概要
島国ゆえの島国根性から来る閉鎖性や霧隠れの里の初代水影・白蓮の厳格さが災いして他国他里との交流が途絶える故の不気味さと、内乱絶えない政情不安定さ、他里との捕虜交換には応じない排他性、そして極めつけはとある人物の凶行が起こるまで行われていたアカデミーでの生徒同士の殺し合いを行わせる卒業試験等からの残忍さ、好戦性、血生臭さから作られた呼び名である。
意味合い
一般的には鉄の国のミフネからその逸話から不信感を抱かれるレベルの悪名や他里から霧隠れの残忍な存在として例に出される単語として、また五代目水影をはじめとした霧隠れの面々からも基本的には過去の悪弊因習として例に出される等のネガティブな意味合い、つまりは蔑称として扱われている。
だが一方では青の様な歴戦の古強者などが「我々血霧の里の~」という言葉や、過去に霧隠れの暗部の追い忍部隊の一員が「血霧の里を嘗めるな」等の発言をしているように、その単語から来る恐怖感や恐ろしさを前面に出したところから自ら進んで使う時代もあるなど、時代における言葉というものの扱われ方の移り変わりをイメージさせるものがある。
何時から使われていたのか? そして関わった者達…
作中においては波の国での再不斬との激突の時に登場した単語で、五影会議の際に五代目水影・照美メイが「四代目水影・やぐらの恐怖政治の時代」を血霧の里の時代と述べているが、実際はやぐらが水影に就任する前、つまりは三代目水影の時代、のはらリンを三尾の人柱力として木ノ葉隠れに送り込んで暴走させることで木ノ葉崩しを引き起こそうとした時(実際は本物のうちはマダラがうちはオビトを闇堕ちさせる為に仕掛けたもの)には既に使われている事が判明している。
つまりは、元から霧隠れに存在した要素とマダラの暗躍、そしてそれを引き継いだオビトによるやぐらの傀儡化による暗躍が重なって出来たものといえよう。やぐらの傀儡化についてはマダラが仕組んだことを差し引いても霧隠れの自業自得な面がある。
そしてBORUTOの時代に、かつての里の惨状を知らずに平和な世の中を快く思わない霧隠れの忍の中で血霧の里の名を用いて他国の者に嫌がらせを行う者が若干増えてきており、そしてそれらが水の国の大名の覇権志向と合わさって暴走する等、霧隠れにとって解決せねばならない課題として残っている。