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浜風(駆逐艦)

はまかぜ

旧日本海軍の駆逐艦名。2代存在するが、本項目では2代目(陽炎型)について説明する。
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艦隊これくしょん」に登場する駆逐艦娘については、「浜風(艦隊これくしょん)」の記事を参照のこと。

陽炎型駆逐艦13番艦・2代目「浜風」の概要

1941年6月30日に浦賀船渠で竣工した、陽炎型駆逐艦の13番艦。艦名は2代目で、旧日本海軍にはその6年前まで、初代にあたる磯風型駆逐艦の「浜風」が存在した。
アジア太平洋戦争開戦時、「浦風」「磯風」「谷風」の同型艦3隻と第十七駆逐隊を編成して真珠湾攻撃 に参加。その後も空母機動部隊の護衛としてラバウル攻略、ポートダーウィン攻撃やミッドウェー海戦など数々の激戦に参加している。
参加した戦闘が多い分、護衛対象の艦が沈む様を看取る事も多かったものの、自身は生存者の救出に尽力し、また損傷を修理して幾度も前線に帰った、不死鳥のような駆逐艦であった。

多くの艦の最期を看取り、自らも天一号作戦で散る

1944年10月のレイテ沖海戦では戦艦「武蔵」を喪うも、駆逐艦「清霜」と共に、「武蔵」の乗組員約800名を救助。この中には、先に沈没した重巡「摩耶」の乗組員なども含まれている。
その後日本本土へ帰投中、台湾沖にて米潜水艦シ―ライオン」の雷撃で護衛中の戦艦「金剛」、および僚艦「浦風」を喪う。「浦風」の沈没で、第十七駆逐隊の司令駆逐艦の地位を継承した(後任の隊司令着任までの間、艦長がその職務を代行)。
日本本土へ帰投後、呉から戦艦「長門」を横須賀まで護衛。その直後、こんどは横須賀から空母「信濃」の呉までの護衛を命ぜられる。先のレイテ沖海戦での損傷も癒えぬままに「雪風」「磯風」と共に出港するが、「信濃」は米潜水艦「アーチャーフィッシュ」の雷撃で沈没。僚艦とともに「信濃」の生存者1400名を救助した。

その後輸送船団「ヒ87船団」にも「磯風」や駆逐艦「時雨」等と共に参加。この時は空母「龍鳳」を護衛している。

その最期は1945年4月7日。戦艦「大和」を護衛する第二水雷戦隊の一員として、事実上の特攻であった 天一号作戦に参加、坊ノ岬沖海戦にて沈没している。
第一次空襲の最中の12時46分、船体後部に爆弾が命中、推進軸が切損して航行不能となってしまう。そこに立て続けに魚雷が右舷船体中央部に命中、艦は真っ二つに折れ曲がり、12時49分沈没。乗組員約100名が戦死。艦長以下生存者256名は駆逐艦「初霜」等に救助された。1945年6月10日除籍。
「初霜」も同年7月に宮津湾で触雷、擱座したが、そちらは戦後の1948年~1949年に解体されている。

関連項目

磯風型駆逐艦 陽炎型駆逐艦 第十七駆逐隊

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