「北海道212市町村カントリーサインの旅」と「サイコロの旅」を合わせたような企画。「旅番組に欠かせない綺麗な風景、すなわち絵ハガキの写真を探し出し、同じ風景を撮影する。」というもの。
なおこの企画、FIFAワールドカップが開催されている年に偶然行われており、公式ホームページの「D陣のウラ話」では2006年に行うと掲載されたが、実際には行われていない。ちなみにレギュラー放送終了後のW杯開催年のうち、2006年、2010年、2018年に新作は製作されている。
日本全国絵ハガキの旅
1998年12月9日~1999年1月6日放送、全3夜。
第1夜冒頭に映る画面奥のホワイトボード上には「アフリカ」という文字がある。本企画放送から15年後、本当にアフリカへ行く企画が放送されており、奇しくも予言のような形となった。
ちなみに、ミスターが前枠・後枠で体を張り始めたのはこの第2夜から。
それまでは大泉洋が派手な服装で暴れ回り、ミスターが解説担当という流れだったのが一転。突如としてミスターが雪中ダイビングを決めたことで完全に立ち位置が逆転し、ミスターが派手な格好で体を張り大泉が解説担当という流れが定着した。
日本全国絵ハガキの旅2
2002年5月1日~29日放送、全3夜。
番組冒頭で札幌時計台の絵ハガキが入っていることが判明したため、一同は「これを引いたらその地点で旅を終了させる」と宣言。散々「時計台を引くな」と忠告されていたにもかかわらずミスターのダメ人間っぷりが発揮されたため、2回目の抽選で引き当てて北海道へ戻ることになり、ミスター・大泉の両名は自宅へ一時帰宅。翌朝大泉は父親にすぐ帰宅した理由を説明したところ、「なんとかインチキできんのか」と言われた事を報告している。
余談
前述の通り、実は「アフリカ」への伏線を見事に予言していた、どうでしょう班。
しかし「予言」はこれだけに留まらなかった。
第1弾で引き当てた第2チェックポイントである徳島県の霊山寺で、どうでしょう班は絵葉書を再現する演出のため遍路装束一式を買い求め、見事な再現写真を作り上げた。
その一式が後に、あまりに数奇な縁によって大活躍する事になるとも知らずに……。
さらには、石川で唸ったミスター黄金のライトハンドの結果として、再び四国に呼ばれたどうでしょう班は、その四国の呼び声に戦き、結果、夜間にライトハンドの厄落とし目的に「四国八十八箇所」の寺を巡ろうと考える。
かくて、その最中の車内にて。大泉は「逆打ちってのもあるんだ」だの、ミスターに至っては「じゃあ僕たちも三回転くらいしよう」だのと、笑いながらのジョークを飛ばして、巡拝に向かった。
そう。本項目を読む諸氏は御存知の通り。
のちに、ここで飛ばした言葉は許されることなく、上述の数奇なる縁によって全て完遂させられることになるのである。(特に大泉が)
それはジョークがガチになり、ギャグがギャグに終われなかった瞬間。なんという芸人殺しであろうか。