から強く反対されたが、家出同然で高知を離れた。一年ほどして祖父から手紙が届き、「『一度決めたら曲げない』っていう性格は分かっているから、やるからには頑張りなさい」という内容が書かれていたという。また、この手紙の最後に「涙が多いのが人生だよ」と綴られており、『TOMORROW』の「涙の数だけ強くなれるよ」という歌詞につながったのではないかと本人は振り返っている。→ニッポン放送オンラインの記事


地元への愛情は深く、高知の友人とは現在でも交流があるという。なお、ビーグル38の能勢ヒロシは高知県立高知南高校の同級生(岡本は高校2年生の時に先述の祖父の仕事の都合で高知市に移住しており、高知南高校には途中編入している)である。

2018年12月には高知県観光特使に就任した。


趣味はフィルムカメラによる写真撮影で、3rdアルバム『Smile』のジャケットで構えているカメラは自前である。また、ハンドメイドや映画鑑賞、サッカー観戦なども趣味にあげている。


2013年に子宮内膜症の一種であるチョコレート嚢胞を発症し、嚢胞が破裂したため緊急手術していたことを、自身のブログで明かしている。→当時のブログ

また、2020年には日刊ゲンダイで詳しく経験を語っている。→日刊ゲンダイの記事


関連リンク編集

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岡本真夜

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