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天一号作戦

てんいちごうさくせん

太平洋戦争末期の1945年3月~4月に日本の大本営が立案・実行した「天号作戦」の一部。戦艦大和を始めとした、海軍連合艦隊の生き残りによる、沖縄方面への水上攻撃作戦。この作戦中に、大和の最後の戦いとして知られる坊ノ岬沖海戦が発生した。
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当時の概況と天号作戦

太平洋戦争末期の1945年、連合国軍機による日本各地への空襲は日増しに激しさを増し、3月10日の東京大空襲など、いよいよ米軍の本土上陸・本土決戦は間近かとささやかれる情勢を迎えていた。
また本土上陸に先がけ、沖縄では3月26日にアメリカ軍の上陸作戦が開始され、苛烈な沖縄戦の幕が上がりつつあった。
天号作戦は、こうした状況の中で連合国軍の勢力を東シナ海南西諸島方面に向けさせた上で航空兵力を中心にこれを叩き、日本本土への侵攻を遅らせることを目指した作戦である。次の4方面での作戦が予定されていた。


天一号作戦と参加艦艇

3月26日、天一号作戦が発令。4月1日には沖縄本島にアメリカ軍の上陸が開始され、沖縄を救援すべく戦艦大和(艦長:有賀幸作)を始めとした第二艦隊の生き残り計10隻が4月6日山口県徳山沖から出航した。実質的な日本海軍最後の艦隊である。

第一航空戦隊

  • 戦艦

大和(大和型1番艦)

第二水雷戦隊

  • 軽巡洋艦

矢矧(阿賀野型3番艦)
 第十七駆逐隊

  • 駆逐艦
雪風(陽炎型8番艦)
磯風(陽炎型12番艦)
浜風(陽炎型13番艦)
 第二十一駆逐隊
  • 駆逐艦
朝霜(夕雲型16番艦)
初霜(初春型4番艦)
(朝潮型9番艦)
 第四十一駆逐隊
  • 駆逐艦
涼月(秋月型3番艦)
冬月(秋月型8番艦)
  • 艦載機
0機

アメリカ軍の対応と戦力

大和の出撃は既に暗号電報の傍受と解読済みであった。これに対し第5艦隊司令であるレイモンド・スプルーアンス提督は、戦艦部隊に迎撃を命令。しかし攻撃隊の発艦準備を整えたマーク・ミッチャー中将から
「貴官において攻撃されるや、あるいは当方において攻撃すべきや」
との打電を受け、即座に
「君がやれ」
と返信している。

アメリカ海軍 第5艦隊 第58機動部隊

  • 空母

エセックスエセックス級1番艦)
ヨークタウン(CV-10)エセックス級2番艦)
イントレピッドエセックス級3番艦)
ホーネット(CV-12)エセックス級4番艦)
バンカーヒルエセックス級9番艦)
ハンコックエセックス級11番艦)
ベニントンエセックス級12番艦)

  • 軽空母
ベローウッドインディペンデンス級2番艦)
ラングレーインディペンデンス級6番艦)
サンジャシントインディペンデンス級9番艦)
バターンインディペンデンス級8番艦)
  • 戦艦
6隻(マサチューセッツ、インディアナ、ニュージャージー、サウスダコタ、ウィスコンシン、ミズーリ)
  • その他の支援艦艇
多数(巡洋艦、及び駆逐艦)
  • 空母艦載機
約380機

作戦の実際と艦隊の運命

沖縄の救援が作戦の目的ではあったが、破損した艦の修復も思うにまかせず、まだ動ける状態の艦ですら燃料不足で航行させられず、軍港に停泊させたまま浮き砲台として運用せざるを得ないほど日本の資源が払底しきった戦争末期の話である。
参加する艦は出撃できない艦から燃料や弾薬を分け与えられ、基地に備蓄されたわずかな燃料までも積み込み、それでもタンクを満タンにすることは出来ずに出撃した。
将兵たちもみな、出撃したが最後、恐らく生きては戻れない特攻作戦であることを覚悟した上での出撃だったのである(実際には坊ノ岬沖で轟沈・処分が6隻、駆逐艦4隻が帰還)。天一号作戦と呼応して、航空機による特攻作戦である菊水作戦も発動されている。

4月7日、沖縄に向かう途上の第二艦隊をアメリカ軍が補足。坊ノ岬沖海戦が勃発し、大和・矢矧らが最期を迎える…。最後の戦果は航空機10数機撃墜というものであった…。

この海戦で日本海軍は実質上壊滅し、後の呉軍港空襲で完膚なきまでに叩きのめされることになる。

そしてアメリカ海軍の敵は日本海軍から神風特攻隊と変わっていったのである。

pixivでは

このタグがついた作品は、最後の出撃に向かう大和を始めとした艦隊の姿を描いたものや、また実際には坊ノ岬沖海戦を描いたものであったりする。最近では艦隊これくしょん絡みのイラストの割合が多い。

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