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四国八十八箇所

しこくはちじゅうはちかしょ

四国にある88箇所の寺院を巡る巡礼。いわゆる「お遍路」のひとつ。
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もしかして:四国八十八ヶ所水曜どうでしょうの番組企画)

概要

親記事も参照

四国における寺院巡礼であるお遍路のひとつ。

徳島県鳴門市の霊山寺を最初の札所とし、香川県さぬき市の大窪寺まで、四国を一周し同地に設定された88の寺(札所という)を巡る、四国巡礼における代表格とされる巡礼である。基本的には「お遍路」と言えば、この四国八十八箇所の事および、それを巡る巡礼者を指す。
その一方で四国内には八十八箇所以外の巡礼も存在するため、これらも「お遍路」として扱われる場合がある。(あくまで「場合がある」のであり、厳密に言えば異なる)

日本各地にこの巡礼を写して開基された巡礼も多い。そうして開かれた巡礼場は「お砂踏み」「地四国(地遍路)」「島遍路」などと呼ばれる。

巡礼を打つ順番

札所に参る事を打つと言う。これは初期のお遍路が自らの来た証明に(千社札のように)山門や本堂の柱に自らの持つ札(納札という)を五寸釘で打ち付けていたからだが、そんなことをされては寺側としては、せっかくの建築物が痛むし整備維持費用も嵩んでしまい、たまったものではない。
しかもこんなことを何百何千何万人とやってくる遍路全員にされてしまえば、下手をすれば納札のせいで寺が(物理的&経営的に)潰れるという笑えない事態にもなりかねない。そこで現在では納札は賽銭箱の横に設置された納札箱に入れる事とされている。

で、札所を打つ順番だが、実は特に決まっていない。番号はふられているものの、実はそれらは江戸時代以降に便宜上ふられたものであり、四国遍路が始まった当初はそんなものは無かった。

……とはいえ現代においては、番号が存在することも事実である。その事も鑑みて現在では、おおむね以下のように定義されている。

  • 順打ち(じゅんうち)
    • 第1番の霊山寺から番号順に札所を打っていく方法。最も解りやすく負担も少ないやり方と言われる。
  • 逆打ち(さかうち)
    • 第88番の大窪寺からカウントダウンを行うように札所を打っていく方法。順打ちよりも難しいと言われる。ホラー映画『死国』の元ネタだが、実際には「順打ちよりも倍重ねの御利益がある」と言われているのであって、死人など蘇らないのであしからず。(むしろ、そういう悲しみや無理や欲望に対する執着を断ち切ることこそが遍路の本道と言われている)
    • 特に閏年の逆打ちには倍重ねどころか三倍のご利益があると言われる。該当年には各札所も逆打ちの遍路に対して、その年なりの対応を取る場所もある。
    • ただし単に逆打ちのみをもって倍重ねの御利益を得る、という事にはならず、そのためには逆打ち遍路の前あるいは後に、順打ちあるいは乱れ打ちの遍路を行う事が前提とされている。
  • 乱れ打ち(みだれうち)
    • 好きなところ(行きやすい場所)から番号に関係なく札所を打っていく方法。行きやすい場所から行く、好きなように打っていく、という特性上、ご利益に関してはあまり言及されない。(一応、順打ち相当と見なされる場合があるが)
    • ただし、原初の遍路においては札所番号など存在しなかった事を鑑みるならば、この乱れ打ちこそが遍路の原形と見る場合もある。

札所一覧

発心の地・阿波(徳島県)

札所番号寺院名所在地備考
1霊山寺鳴門市最初の札所
2極楽寺鳴門市
3金泉寺板野郡板野町
4大日寺板野郡板野町
5地蔵寺板野郡板野町
6安楽寺板野郡上板町
7十楽寺阿波市
8熊谷寺阿波市
9法輪寺阿波市
10切幡寺阿波市
11藤井寺吉野川市遍路ころがし「焼山寺道」
12焼山寺名西郡神山町
13大日寺徳島市阿波国一宮別当寺
14浄楽寺徳島市
15国分寺徳島市阿波国分寺
16観音寺徳島市
17井戸寺徳島市弘法水伝説寺
18恩山寺小松島市空海母子伝説「摺袈裟」の寺
19立江寺小松島市阿波の関所寺
20鶴林寺勝浦郡勝浦町遍路ころがし
21太龍寺阿南市参拝用ロープウェイあり
22平等寺阿南市弘法水伝説寺
23薬王寺海部郡美波町阿波最後の札所

修業の地・土佐(高知県)

札所番号寺院名所在地備考
24最御崎寺室戸市室戸岬の先端
25津照寺室戸市通称「津寺」
26金剛頂寺室戸市通称「西寺」
27神峯寺安芸郡安田町
28大日寺香南市
29国分寺南国市土佐国分寺
30善楽寺高知市土佐国一宮別当寺
31竹林寺高知市五台山公園内
32禅師峰寺南国市
33雪蹊寺高知市
34種間時高知市
35清瀧寺土佐市
36青龍寺土佐市
37岩本寺高岡郡四万十町五仏同時本尊寺
38金剛福寺土佐清水市足摺岬の先端
39延光寺宿毛市土佐最後の札所

菩提の地・伊予(愛媛県)

札所番号寺院名所在地備考
40観自在寺南宇和郡愛南町1番より最遠。伊予の関所寺
41龍光寺宇和島市稲荷寺
42仏木寺宇和島市
43明石寺西予市
44大寶寺久万高原町藤岡弘、ゆかりの寺
45岩屋寺久万高原町
46浄瑠璃寺松山市
47八坂寺松山市
48西林寺松山市
49浄土寺松山市
50繁多寺松山市
51石手寺松山市衛門三郎再来伝説の寺
52大山寺松山市
53圓明寺松山市
54延命寺今治市
55南光坊今治市
56泰山寺今治市
57栄福寺今治市随筆・映画『ボクは坊さん。』舞台地
58仙遊寺今治市
59国分寺今治市伊予国分寺
60横峰寺西条市冬季は参道凍結のため参拝禁止
61香園寺西条市
62宝寿寺西条市伊予国一宮別当寺。納経時間が朝遅く、昼休憩アリ
63吉祥寺西条市
64前神寺西条市
65三角寺四国中央市伊予国最後の札所

涅槃の地・讃岐(香川県)

札所番号寺院名所在地備考
66雲辺寺三好市県境の寺。本堂などは徳島側。香川側から参拝用ロープウェイあり
67大興寺三豊市
68神恵院観音寺市観音寺と同敷地
69観音寺観音寺市神恵院と同敷地
70本山寺三豊市
71弥谷寺三豊市
72曼荼羅寺善通寺市
73出釈迦寺善通寺市
74甲山寺善通寺市
75善通寺善通寺市空海実家(佐伯氏)本屋敷跡
76金倉寺善通寺市智証大師(円珍)出自寺
77道隆寺仲多度郡多度津町
78郷照寺仲多度郡宇多津町讃岐屈指の厄除寺
79高照院坂出市正式には天皇寺。崇徳上皇を祀る
80国分寺高松市讃岐国分寺
81白峯寺坂出市崇徳上皇御陵
82根香寺高松市
83一宮寺高松市讃岐国一宮別当寺
84屋島寺高松市近隣は源平合戦古戦場
85八栗寺高松市ケーブルカーで参拝
86志度寺さぬき市
87長尾寺さぬき市静御前隠棲伝説の寺
88大窪寺さぬき市結願所。最後の札所


番外霊場

四国遍路はいわゆる同地の出身者である弘法大師空海)の足跡を訪ねる巡礼でもある。基本的に本巡礼の札所は88ヶ所であるのだが、四国は空海の出身地でもあるため、彼が足跡を残した山や寺はそれ以上にも存在する。また四国八十八箇所が成立する中で、それを巡り成立に関与し守って来た先達たちが足跡を残してきた札所外の霊場も多い。これを番外霊場と称する。

四国八十八箇所巡礼においては、こうした番外霊場の中でも特に空海や本巡礼と縁の深い場所を、八十八箇所巡礼途中においても札所と同等の巡礼地として訪ねる場合がある。
四国内には番外霊場は数多く、時に地域の有力な寺社なども含まれ、一説には数百ヶ所とも言われる。さすがにそれら全てを巡拝するには無理があるので、番外霊場を巡礼地に含めるか、含めるとしていくつ含めるのか。それは巡礼者の好みや心がけの問題でもあるのだが、たとえ番外であっても一般的に「含めた方がいい(含めなくては意味が無い)」場所というのはいくつか存在する。

御厨人窟

「みくろど」と読む。室戸岬にある海蝕洞窟。若き日の佐伯真魚(空海)が修業を成し、仏門を学ぶ自らの名を「空海」と自ら定めた場所、とされる。札所上では23番札所薬王寺と、24番札所最御崎寺との間に位置する。位置的には室戸岬の突崎(最御崎寺)の直前(逆打ちの場合は直後)の国道55号ロードサイドに存在する。昔は洞窟内に入ることができたが、現在は海蝕の進行のため崩落の危険があり入ることはできない。洞窟の前に柵が設けられ、その前に参拝用の施設がある。

四国別格二十霊場

番外霊場のうち、特に「弘法大師と縁の深い」といわれる20の寺院が集まって形成された巡礼。通称二十別格。元々、四国八十八箇所の番外霊場であるため、同時に札所として扱う遍路巡礼者も存在する。これを加えると「88+20=108」と煩悩除夜の鐘)の数と同じ札所数になるため、この合算の巡礼を「四国煩悩滅却百八霊場」と称する事もある。

特に、二十別格のうち十夜ヶ橋(大洲市)は弘法大師が橋のたもと(欄干の下)で一夜を過ごした(そして、その際に道行く人の杖の音に悩まされたため「お遍路は巡礼の最中において橋を渡る間は杖を突いて歩いてはいけない」とされている)と言われる伝説のある場所で御厨人窟と同等と見なされ、現代の遍路巡礼者も、それに倣い同地の近隣(大洲市街地)に宿泊することが多い。

ちなみに八十八箇所ほどメジャーではないため、巡礼地の周辺は八十八箇所以上に酷道険道・死道・懲道・損道のオンパレード(ただし、全ての札所がそうだというわけでもなく、8番や11番のように車で行きやすい札所もあり、15番のようにロープウェイが整備されている寺もある)である。参拝時(特に車参拝)の通行には要注意と言える。まさに修業

札所番号寺院名所在地札所上の位置備考
1大山寺板野郡上板町5番と6番の間
2童学寺名西郡石井町11番と12番の間
3慈眼寺勝浦郡上勝町19番と20番の間20番奥の院
4八坂寺海部郡海陽町23番と御厨人窟の間通称・鯖大師本坊
5大善寺須崎市36番と37番の間通称・二ツ岩大師
6龍光院宇和島市40番と41番の間
7出石寺大洲市43番と44番の間郷峠付近。大洲・八幡浜の両市境上
8十夜ヶ橋大洲市43番と44番の間空海宿泊の地。遍路杖突制限発祥地
9文殊院松山市47番と48番の間衛門三郎伝説の地
10西山興隆寺西条市59番と60番の間
11生木地蔵西条市59番と60番の間弘法大師手彫り生木地蔵
12延命寺四国中央市64番と65番の間通称・いざり松(弘法大師手植の松)
13仙龍寺四国中央市65番と66番の間65番奥の院。八十八箇所総奥の院(伊予)
14常福寺四国中央市65番と66番の間通称・椿堂(弘法大師手植椿)
15箸蔵寺三好市65番と66番の間金毘羅権現奥の院。参拝用ロープウェイあり
16萩原寺三豊市65番と66番の間
17神野寺まんのう町67番と68番の間満濃池湖畔(弘法大師造営池)
18海岸寺仲多度郡多度津町71番と72番の間空海母方実家跡地
19香西寺高松市82番と83番の間
20大瀧寺美馬市88番と1番の間八十八箇所総奥の院(阿波)

衛門三郎伝説霊場

四国遍路における伝説上の人物である衛門三郎(えもんさぶろう)の足跡を残す霊場の事。衛門三郎は伊予国は荏原郷(現在の愛媛県松山市恵原)の人物とされ、伝説上では弘法大師に無礼を働いたために我が子を失ったため、その贖罪のために自らの財の全てを世のために投げ打ち、自らは大師を追ってその無礼を詫びるために四国遍路を最初に行った人物と言われ、その業績を偲び称えるために関連霊場を巡る遍路者が存在する。主な霊場は以下の3か所。

  • 別格9番 文殊院:衛門三郎のかつての居住地とされる場所
  • 番外霊場 杖杉庵:12番焼山寺管理の庵。衛門三郎横死所。今わの際に弘法大師に出会い無礼を泣いて詫び、功績を認められた大師によって転生を約束された。
  • 八十八箇所51番 石手寺:転生した衛門三郎が生まれた地の近隣にあった寺。衛門三郎の転生の証として握られた石が奉納されている。転生した子はその後、領主として伊予の国のために尽くしたとも、大商人となって日本のために尽くしたとも伝えられる。

真念大先達霊場

真念法師(しんねんほうし)とは江戸時代に現在まで続く庶民のための四国八十八箇所巡礼の原型を作り上げた人物。江戸初期の高野聖で現存する日本最古の旅行ガイド本である「四国遍路道指南」を著した人物で四国遍路中興の祖とされる。八十八箇所に番号を打ち順路を定めたのも真念とされる。そのため真念の存在なくして現在の遍路は無かったとすら言われる。その業績をたたえ感謝するために、関連霊場を巡る者がいる。主な霊場は次の2つ。

  • 番外霊場 真念庵:真念が拓いた遍路宿跡地の庵。37番と38番の間、土佐清水市の高知県道346号沿い(伊豆田トンネルの南側三差路から県道入り。ドライブイン水車から北に550mの地点)にある。
  • 番外霊場 洲崎寺:大先達真念法師墓所。85番八栗寺(八栗山)の西麓。ことでん志度線八栗駅から北に約700mの位置にある。

金刀比羅宮(こんぴらさん)

75番善通寺から南に9kmの位置にある、香川県仲多度郡琴平町の中枢にして、言わずと知れた金毘羅権現の総本山。江戸時代から現代まで四国を代表する巡礼・観光地のひとつとしても知られている。海運・漁業を守護する神仏習合の権現様。四国遍路に赴き帰るにおいて、海路の無事は切っても切れない関係であるため、札所ではないものの遍路者によっては番外霊場の一種として扱われる。上記の二十別格において金毘羅権現を祀る箸蔵寺が含まれるのも、この事による。神仏としての概要は項目参照。

四国八十八箇所・三大総奥の院

ざっくり言えば、四国八十八箇所を打ち終えた遍路者が故国への帰途につく(あるいは御礼参拝を行う)折に、その道程の無事を祈願した寺院の事。以下の3か所がある。
うち2つは上記した二十別格の札所でもあるため、これを利用してすべての総奥の院を周る遍路者もいる。

  • 與田寺:讃岐総奥の院。香川県東かがわ市三本松。江戸時代当時、松平頼重(水戸黄門の兄)によって手厚い保護を受けた末寺一千を超える厄除け寺であった事と、三本松の港から上方(神戸・大阪)への航路が拓かれていた事から、岡山・鳥取より近畿以東へ戻る大多数の者、あるいは引田より大坂峠を通って1番霊山寺へと御礼参り(四国輪環巡)を行った者が参拝した。現在においては基本的に八十八箇所総奥の院と言えば、この與田寺を指す。
  • 大瀧寺:阿波総奥の院、別格20番。徳島県美馬市大滝山頂。奈良時代より続く修験道の名刹にして古来よりの交通の難所(徳島県道・香川県道106号で、いわゆる険道)であり、ゆえに修行場として奥の院と称される。修験道修行を目的とした巡礼者や、塩江・夏子から大滝山を超えて1番霊山寺へと御礼参り(四国輪環巡)を行った者が総奥の院として参拝した。
  • 仙龍寺:伊予総奥の院、別格13番、65番奥の院。愛媛県四国中央市新宮町馬立。平石山中腹。今治より広島以西、八幡浜より九州、あるいは土佐北街道を用いて土佐へと戻る巡礼者によって総奥の院として扱われる。周辺は国道319号が通り、これを唯一のアクセス道路とするがいわゆる酷道である。

前一番・十輪寺

実は八十八箇所一番となる霊山寺の手前(霊山寺から撫養旧街道に沿って東に1.3kmほどの地点)に、十輪寺という寺がある。江戸時代、大阪から霊山寺至近となる鳴門の撫養港に降り立った遍路者は撫養街道を用いて遍路に赴くため、必然的に街道沿いにあるこの寺に立ち寄る事となった。
ここもいわゆる番外霊場のひとつであり、空海が手ずから彫った地蔵像を安置し四国霊場に関する談義を行ったという伝説がある。この事から十輪寺は談議所と呼ばれ、八十八箇所巡礼の心構えを整えるための小休止や納経の練習などを行う前一番札所(いわゆる「-1番」の札所)とされた。そのためマニアな遍路者は十輪寺から遍路を始める場合もある。(ただし、その場合も「1番」は霊山寺として扱われる)

御礼参り

以上の札所および番外霊場を周りきり、四国八十八箇所を打ち終えた遍路者は、最後に御礼参りを行う事で、その巡礼を終える。

余談になるが八十八箇所の全ての寺を周りきる事は結願(けちがん)と言い、そのために八十八箇所最後の寺である、さぬき市の大窪寺結願所と呼ばれる。同寺では八十八箇所を周りきった証として希望者には別料金で結願証を交付してくれる。

話を戻して、御礼参りは遍路を開いた弘法大師に直接の報告をするため高野山(いわゆる壇上伽藍および金剛峯寺奥の院)に対して行うべきものとされている。(八十八箇所を指定している納経帳には、公式非公式を問わず、たいていの場合は高野山の欄がある)場合によっては御礼参りは京都東寺(教王護国寺)に対して行う場合もある。
その一方で御礼参りは自身が遍路巡礼を始めた最初の寺(発心の寺)にも行うのが通例とされる。この高野山参りを終えて元の寺に戻る巡礼方法を輪環参りと言い、発心の寺で巡礼を結ぶことを満願と呼ぶ。(高野山を飛ばして発心寺に戻り輪環を閉じて終える場合も、もちろんある)
そのため特に御礼参りの巡礼者が多くなる霊山寺ではこれもまた別料金で満願証を発行してくれる。

なお、東寺では四国八十八箇所に対して自寺が真言宗の根本道場である事を理由に「東寺に始まり高野に終わり東寺に戻る 」事を勧めて、これを成願と称しており、東寺ではこれを証明する成願証を、やっぱり別売で発行してくれる。(ただしあくまでも八十八箇所がメインであるため成願に関しては東寺から始める必要は無く「東寺に戻る」方を主眼としている)
ただし、一方で高野山側や八十八箇所の各寺は四国八十八箇所に関して東寺まで含める事は個々の自由だ(別に影響は無い)としている。(まぁ京都までブッ込んでしまうとあまりにハードルが高いし)

関連タグ

お遍路

おへんろ。ufotableの企画作品)
水曜どうでしょう 四国八十八ヶ所 四国R-14

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