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踏切事故

ふみきりじこ

鉄道の踏切で発生する事故の総称
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正確には踏切障害事故と呼び、昭和62年に当時の運輸省から発令された鉄道事故等報告規則で定める踏切道において、列車または車両が、道路を通行する人、車両等と衝突、接触した事故のこと。
鉄道事故での死亡者の大半を占める事故で、もっとも頻度の高い事故でもある。近年は立体交差化によって踏切を除却する取り組みも進められているが、多くの踏切が今も残っており踏切事故の根絶は不可能に等しい。

主な踏切事故

日高線踏切事故

1991年1月8日発生。日高本線苫小牧-勇払間の市道勇払沼ノ端通踏切で、立ち往生していたタンクローリーに鵡川発苫小牧行き普通列車(キハ130)が衝突。列車は脱線転覆し、列車の乗員・乗客53名のうち45名が重軽傷を負った。
特に列車運転手は一命は取り留めたものの、両脚を切断する重傷を負った。この事故をきっかけにJR北海道は高運転台、衝撃吸収構造を積極採用するようになった。

成田線大菅踏切事故

1992年9月14日発生。成田線久住-滑河間の大菅踏切で、遮断機が下りていた踏切に進入していた大型ダンプカーに千葉発佐原行き普通列車(113系4両編成)が衝突。先頭車のクハ111-1038は脱線大破し、列車の運転士が殉職、乗客65名が負傷した。
殉職した運転手は衝突を覚悟し、集電装置を降下させる電源遮断措置を執っていた。
事故後、JR東日本は既存車両の前面に鋼板を追加貼り付けし強度を上げる工事(通称鉄仮面)を施工し、209系量産車やE217系などの乗務員室後部に脱出口を設置、運転室の拡大、衝撃吸収構造の採用に踏み切るきっかけとなった。

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