やあやあがいようですよ
1908年、東京都東京市本郷区(現:文京区)湯島生まれ。当初は画家志望であったが、田河水泡に弟子入りし漫画家となった。
主に児童向けギャグ漫画を描いていた。彼の創作活動を井上晴樹は三期に分けている。
誕生日は4月3日。その為誕生日が同じキャラクターのイラストが多い。
一期 1933年〜1945年 普通の教育漫画 (例 コドモ南海記 怪魔島探検)
二期 1946年〜1966年 ゆかいで破天荒なギャグ漫画 (例 少年地雷也 アンパン放射能)
三期 1968年〜1996年 写実的な絵と漫画絵を混ぜ合わせたサイケデリックな漫画 (例 イエローマン 2901年宇宙の旅)
人気漫画家として一世を風靡したのは、主に二期。
「2901年宇宙の旅」を描き下ろした後、画業を引退。2000年4月23日、腹膜炎で満92歳没。
「ケント紙へいきなりアタリをとり そのまま描いていく」という、常人には絶対不可能な方法で描く。そのためか、「影響力の強い」作風(例えばみなもと太郎は、「杉浦マンガを真似して描いてると他が描けなくなっちゃうの」と言っている)である割に、ワンアンドオンリーで後継者が生まれていない。
ある時期まで「作品が本屋で売ってない時がない」作家で、生前は「人気が無くなったので貯金を崩しながら生活~杉浦ブームが来るので新作を描いて結構稼ぐ」を繰り返し、家まで建てたそうである。
そのような関係で、後述する手塚治虫や宮崎駿は、リスペクトをするものの、作風が完全に違う。宮崎作品に登場する食品は、「おいしそう」であると評価をされるが、杉浦の作品に出る物も「おいしそう」と言われるものの多分偶然。
スターシステムのようなものを使う。有名なのが「コロッケ五えんのすけ」(『となりのトトロ』でカンタがノートに描いてるやつ)ほか、「うどん粉プップの介」「ふうせんガム介」など。彼らが西遊記や猿飛佐助など、1940年代の少年が知っている話のキャラクターと戦ったり「ひゃあばかばか」「いててよしなったら」とか言ったり人差し指と小指を立てて頭部へあてたりする。
pixivではくらふと氏が描いたイラストなどが知られている。
とと?これなんじゃらほい?
田河水泡杉浦氏の師匠
手塚治虫 杉浦氏の漫画を彼は真似できないと言った
赤塚不二夫 大いに影響を受け、「レレレのおじさん」で杉浦をリスペクトしている。
唐沢なをき 彼もまた大いに影響を受け、ギャグの一環として、杉浦作品をよくネタにしている。
筒井康隆杉浦氏を敬愛している。
村上隆上記と同じく。
宮崎駿上記と同じ。杉浦キャラを使った読売新聞のCMを企画した。