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概要編集

時は994年、都では庶民を中心に疫病(史実では天然痘とされている)が大流行、多くの民が病に苦しみ命を落としていた。

しかし、時の権力者・藤原道隆はその状況を顧みようともせず独裁を強めていた。また、その嫡男・藤原伊周も「貧しい者に伝染る病」と全く軽視しており伯父の藤原道兼を呆れさせていた。

一方、藤原道長は対策を講じるべく道隆に掛け合うが、いともたやすくあしらわれてしまう。道隆に失望した道長は自ら悲田院に視察に出向こうとするが、偶然通りかかった道兼は「やめておけ、都の様子なら俺が見てくる」と諭し、


汚れ仕事は俺の役目だ


と言い残し、危険を顧みず視察に向かうのであった。


視聴者の反応編集

元々道兼はまひろ(紫式部)の母・ちやはを殺害したことで視聴者からは大きなヘイトを集めていた。当然まひろは「親の仇」と憎んでおり、一時期は父・藤原為時との間で不仲の原因ともなった。しかも道兼は彼女の母の死因について「ご病気か?」と散々に地雷を踏みつける始末だった。

だがその道兼も父・藤原兼家の謀略の手先として花山天皇の出家・退位など汚れ仕事を担わされていたにもかかわらず、思うように出世できなかったことで不貞腐れていくというある意味可哀想な役柄でもあった。しかし、第15回では道長の励ましもあって父のしがらみを断ち切り立ち直ることができた。


そんな道兼の発した台詞に、視聴者からは「まるで別人」「心を入れ替えた」「格好いい」などの声が上がり、道兼の好感度は急上昇した。また、彼の変貌ぶりに某国民的アニメの主に劇場版におけるガキ大将の活躍ぶりを重ねる視聴者もいた模様


関連タグ編集

大河ドラマ 光る君へ 藤原道兼

コロナ禍…悲田院が混乱している場面から想起した人も多かった。

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