ピクシブ百科事典

樹木希林

きききりん

樹木希林とは、日本の女優である。(1943-2018)
目次[非表示]

概要

1943年1月15日生まれ、2018年9月15日没。東京都出身。旧芸名:悠木千帆。本名・内田啓子(旧姓:中谷)。
1961年に文学座付属演劇研究所に入りデビュー。1964年、TBSのテレビドラマ『七人の孫』で脚光を浴びる。1966年に文学座を退団しフリーとなる。
1974年、同じTBSのドラマ『寺内貫太郎一家』で、小林亜星演じる貫太郎の母・きん役を、小林より年下であるにもかかわらず演じるなど、老け役を中心に活躍した。
2003年1月に網膜剥離で左目を失明。2013年には全身が癌に侵されている事を公表するなど、21世紀に入って体調を著しく崩したが、病身を押して精力的に活動。死の3ヶ月前に封切りした映画『万引き家族』(是枝裕和監督)はカンヌ国際映画祭の最高賞「パルム・ドール」に輝いた。

日本アカデミー賞最優秀主演女優賞2回、最優秀助演女優賞1回。ブルーリボン賞助演女優賞1回。キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞1回。旭日小綬章・紫綬褒章受章。

親族

1964年に岸田森と結婚するが、1968年に離婚。
1973年に内田裕也と再婚。1年半で別居し、以来生涯別居状態を続けた。内田は不倫が多く、一時は内田から一方的に離婚届を出されたが、それに対して離婚無効訴訟を起こすなどして関係を続けた。エッセイストの内田也哉子は娘。その夫は本木雅弘

エピソード

  • 後半生の芸名となった”樹木希林”を名乗るきっかけは、1977年に日本教育テレビ(NETテレビ)が「テレビ朝日」への改称を記念して放送した特別番組のオークションコーナー。この時「売る物がない」との理由で自身の当時の芸名「悠木千帆」を出品した。競りの結果、東京・世田谷の飲食店店主が2万200円で落札。その後2004年に女優の山田和葉が無償で譲り受けた。
  • 1979年1月、TBSのドラマ『ムー一族』の放送終了記念パーティの席上、プロデューサー兼演出だった久世光彦が出演者の一人と不倫関係にあることを明かした。樹木の本意は「久世さんがああした状況の中でなし崩しにショボショボしていくのが耐えられなかった」「2人の気持ちを軽くしてやろうと思った」(ウィキペディア日本語版「樹木希林」より)ことにあったが、この結果久世とは17年間絶交状態となり、樹木自身も周囲の批判を浴びる事態になった。
  • 「概要」にもある通り、20代の頃から老人役を演じる事が多く、その巧さには定評があった。『寺内貫太郎一家』では、何か事があると自室に掲げた沢田研二のポスターの前で「ジュリーィィィ!!」と叫びながら腰を振るシーンで強烈な印象を残した。『ムー一族』では共演した郷ひろみと2枚のシングル(劇中歌扱い)をリリース、ヒットを飛ばした。


関連タグ

女優 文学座
内田裕也 本木雅弘 岸田森
沢田研二 郷ひろみ
富士フイルム:25年に渡って同社の35mm版カラーネガフィルム「フジカラー」のCMに出演

pixivに投稿された作品 pixivで「樹木希林」のイラストを見る

このタグがついたpixivの作品閲覧データ 総閲覧数: 3864

コメント