1996年11月6日・13日放送、全2夜。
粗大ごみを拾い、それを用いて札幌の一等地・宮の森に家(というか部屋)を建てる企画。
その背景には本放送当時、札幌市の粗大ごみ回収が月1回のステーション収集で行われ、処分される粗大ゴミが街中に置かれていたことも関係している(その後、札幌市は粗大ごみのステーション収集を廃止し申し込みによる戸別収集を行っているが、そもそも「人様の捨てたゴミを漁る」という意味でも倫理観が問われるのだが)。
レギュラー放送時、第1夜の前半が堂島孝平のインタビューと抱き合わせになっており、午前中の再放送や『リターンズ』では「サイコロ1」後編+本企画前編・本企画後編の2回に分けて、『Classic』ではともに1回に再編集されている。
中期以降は旅中心のスタイルとなった『どうでしょう』としては極めて異端とも言える企画で、劇団を主宰していたミスターの発案である。そして後年殆ど見られないハイテンションな鈴井貴之を見られる貴重な企画である。
宮の森でのロケの際、地主の許可を得ずに無断で撮影(悪く言えば「他人の土地に不法投棄紛いの行為をしている」事になる)したために、後日いばらのもりの竹本Dが土地を見学した際に不動産屋から「そういえば、勝手にここ使いましたよね?」と聞かれたという(不動産屋の言う事はもっともなのだが、そもそも不動産屋が本企画をたまたま視聴していたとしても「竹本Dが自分から名乗る」か「不動産屋が竹本Dの知り合い」でもない限り「相手を『HTBの関係者』であると見抜いた上で単刀直入に件の質問をする」所まで結びつけるには至難の業で、一歩間違えば「無関係の第三者に向かって『あれはお前らがやったのか?』と詰問する」様な話にもなってしまうため、その意味では不幸中の幸いではある)が、それ以上は詮索されなかったのか、のちの原付西日本制覇の様に表向きは大きなトラブルに発展する事は無かった。
なお、集めてきたゴミはスタッフが清掃工場までトラックで運搬し、HTBが費用を負担して処分した。
以上の経緯から「コンプライアンス的な意味で現在では二度と出来ない企画」という認識であり(その3年後に雷波少年で類似企画放送され、コンビ時代のスギちゃんが出演していた)、後の「北海道で家、建てます」では、名称こそ似ているが本当に家(厳密にはツリーハウス)を建てている。