ピクシブ百科事典

113系

ひゃくじゅうさんけい

国鉄が製造した近郊形電車、113系に関するイラストにつけられるタグ。
目次[非表示]
  • 1 国鉄113系電車
  • 2 スペック(wikipediaより引用)
  • 3 現状
  • 4 形式
  • 4.1 クハ111
  • 4.2 モハ112
  • 4.3 モハ113
  • 4.4 クモハ112
  • 4.5 クモハ113
  • 4.6 サハ111
  • 4.7 クハ113
  • 4.8 クハ112
  • 4.9 サロ110
  • 4.10 サロ111
  • 4.11 サロ112
  • 4.12 サロ113
  • 4.13 サロ124/125(JR東日本)
  • 4.14 モヤ113(JR東日本)
  • 4.15 415系800番台(JR西日本)
  • 5 番台区分
  • 5.1 0番台
  • 5.2 1000番台
  • 5.3 1000'番台
  • 5.4 700番台
  • 5.5 0'番台
  • 5.6 2000番台
  • 5.7 1500番台
  • 5.8 2700番台
  • 5.9 サハ111形300番台
  • 5.10 サハ111形400番台
  • 5.11 800番台
  • 5.12 5000番台/6000番台(JR東海)
  • 5.13 600番台/700番台/2600番台/2700番台(JR東海)
  • 5.14 8000番台(JR東海)
  • 5.15 5000番台/7000番台/5700番台/7700番台など(JR西日本)
  • 5.16 クモハ113(112)形300番台・5300番台(JR西日本)
  • 5.17 7500番台/7600番台(JR西日本)
  • 5.18 3800番台(JR西日本)
  • 5.19 クモハ113(112)形2058・2060(JR西日本)
  • 5.20 クハ113/クハ112ほか、JR四国の113系
  • 6 改番を伴わない改造
  • 6.1 前面強化車(JR東日本)
  • 6.2 前面窓金属押さえ化(JR西日本)
  • 6.3 特別保全工事
  • 6.4 延命N工事(JR西日本)
  • 6.5 延命NA工事(JR西日本)
  • 6.6 体質改善車(JR西日本)
  • 6.7 ドアボタン設置(JR西日本)
  • 7 充当された路線
  • 7.1 JR東日本
  • 7.1.1 横須賀色
  • 7.1.2 湘南色
  • 7.2 JR東海
  • 7.3 JR西日本
  • 7.4 JR四国
  • 8 私鉄への譲渡車
  • 9 塗色パターンの例
  • 10 保存車
  • 10.1 リニア・鉄道館
  • 10.2 ポッポの丘
  • 10.3 長野総合車両センター
  • 11 関連タグ
  • 国鉄113系電車に関するイラストがほとんどであるため、本項目では同車について説明する。

    国鉄113系電車

    1963年より国鉄が製造した近郊形電車である。
    101系で採用された、「MT46主電動機」の歯車比を変えるだけで特急形から通勤形まで対応できる主回路システムは優秀で、101系登場以来1962年までに2700両もの新性能電車が製造された。
    そして電化区間が延びるにつれ、25勾配が連続するような線区にも電車が進出した。しかし、MT46では出力が不足し、編成中の電動車の割合を高くして対応する必要があった。
    そこで開発されたのが「MT54主電動機」である。このMT54は出力が20%上昇し、25‰の勾配を電動車比率1:1で運転可能なモーターである。
    このモーターを111系に取り付けたものが本形式である。
    115系415系とは兄弟車といった関係で、車体デザインなどはほぼ共通である。
    415系は本形式の交流電化区間用といった位置づけである。なお、415系800番台はすべて113系からの改造車である。
    115系は勾配のきつい路線用に製造されたため、抑速ブレーキやノッチ戻し制御などの山岳線区向けの機器や機能が装備されているが、比較的平坦な路線用の113系にはそういった装備は搭載されていない。
    また、115系が山岳向けであることからよく間違われるのだが、113系と115系の電動機出力や歯車比は同じであり、115系の勾配対策機能を殺せば併結も可能である。
    18年間で2909両が製造されたが、老朽化や設備の陳腐化などの理由から東日本や東海を中心に急速に廃車が進み、2013年4月地点では残り170両程度にまで減少してしまっている。

    スペック(wikipediaより引用)

    起動加速度1.6km/h/s(MT比1:1時)
    減速度3.0km/h/s(常用最大)4.0km/h/s(非常)
    営業最高速度100km/h(高速化改造車は110km/h)
    設計最高速度100km/h(高速化改造車は110km/h)
    定格速度52.5km/h(全界磁)84.5km/h(40%界磁)
    全長20,000mm
    全幅2,956mm
    全高4,077mm
    ブレーキ方式発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ


    現状

    最後に製造された113系は1982年製であり、どんなに若い車両でも35歳となっている。鉄道車両の寿命がだいたい30年~40年と言われているため、残存している113系も置き換えが更に進むと予想される。
    2017年6月現在、113系が走行している主な地域は京都地区、福知山地区、きのくに線、岡山地区、広島地区、高松地区である。
    その中でも広島地区は新型電車227系の増備が着実に進められており、113系を含む国鉄型電車が減少の一途を辿っている状況である。
    また、京都地区の5700番台・7700番台も本線から221系が玉つきで導入され、運用の減少が始まっている。
    また、七尾線の元113系の415系も製造後50年以上が経過しており、いつ置き換えが始まってもおかしくない状況である。
    その他の線区でも車齢が40代を超えるものも多く、置き換えが始まるのは時間の問題である。

    形式

    113系は111系の出力増強形という位置づけから、モーターを搭載しないクハやサハといった車両は111系と共通ということになった。

    クハ111

    制御車。先行して登場していた401系クハ401に準じた設計であるが、こちらは当初から高運転台である。
    一部の車両をのぞいてトイレが設置されている。
    奇数向きは0番台、偶数向きは300番台が割り当てられている。

    モハ112

    パンタグラフのついた中間電動車。
    モハ113またはクモハ113とユニットを組む。
    電動発電機、コンプレッサーなどを搭載している。

    モハ113

    モハ112またはクモハ112とユニットを組む。
    パンタグラフのない中間電動車。
    主抵抗器、主制御器などを搭載している。

    クモハ112

    パンタグラフのついた制御電動車。
    モハ113またはクモハ113とユニットを組む。
    電動発電機、コンプレッサーなどを搭載している。
    すべての車両がモハ112からの改造車である。JR西日本のみに所属。

    クモハ113

    モハ112またはクモハ112とユニットを組む。
    パンタグラフのない制御電動車。
    主抵抗器、主制御器などを搭載している。
    すべての車両がモハ113からの改造車である。JR東海・西日本に所属。

    サハ111

    中間付随車。モハ112・113から編入された400番台とサハ111-5801、2000番台やそれから派生した1500番台や7000番台などを除きトイレが設置されている。
    当初は付随車はクハで代用する方針であったことから登場は遅く、両数も97両(うち4両が115系から、それとは別の4両がモハ112・113からの編入車)と少なめであった。基本番代は1969年から製造されたが5両で終了。むしろ後続の派生形(1000番台など)のほうが製造両数が多い。
    また、もともとの車両数の少なさに加え、短編成化などにともなって中間付随車は使いにくい存在となり、廃車されていくのも早かった。
    2007年5月30日で最後まで残っていた6両が廃車となり、形式消滅となった。

    クハ113

    JR四国JR東日本から113系を購入し、番号を振り直した際、クハ111の奇数向き(0番台)に付与された形式。

    クハ112

    JR四国がJR東日本から113系を購入し、番号を振り直した際、クハ111の偶数向き(300番台)に付与された形式。

    サロ110

    国鉄のサービス向上で急行グリーン車冷房化されるようになり、新製冷房車を東海道本線急行列車に導入した。
    それに伴い、東海道線急行に連結されていた非冷房かつリクライニングシート装備のグリーン車153系サロ152は山陽本線に転属した。
    その山陽本線から玉突きで捻出された、非冷房かつ回転クロスシートを装備していた153系グリーン車サロ153の制御回線を小改造したものが本形式である。改造対象にはステンレス試作車の900番代も含まれたが、当時の情勢から塗装されてしまい、コルゲート車体に湘南塗装という異様な姿をさらした。

    その後冷房化・方向幕装備などの改造や、一部は地下線用不燃化改造で1000番代への改造が施されるも、すべてが1960年以前製造と経年が高く、1970年代後半には廃車が始まり、1980年には関西グリーン車廃止で900番代が消滅。
    一部はJR東日本に継承されるものの、1992年までにすべて廃車になっている。

    1976年からは老朽化した基本番代やサロ112の代替新造として、1200番代が登場。各部の構造変更や簡易リクライニングR-51シートの採用の他、急行用と同じTR69台車が採用。
    2006年の東京口113系の引退まで運用され続けた。

    また、国鉄末期には余剰の特急・急行サロの転用先として無数の変形車が出現。車体断面と設備が特急型のまま異彩を放つ物、サハ165に簡易リクライニングを設置しただけの物など玉石混合のあり様を示した。これらは構造上や着座サービスで問題も多く、ダブルデッカーのサロ124/125投入と前後して廃車となっている。

    サロ111

    111系・113系オリジナルのグリーン車。
    サロ153形をベースに製造されているが、台車はコイルばね仕様のTR62にダウングレードされ車掌室がなく、その分定員が4人増えている。
    その後冷房化などの改造が施され、一部はサロ110同様地下線対応で1000番代に改造されるものの、1993年までにすべて廃車になり、形式消滅した。

    サロ112

    急行形では冷房付きグリーン車サロ165が標準扱いとなったことで、余剰となった153系サロ152および163系サロ163を制御回線を変更して113系に組み込んだもの。非冷房のまま編入されたものと、後年の急行型余剰の編入車である冷房車がある。
    最終的には33両が編入改造されることとなった。
    これらは下降窓であることから車体の腐食が早く、1979年までにすべて廃車になり、形式消滅した。

    サロ113

    これも113系オリジナルのグリーン車である。
    全車地下区間対応、冷房車で落成している。
    外観からサロ110の同系車と見られがちであるが、車体寸法および座席などの接客設備は急行型グリーン車に近似したランクの高いもので(腐食問題の深刻だった下降窓をユニットサッシに変更)、サロ110に比べ定員は48名と少なく、混雑時に着座出来ないと不評を買うことに。
    成田空港開港に備えて奥行きの深い荷物棚を装備した。
    そして幕張電車区に17両のサロ113が配置され、成田空港の開業を待ったが開港が遅れに遅れることとなった。
    当時貴重であった冷房車をただ寝かせておくわけにもいかなかったため、全車横須賀線へと転用されてしまったが、定員の少なさから持て余され関西地区に転用。1980年に関西のグリーン車廃止により総武・横須賀線に帰還するが、着座サービスの点からはやはり足手まといと扱われていたようだ。
    この車両は1998年までにすべて廃車になり、形式消滅した。

    サロ124/125(JR東日本)

    東海道線東京口のグリーン車は一部列車で乗車率130%にもなっており、グリーン席の増強が必要であった。
    その時、特急形のグリーン車が余剰になっており、それを増結することも検討されたが、増結すると16両編成に伸びてしまう。16両にするとなると問題が多く出てくるため断念せざるをえなかった。
    そこで、編成両数を増やさずに席数を増やせる2階建てグリーン車が製造されることとなった。これがサロ124形/サロ125形である。
    車体構造上はまったく211系と同仕様なのだが、初期製造車は国鉄型発生品のTR69を履いている。これらは台車取り付け部の関係上ボルスタレス台車に換装する事が出来ず、211系転用後も廃車までそのままだった。
    これらの形式は車齢が若かったため、後に211系に改造されて引き続き運用されたが、2014年までにすべて廃車になり、形式消滅した。

    モヤ113(JR東日本)

    乗務員訓練用にモハ113を改造して誕生した形式。
    1990年にモハ113-68がモヤ113-1となったが、冷房が付いていなかったため、1995年に廃車され、代わりに、1981年に冷房改造されていたモハ113-192をモヤ113-2に改造して使用した。
    そのモヤ113-2も2005年に廃車となり、形式消滅した。

    415系800番台(JR西日本)

    七尾線


    七尾線直流電化されたのにあわせて、交流の北陸本線直通運転するために交直両用電車が必要になった。
    しかし交直両用車は高価であり、少しでもコストを抑えたかったJR西日本は、既存の113系と福知山線で交流機能をもてあましていた485系を改造することにした。
    113系に485系の交流機器を移植し、113系は415系800番台として、485系は183系として再スタートを切ることとなった。
    編成組成はクモハ415-モハ414-クハ415の3連となる。
    モハ414には交流機器を搭載するためMG/CPの補助機器を積むわけにいかず、当時残存していた1970年代前半に行われた試作冷房改造車の一群はクハに既に補助機器を搭載していたため、それらを利用するために各地からことごとくかきあつめ、福知山線用の800番代と複雑なユニットの組み替えを行い、クハ415とモハ414は元試作冷房車が種車となっていた。
    寒冷地運用のため800番代同様に耐寒改造もほどこしてあるため、七尾線電化開業前は、2代目福知山色に塗られたうえで福知山線で暫定運用が行われたこともある。


    番台区分

    0番台

    1963年から製造され、東海道本線や横須賀線に投入された。
    モーター出力の強化とそれに付帯する機器類の変更がなされた以外は111系とほぼ同一構造である。
    偶数向きの制御車には300番台が割り振られている。(後に山陰本線にも300番台を名乗る113系(後述)が現れるが異なる車両である)
    415系に改造された一部の車両を除いて全車廃車されている。
    415系800番台に改造されたモハ414-802(元モハ113-12)は、2017年6月現在、現役最古の新性能電車として七尾線を中心に活躍している。

    1000番台

    横須賀線と総武線が地下路線を介して直通運転することが決定した。
    しかし、長い地下トンネルを通るために不燃化等が必要とされ、それに対応すべく製造されたのがこの1000番台である。
    具体的には床材に使用していた木材を塗床材を充填する構造に変更、腰掛けの難燃化、貫通路窓ガラスに線入りのガラスに変更、床下配管のダクト化、主回路ヒューズの移設などである。
    また、横須賀線への1000番台投入で余剰となった0番台は関西地区に転用され、万博輸送に用いられた後、初代「新快速」として活躍した。

    1000'番台

    前述した横須賀線と総武線をつなぐ地下路線であるが、34.3‰の急勾配や曲線の連続などで見通しが悪く、中継信号機が多数必要であったことから、ATS方式で開業させるという当初の計画を変更し、ATC方式で開業することとなった。
    そのため、ATCに対応した車両が必要となったが、1000番台をATC化するよりも新規にATCに対応した車両を製造するほうが効率的だとされ、この1000'番台が製造された。
    1000'番台と後述する1500番台はATC機器設置の影響で干渉する空気笛を下部に移設してあり、外観上の特徴となっている。
    また、1000'番台の第一陣は、冷房化工事準備車として落成し、113系唯一の冷房化工事準備車となった。
    なお、すでに製造されていた1000番台は房総地区や東海道線東京口に転用された。特にサハは不足気味であったため、ユニットサッシの0’番代が主力を占める中、後年の更新工事も施工され晩年まで活躍した。

    注:後述の0'番台と1000'番台は鉄道マニアによって作られた用語で、公式の名称ではない。

    700番台

    湖西線が開業するのに合わせて製造された。
    湖西線の走る滋賀県北部はの多い地域であり、雪国に対応する装備が必要とされたため、耐雪ブレーキや半自動ドアなどの耐寒耐雪装備を有する113系となった。
    115系と違い、抑速ブレーキやノッチ戻し制御は装備されていない。
    本来であれば115系を投入すべきであるが、大阪地区での一般型113系との限定的な混運用も考慮し113系として製造された。(先にも書いたが115系は勾配抑速機能カット改造をしないと113系と併結出来ない)
    また、北陸トンネル火災事故を教訓に、難燃化・不燃化を推進する方針から、地下線向けの1000'番台と同様の基準とした。

    0'番台

    1975年3月のダイヤ改正で、山陽本線や呉線の輸送改善を実施するために、首都圏で111系を捻出する必要があった。
    そこで0番台を増備することとなったが、前述の難燃化・不燃化を推進する方針から、700番台と同じような難燃化・不燃化対策を行う必要があった。
    これに対応したのが0'番台である。1974年11月より製造された。一時期は東京口の東海道線運用は当番代が主力となり、E231系投入まで長く活躍した。

    2000番台

    80系等の旧型電車をさらに置き換えるため、113系は増備され続けたが、方針の変更などでマイナーチェンジが行われることとなった。
    この2000番台は、シートピッチが拡大され、座り心地を改善した他、トイレの削減を行う方針の影響で、トイレのない先頭車が新たに製造され、以降の113系の標準となった(ただし、この方針は後に見直され、再びトイレを設置するように戻っている)。
    国鉄末期の混乱期に製造されたため、妙に接客に関係ないデッドスペースが多いほか、付番体系にも混乱が見られる。

    1500番台

    横須賀線・総武快速線の直通用車両を増備するにあたり、横須賀線・総武快速線でも1000'番台をベースに2000番台に準じたシートピッチ改善等を行った車両を投入することとなった。
    そこで生まれたのがこの1500番台である。
    ほぼ2000番台のクハにATC機器を搭載しただけであり、サハは2000番代が転用されることもあったほか、最末期を除いて1000’番代と混結されていることが多かった。
    晩年は房総ローカルに転用されたのちに、209系投入時にひっそりと廃車になっている。

    2700番台

    草津線が電化されることとなり、湖西線と共通運用するために耐寒耐雪仕様の113系が必要となった。
    その際、700番台をベースに2000番台に準じたシートピッチ改善等を行ったタイプである。
    また、1983年から1984年にかけて両番台の短編成化(6両→4両)が行われ、先頭車が不足したが、その際2000番台を2700番台に改造した車両が編入され、700番台や、既存の2700番台と組み合わせて運用された。
    その後、2003年小浜線電化の際も2000番台からの改造車が編入された。(ただし後述の高速化改造により、既に2700番台はすべて7700番台に改番されていたため、7700番台の追番として編入された。)

    サハ111形300番台

    1985年ダイヤ改正で房総地区の列車が増発されるのに合わせて、先頭車が不足した。
    そのため、中央東線で余剰となった115系のサハ115形300番台を113系化改造の上、東海道線に転用することで、東海道線で中間付随車の代用となっていた先頭車を置き換え、房総地区に先頭車を捻出した。
    その際、115系から改造されて生まれたのがこのサハ113形300番台である。改造内容は半自動扉の回路を全自動回路とし、引き通し線を変更した程度である。そのため、半自動扉用のドア取手が残っていた。(他に700番台や2700番台などの耐寒耐雪形の113系にも取っ手がある。)
    1999年12月8日にサハ111-303が廃車となったことで形式消滅となった。

    サハ111形400番台

    1986年11月のダイヤ改正で東京口のローカル用編成の見直しが行われることとなり、モハ112・113がサハに改造された。その際生まれたのがこのサハ111形400番台である。
    113系モハ113-273とモハ112-273がサハ111に改造されてそれぞれサハ111-401・402を名乗り、東海道線東京口で活躍した。
    また、民営化後の1988年にもモハ113-1058とモハ112-1058が改造されてそれぞれ追番であるサハ111-403・404を名乗り、同じく東海道線東京口で活躍した。
    2000年3月3日にサハ111-403が廃車となったことで形式消滅となった。

    800番台

    国鉄最後のダイヤ改正である、1986年11月のダイヤ改正で、福知山線の電化区間が宝塚から城崎(現城崎温泉)まで延伸し、ここにも113系が投入されることとなった。
    しかし、この線区は雪の多い地域であり、耐寒耐雪装備が必要であった上、輸送量も少なかった。であるので、113系0番台を捻出し、扉の半自動対応などの耐寒耐雪化改造の上、2M2Tの4両編成と、中間電動車を先頭車化改造した2Mの2両編成を投入し、800番台とした。
    中間電動車のモハ112とモハ113を先頭車化改造したことにより、113系にクモハ112とクモハ113という新形式が加わることとなった。なお、クモハ112化改造の際にはトイレが設置されている。
    先に記した415系化改造や、3800番台への改造の際、種車として一部が使用されている。
    また、クハ111-806・816は高速化改造が施されて5800番台となり、京都地区で2005年まで活躍した。
    クハ111-811・812は、115系のモハユニットを組み込み、下関地区で2015年末ごろまで活躍した。

    5000番台/6000番台(JR東海)

    JR東海は冷房化を進める上で、新型のインバータークーラーを開発した。
    その際、電源は直流のほうが都合が良かったため、新たに直流600Vの線を引き通した。
    そのため、番台が区分され、元番号に+5000された。また、電源にSCVを搭載した先頭車は+5000ではなく、元番号+6000とされた。
    2000年4月26日に最後の4両が廃車されたことで形式消滅となった。

    600番台/700番台/2600番台/2700番台(JR東海)

    東海道本線東京口を走るJR東日本の113系ではATS-Pの設置や、ブレーキ性能向上が行われていたため、それらに付属編成として連結されるJR東海の113系にも同様の工事が実施された。
    改造当初は改番はなかったが、区別のため後から改番が行われ、600番台、2600番台、奇数向き先頭車は700番台、2700番台となった。
    湖西線・草津線向けの700番台・2700番台と番号が重複する可能性があったが、そちらは高速化改造が施工され、後述する5700番台・7700番台になったため、重複は免れた。
    JR東海内では異端装備車であり、高速運用による痛みも速かったためE231系投入と同時に早期に淘汰されている。
    2007年7月18日の廃車をもって形式消滅となった。

    8000番台(JR東海)

    中央西線には、南木曽-贄川間に架線高さの低い区間があるため、普通のパンタグラフの車両は入線できない。
    そこで走行中央西線中津川以東乗り入れるため、2001年7月3日13日に2000番台4両のパンタグラフをC-PS24Aに換装し、その車両は種車の2000番台に6000を足した8000番台とした。
    パンタグラフの交換による派生形式であるため、パンタグラフのあるモハ112のみが改番され、パンタグラフのないクハ111やモハ113は2000番台のままとされた。
    2007年11月13日に最後の1両が廃車となり形式消滅した。

    5000番台/7000番台/5700番台/7700番台など(JR西日本)

    JR西日本は東海道・山陽本線に221系を投入し120km/h運転を開始した。
    しかし113系は最高速度が100km/hと遅く、120km/h運転の足を引っ張ることになりかねないので、最高速度を110km/hに引き上げる改造を行った。
    その車両には元番号+5000が付与された。
    また6M2Tなど、電動車比が高い編成の一部電動車は同時にブレーキテコ比変更も行われ、テコ比を変更した車両は0番台は+1000、700番台は+50、2000番台では+500と非常にややこしい番号の付け方が行われた。

    クモハ113(112)形300番台・5300番台(JR西日本)

    山陰線の綾部-福知山間・園部-綾部間が電化されるのに際し113系が導入された。
    クモハ112・クモハ113のみで構成される。クハやモハ、サハなどの300番台は当系列とは別番台の車両であるので注意が必要。
    輸送密度を考慮し、2両編成でワンマン仕様の113系が既存のモハ112・113を改造の上で導入された。これが300番台である。
    ワンマン運行に都合がいいよう、一番前の客用扉が64cm運転台側へずらされており、他の113系とはドアの位置が合わない。
    また、扉は電気式半自動装置が設けられたが、最初から電気式(ドアボタン式)での半自動化であったため、700番台や2700番台、800番台などにあるドアを手動で開けるための取っ手は設置されていない。
    京都-園部間は嵯峨野線の4両編成と併結して運転するため、園部駅での連結・開放を省力化するために自動解結装置を装備している。
    塗装は湘南色であるが、ワンマン対応であることが識別できるよう、緑と橙の塗り分けの間に細いクリームの帯が挟んである。
    なお、5300番台は300番台の高速化対応タイプである。

    7500番台/7600番台(JR西日本)

    山陰線園部以西が電化され、自動解結装置を装備した300番台が導入されたのは前述のとおりであるが、その連結先にも自動解結装置の設置が必要だった。
    そのため、嵯峨野線用の2000番台に対して自動解結装置の設置と扉に電気式半自動装置の設置が行われた。前述の山陰線用300番台と同じく最初からドアボタンで開閉する方式であるため、ドア取っ手は設置されていない。
    工事を行った車両は区別のため、奇数向き先頭車が7500番台、偶数向きが7600番台が付与された。
    なお、その後同様の工事が5700番台にも行われたが、そちらについては「L編成」「C編成」と編成記号で分類されるに留まり、改番はされなかった。

    3800番台(JR西日本)

    福知山周辺の輸送力の実態に合わせて、800番台を2両編成、ワンマン化する工事が行われた。
    その際、中間車を先頭車化するに当たって、従来であれば台枠を含む車端部を切除し、先頭の前面のみ別で作成したり、廃車となった車両の前面を切り取ってくるなど、何らかの方法で先頭部分を調達し、それを取り付けるといったことをする。
    しかし、その方法では手間とコストが掛かり、主要構造で有る台枠を切断する事は強度上問題も多いためにそういった事はせず、妻面に窓を取り付け、運転台機器を搭載した独特の前面スタイルとなった。
    特に先頭車化改造された側についていた黄色の大きい全面強化板が特徴で、ファンからはゲテモノだの迷列車だのと言われつつもなんだかんだで人気である。
    しかし、もともと車齢の高い車両を改造したため、老朽化が進み、改造後8年で223系5500番台に置き換えられた。

    クモハ113(112)形2058・2060(JR西日本)

    紀勢線の輸送力の実態に合わせて、7000番台を2両編成、ワンマン化する工事が行われた。
    こちらも3800番台と同じく切妻構造であるが、こちらは伯備線向けの115系と同じく切妻構造の先頭を新規製作して取り付けたようである。
    外観は後述の体質改善40N工事並の張り上げ屋根化や窓サッシ交換が行われているが、内部の座席等は延命N工事レベルで、座席はセミクロスシートである。
    改造に伴って高速化も解除され、2000番台に番号が戻っている。
    2編成4両しかいない少数民族。

    クハ113/クハ112ほか、JR四国の113系

    末期の国鉄では民営化後を考えて四国に121系を導入したが、運用の実態からすると少し車両が不足していた。そこで、111系4両編成3本の12両を投入し、民営化を迎えた。
    JR四国ではしばらく冷房化などを行いつつ111系を使用していたが、老朽車であるがゆえ故障が多く、置き換えの必要があった。しかし、本州3社と違い、経営基盤の弱いJR四国では新車を導入する余力がなく、JR東日本から中古の113系を購入することとなり、4両編成3本が登場した。
    導入するにあたり、車内や前面、塗装を大幅に改造し、接客設備と安全性の向上を図り、2000年にデビューした。
    主な工事箇所は前面方向幕の移設、方向幕跡地に前照灯の増設、前面強化、転換クロスシート化、車内LED表示板設置、ドアボタン設置、中間車にドアカットの際に用いる車掌スペース設置、ATS-P撤去、屋根の張り上げ屋根化などである。
    工事にあたってはJR西日本で施工が進められていた体質改善工事(後述)を参考としたという。
    また、導入の際に番号が振り直されており、113系にクハ112、クハ113が新たな形式として加わった。また、モハ112・モハ113についても1番から車番が振り直されている。(当時モハ112・113の1・2は1991年に高速化工事を受けて5001・5002となり、3は1999年に廃車となっており、車番が重複することは無かった。)

    改番を伴わない改造

    前面強化車(JR東日本)

    1992年9月14日、成田線の大菅踏切で113系普通列車と過積載のダンプカーが衝突し、列車先頭部が大破、列車運転士が死亡するという痛ましい事故が起こった。それを受けてJR東日本では踏切事故対策として113系などの前面にステンレス板を装着することで先頭部を強化する工事を行った。
    これは1992年時点で1972年以前に製造された、前面強化工事が未施工の車輛が対象で有り、1973年以降製造である1000’番代中期以降の、製造時より強化構造になっている車両および、事故以前に定期修繕で強化工事が施工されていた車両は対象にならなかった。(0’番代は1974年以降製造のため施工車はない。1500番代・2000番代は当初から強化構造になっている)
    また、113系ではアンチクライマーを左右4枚づつ装備した。この工事が行われた際、緊急対策であったため、ステンレス板を塗装しないままむき出しで運用に復帰することとなった。そのため、ファンからは「鉄仮面」と呼ばれる事となった。
    しかし、その後の検査入場時にはステンレス板部分にも塗装が施され、ステンレスむき出し状態は短い期間で終わることとなったものの、急ごしらえで設置された強化構造は廃車期まで目立つ特徴となっていた。
    注:JR西日本の113系などにも鉄仮面と呼ばれるものがあるが(後述)、全く異なるものである。

    強化装備形態



    前面窓金属押さえ化(JR西日本)

    JR西日本の関西地区では、劣化したHゴムから雨水が侵入したりする事を防止するため、103系や113系などの体質改善(後述)が行われていない車両において前面窓(前面方向幕窓を含む)を金属押さえに改造する工事が行われた。その際に使用された金属部品が(東日本の全面強化車ほどではないものの)目立つものだったため、こちらもファンから「鉄仮面」と呼ばれる事となった。

    特別保全工事

    末期の国鉄では、長年の赤字ゆえ、老朽化してきた113系初期車を置き換えるのではなく、延命工事でもたせようとする事となった。そこで外板や屋根、配管類や便所周りの補修を行い、約16年分寿命を延ばす工事を行った。

    延命N工事(JR西日本)

    国鉄時代にやりきることができなかった特別保全工事を引き続き実施したもので、特別保全工事に加えて座席モケットの張替えや、吊革の増設、化粧板の交換など、旅客サービスに関わる部分にも手を加えて製造後30年の使用を目標とされた。

    延命NA工事(JR西日本)

    国鉄時代に特別保全工事が行われた車両では、延命N工事で追加で行われた旅客サービス設備の改善が行われていないため、追加で工事が行われた。これが延命NA工事である。

    体質改善車(JR西日本)

    JR西日本では、113系を含む既存の国鉄型電車を223系などの新型車両並の車内設備に改修する体質改善が行われ、転換クロスシート化などが行われた。大きく分けて2タイプあり、製造後40年使用を目標とした体質改善40N工事と、旅客サービスに影響しない部分の工事を省略して製造後30年使用を目標とした簡易工事の体質改善30N工事である。これらをまとめて体質改善車と呼ぶ。
    この工事は主に延命N工事・NA工事の行われていない2000番台以降の後期型に施工された。
    工事内容は、転換クロスシートへの交換、化粧板の交換、車椅子スペースの設置、前面窓のピラー撤去、塗装の変更などである。40N工事はそれに加え張り上げ屋根化、客室窓の交換も行われ、新車のような外観となった。
    しかし、全車に工事が及ぶことはなく、40N工事車や30N工事車、未更新車が入り混じって運用されており、張り上げ屋根となった40N車と張り上げ屋根ではない30N車や未更新車が混結された編成などではかえって編成美が損なわれる事となった。
    また、広島地区には交換された座席が転換クロスシートではなく固定クロスシートとなっているものや、体質改善が行われていないにも関わらず塗装のみ塗り替えて体質改善車を装う車両もおり、ファンからは、前者は「嘘タイプ」後者は「クソタイプ」や「詐欺タイプ」などと呼ばれて愛されて?いる。また、外観のみ40N仕様となっているが車内は延命N工事並という車両もいる。
    2010年代も半ばになると、車齢は30年、40年を越えるものが多数出てきており、延命N工事・NA工事車を含めて"期限切れ"状態の車両も多数でてきてしまっている。

    夕暮れの電車。



    ドアボタン設置(JR西日本)

    前述の通り、JR西日本では113系でも耐寒耐雪仕様の半自動ドアを装備した車両がいる。
    しかし、半自動扱い時は旅客がドアを手で開閉せねばならず(他車種にも言えることであるが、国鉄型半自動ドアはドアの開け閉め感覚が重く、若干力が要るうえ、車掌が閉操作をしないと完全に閉まりきらない)、きちんと閉めずに降りてしまう旅客がいるなど、改善の余地があった。そこで、ボタン一つでドアが開閉できるようにドアボタンが設置された。
    その際、延命N工事・NA工事の車両では外部の戸袋窓が半分ほど埋められることとなり、外観の特徴となっている。なお、内側の戸袋窓は埋められていないため、車内からは埋められた様子が丸見えである。
    また、体質改善車は改善時に施工され、戸袋窓は狭められていない。
    嵯峨野線の2000番台など、一部の耐寒耐雪形以外の車両にも施工されたものがあった一方で、800番台には(おそらく)設置されることはなかった。

    充当された路線

    ※は2012年3月時点で撤退済みの路線。

    JR東日本

    同社管内の113系は次々と新型電車に置き換えられていった。最後まで113系が残り、國鐵千葉とまで揶揄された房総地区各線でも2011年9月1日で定期営業運転から引退。9月23日24日にさよなら運転が行われた。

    横須賀色

    湘南色

    JR東海

    2007年3月ダイヤ改正で運用終了し全廃済。

    JR西日本

    民営化時に772両を継承したが、JR車の投入によって大幅に数を減らしている。最近は、体質改善車の廃車も珍しくなくなった。

    JR四国


    私鉄への譲渡車

    過去に伊豆急行に老朽化した100系の置き換えとして、JR東日本から113系1000番台2編成8両が譲渡され200系として運用されていたが、伊豆急側は元々親会社の東急8000系で置き換えを行うつもりで、113系(と115系)の導入は8000系の廃車が発生するまでの「つなぎ」でしかなかった。
    そのため早期の廃車を前提として大掛かりな改造は行われず、8000系の導入に目処が立ち次第全廃となった。

    塗色パターンの例

    湘南の111系(差分あり)


    2017年冬に京都地区最後の湘南色をまとった編成が後述の京都地域色に塗り替えられて消滅。現在は愛知県にある「リニア・鉄道館」や千葉県にある「ポッポの丘」の保存車で見ることができる。

    早く夏になーれー


    2011年に房総地区より113系が撤退した際に消滅。現在は「ポッポの丘」の保存車で見ることができる。

    早朝のB快速


    阪和線・きのくに線から113系(ワンマン車は除く)が撤退したことで消滅。

    • 関西快速色(車体『白色』+帯『朱色』)

    関西本線快速


    関西本線から113系が撤退したことで消滅。

    113系7700番台 (40N更新)



    西日本流 余剰車の有効活用法


    画像は小浜色を165系にまとわせたウソ電
    小浜線から113系が撤退し、京都へ転属後に関西・岡山地区の体質改善色に統一されたことで消滅。

    • 嵯峨野ワンマン色(湘南色+境界に『クリーム色』)

    113系


    京都地域色に塗り替えられたことで消滅。

    正面画 JR西日本113系体質改善車 抹茶色


    京都地区のほか、福知山地区でも使用される。
    体質改善車と未改善車ではわずかに色合いが異なる。

    • 和歌山オーシャン色(車体『オーシャングリーン』+帯『ラベンダー』)

    正面画 JR西日本113系紀勢本線


    和歌山地域色に塗り替えられたことで消滅。

    • 和歌山地域統一色(オーシャングリーン)

    • 瀬戸内色(車体『クリーム』+帯『藍色』)

    正面画 JR西日本115系300番台瀬戸内色


    画像は115系。
    中国地域色(末期色)に塗り替えられたことで消滅。

    • 体質改善色(広島地区)、通称ミルクオレ(車体改善色の『ベージュ』が『白』)

    正面画 追悼 クハ115-604


    画像は115系化改造された113系

    • 中国地域統一色(末期色を参照)

    JR西日本113系・115系 広セキH-01編成 黄チクビ



    • 旧福知山色(車体『黄色』+帯『藍色』)

    JR西日本113系福知山色


    画像の上の塗装。
    新福知山色に塗り替えられて消滅。

    • 新福知山色(車体『クリーム色』+帯『緑色』+帯『茶色』)

    JR西日本113系福知山色


    画像の下の塗装。
    福知山線から800番台が撤退したことで消滅。

    • 福知山ワンマン色(3800番台)

    113系3800番台


    3800番台が引退したことで消滅。

    • 四国色

    四国の魔改造車
    JR四国 113系


    3編成が編成ごとにそれぞれ違う色をまとっているが、3色とも塗り分けは共通。

    その他にも塗装は存在する。(追記求む。)

    保存車

    リニア・鉄道館

    • クハ111-1

    湘南色、車内見学可能。(厳密に言うと113系ではなく111系である)

    ポッポの丘

    • クハ111-1072

    横須賀色、先頭部のみのカットモデル。

    • クハ111-2152
    湘南色、先頭部のみのカットモデル。

    長野総合車両センター

    • クハ111-249

    信州色、タイフォン形状や塗装の変更などで115系に似せてあるが、元は房総地区で活躍した113系。先頭部のみのカットモデル。工場公開時のみ見学可能。

    関連タグ

    近郊形電車
    80系 111系 115系 211系
    湘南電車
    チクビーム

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