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人物

1970年3月3日生まれ。岩手県出身。

東京写真専門学校(現専門学校東京ビジュアルアーツ)卒業後、一般映画などでフリー助監督を経験後、1996年の『ウルトラマンゼアス』で特撮の道に入る。

以後平成ウルトラマンハイコンセプト・ウルトラマン平成ゴジラミレニアムシリーズで助監督として参加後、2002年の『ゴジラ×メガギラスG消滅作戦』で特技監督デビュー。その後もハイコンセプト・ウルトラマン大怪獣バトルミレニアムシリーズで助監督を担当。

2019年からきくち雄一名義で活動をはじめ、主に一般映画や舞台を中心に活動している。また劇団「きくちマンゴールディング」主宰、映画製作チーム「仙川映団」代表を務める。

作風

  • ウルトラマン、ゴジラ、ガメラで助監督を担当していたが、現在の自分の映像の技術は円谷プロダクションで築かれたとコメントしている。
  • 2001年の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃』では、スケジュール調整やスタッフのコミュニケーションなどで苦労し思うように現場で進行できず、ゴジラにはしばらく呼ばれないだろうと考えていたため、翌年の『ゴジラ×メカゴジラ』で特撮監督に起用されたのは青天の霹靂であったという。
  • 『ゴジラ×メカゴジラ』では、まだ自身のカラーが定まっていなかったため難しく考えずやりたいようにやった結果、従来のゴジラシリーズらしくない構成になったと語っている。
  • 監督として人間の芝居を取りたいという要望があり、特撮は前面に押し出すよりも味付けとして使う作品を手掛けたいとしていた。
  • 担当作品では崖が登場することが多いため、「崖監督」なるあだ名がある。
  • ウルトラマンやゴジラで美術を担当していた三池敏夫からは一緒に仕事をしていた『ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ光の星の戦士たち』の頃からいずれは監督になると思われており、非常に切れる人物であったとしている。特技監督としてデビューした『ゴジラ×メカゴジラ』では、これだけ予算厳守できた新人監督はそういないだろうと述懐している。
  • 好きな作品は『ロッキー』『3年B組金八先生』『熱中時代』ドラマチックで観終わって気持ちよくなれる爽快感のある作品が好み。

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菊地雄一
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菊地雄一
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