視えるのは幸福でも不幸でもなく、単に世界が拡張しただけだ
概要
怪談専門誌『幽』に連載中の短編シリーズ。怪談短編集『赤い月、廃駅の上に』『幻坂』を上梓した後、次の連載を請われた時に、読者から『幻坂』の『源聖寺坂』『天神坂』で登場した心霊探偵の濱地健三郎の物語をまた読みたいと感想をもらっていたが、当時は「それはありません」と思っていたのを、色々思うところもあって連載へ(詳しくは本のあとがき参照)
作者が目指したのは、怪談やSFを利用したミステリではなく、ミステリの発想を怪談に移植した上で、両者の境界線において新鮮な面白さを探すこと。
有栖川有栖シリーズ作品唯一の、探偵事務所を構えた探偵シリーズ。
あらすじ
探偵・濱地健三郎には鋭い推理力と幽霊を視る能力がある。彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、警視庁捜査一課の刑事も密かに足を運ぶほどだ。生者の嘘を見破り、死者の声なき声に耳を傾ける心霊探偵が、驚くべき謎を解き明かす。ミステリと怪異の融合が絶妙な、異才の探偵を描くシリーズ。(文庫版裏表紙のあらすじより)
既刊
タイトル | 短編の各タイトル |
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幻坂 | 源聖寺坂/天神坂 |
濱地健三郎の霊(くしび)なる事件簿 | 見知らぬ女/黒々とした孔/気味の悪い家/あの日を境に/分身とアリバイ/霧氷館の亡霊/不安な寄り道 |
濱地健三郎の幽(かくれ)たる事件簿 | ホームに佇む/姉は何処/饒舌な依頼人/浴槽の花婿/お家がだんだん遠くなる/ミステリー研究会の幽霊/それは叫ぶ |
濱地健三郎の呪(まじな)える事件簿 | リモート怪異/戸口で招くもの/囚われて/伝達/呪わしい波/どこから |
- 時系列順では『幻坂』の二編からだが、どこから読んでも問題ない。
- 文庫版の表紙は志摩ユリエ名義で大路浩実が担当しており、作中でユリエが描く似顔絵はこんな感じというのがわかる。
- 霊(くしび)なるとは『不思議な・霊妙な』という意味
登場人物
濱地探偵事務所
JR新宿駅南口から歩いて五分ほど(南新宿の奥まったところ)/ 市外局番03から始まる語呂合わせ/ ひどく古びた四階建てのビル(灰色の外壁、化粧タイルが一部剝がれ落ちたまま)の二階に事務所(窓に金文字の表示。ビルの右手に二階に続く階段。ドアの脇の銘板に『濱地探偵事務所』)、四階に濱地が暮らしている(一階はデザイン事務所)/ 入ってすぐの狭いスペースにコートや帽子をかけるハンガーと傘立て、和室にすれば二十畳ばかりの広さで、奥の窓際に重厚な机(その上にはガラスシェードのランプスタンド)。その向かって右側には書籍やファイル類が並んだキャビネットとパソコンがのった事務机が一つ。左側の壁際に応接用の黒革のソファーとテーブル/ 営業時間は九時から/ 面白半分な人(マスコミ含む)の標的にならないように、電話番号も非公開でネットで調べても一切検索に引っかからない。しかし困っていて本当に必要としている人は自然と辿り着く。/心霊現象専門の探偵事務所
名前 | 概要 |
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濱地健三郎 | 老けた三十代にも、(肌艶が)若々しい五十代(三十代の俳優が初老の紳士を演じてるよう)にも見える年齢不詳な男性。いつも従容としている。黒々とした髪のオールバックで、古い映画から抜け出て来たように見える男っぷりのいい紳士。物腰が優雅と言っていいほど柔らかい。フォーマルな感じの仕立ての良いスーツ。声は穏やかで凛としてよく通り、口調は羽根で掃くようにソフト。運転免許証は持っているが、運転中に霊を視てしまうとハンドル操作を誤りそうで危ないのと、気になって道を引き返して本来の依頼を受けた仕事に遅れそうになる懸念があり、基本的には公共交通機関を利用(コロナ禍においてはレンタカー活用)。ユリエ曰く、珈琲を飲む所作がダンディ。内ポケットにスイス製のアーミーナイフ。笑顔のレパートリーは二十種類ほどある。何かにつけ、『これが最後かもしれない』と思う質。読唇術の心得がある。物静かで落ち着いた雰囲気が、依頼者には頼もしく見える。名刺は肩書が『探偵』のものと『心霊探偵』のものを使い分けている。お気に入りの喉飴を常備。外見も中身も紳士であるが、目的を果たすために時々やんちゃ坊主になる。(ユリエが読んでいる)ミステリーに登場する名探偵と違い、助手の勘の鈍さを嗤ったりしない。 |
志摩ユリエ | 24歳 アッシュブラウンに染めた髪を後ろでくくっている。すらりと伸びた四肢(スタイルがいい)と、仄かに肉付きのいい健康的な頬で、愛らしい顔立ち(美人)。デパートの地階で笑顔をふりまきながら洋菓子を売るのが似合いそうな感じ。仕事中は白いブラウスにタイトスカートとジャケット。漫画家になる夢を諦め、一年程他の興信所で勤めたが待遇と人間関係の悪さに耐えられず退職(非紳士的で傲慢さと不公平さのある所長でそれが原因で所内の空気が澱んでいた) 興信所に勤めていた時に耳にした心霊探偵のことを思い出し、事務所の扉を叩いて入社。探偵助手(兼秘書)。漫画家を目指していただけあって絵が上手く、写真に撮れない霊の似顔絵を濱地の口頭描写のみで描いているうちに、霊的なものを幻視する能力はなかったのが視えるようになった。似顔絵を描く時は5Bの鉛筆を使用。『気味の悪い家』より十か月前に彼氏と別れている。自宅マンション三軒茶屋にあるワンルーム。テレビに向かってツッコム癖がある。毎日湯船にお湯はって入浴する。車の運転はしない。最近ミステリを読むのが楽しい。 |
ユリエの学生時代の後輩
進藤叡二 | 23歳 ユリエが大学時代に入っていた漫画研究会の後輩。優しく気のいい奴。卒業してから二年会ってなかったが、道で偶然再会し、食事したりドライヴしたりな関係に。童顔で華奢(ダイエットのし過ぎなファッションモデル並みにスレンダーで薄い胸)。駆け出しのライターで生計を立てつつ、漫画原作者を目指している(漫画家になるのは諦めた) 元々は人見知りするタイプだったが、今ではまるで念願叶って捜査一課に配属された若手刑事のようにグイグイ取材。住まいはワンルームマンション。 車は運転できるが自家用車は持っていない(必要な時にレンタル)。女性のファッションはふわふわとしたスカートなどの可愛らしい感じのものが好み。 |
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警察
赤波江聡一 | 40歳 警視庁捜査一課の部長刑事。動作がきびきびしているというより、せわしない。根がせっかち。濱地の『心霊探偵』という肩書にも理解を示し、心霊現象が原因の事件を現実の事件として上手く処理してくれる、ギブアンドテイクな関係(濱地と出会う前は超自然的なもの全般を一顧だにせず、オカルトじみたものを信じる人間を小馬鹿にしていた) 強面。グローブのようにごつい手でカップを包むようにして飲む。手は節くれだっている。ごつい顎。妻へのプロポーズはフレンチレストランで。親子四人暮らし。他者に危害を加えてストレス発散をする輩、出来心という言葉で自らの罪を説明しようとする輩を嫌っている。 |
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作中で紹介される作品・作者
エミール・ガレ/ 宮沢賢治『オッベルと象』/ 牧逸馬『浴槽の花嫁』/ 林不忘『丹下左膳』/ 谷譲次/ 作詞:野口雨情・作曲:中山晋平『あの町この町』/ スティーヴン・ローズ『ゴースト・トレイン』/ エリカ・エンゲルハウプト(関根冬華訳)『科学で解き明かす禁断の世界』(♯5 人間の足が続々漂着)/ アルベール・カミュ『ペスト』/ 小松左京『復活の日』