鉄道での正面衝突、追突、速度超過防止のための安全装置。
ATC、ATOと字面は似ているがATCは「先行列車との間隔及び進路の条件に応じて、車内に列車の許容運転速度を示す信号を現示し、その信号の現示に従って、列車の速度を自動作用により低下する機能を持った装置」と運転安全規範で定義された自動列車制御装置の略称で、ATOは加速・減速・停止までサポートする自動列車運転装置の略称である。
種類
打子式
現在の東京メトロ銀座線にあたる東京地下鉄道開業時に採用された日本初の実用的ATS。
営団地下鉄丸ノ内線、大阪市営地下鉄御堂筋線・四つ橋線・中央線、名古屋市営地下鉄東山線でも採用されていた。
これは、信号機が「停止」を示しているときだけ線路脇のレバー(打子)を起立させ、仮に列車が信号を無視して進むと、起立させた打子が車両に設けられた非常制動弁を叩いて強制的に停止させるというもの。誰が呼んだか「当たって止まるシステム」。
原始的な構造ゆえ列車密度をあまり高くできないが、構造がシンプルなので動作に対する信頼性が高く、採用していた各路線で衝突事故は1件も起きていない。
最後まで使われていたのは名古屋市営地下鉄東山線だった。
B形・S形
国鉄が採用していたATSの一つ。
B形は線路に電流を流し、制御点に列車が到達したことを接近リレーで検知し、通常流れ続けている軌道電流を一定時秒停電することにより、「停止信号接近」の情報を車両へ伝達する。
一方のS形はレールとレールの間に設置された地上子と、車両に設置された車上子によって構成される。車上の発振周波数が地上子の共振周波数に引き上げられることにより、「停止信号接近」の情報が車両に伝えられる。
S形の場合、停止信号現示に対応するロング地上子を通過すると運転台において警告音が鳴り、そこで運転士が5秒以内にブレーキをかけて確認ボタンを押すとチャイムに変わる。
B形の場合、「ロング地上子通過」を「軌道電流停電検知」と読み替えるのみで後はS形と同じである。
B形、S形共に運転士が確認扱いをしなければそこで非常ブレーキが掛かって列車は停車する。言ってしまえば運転士が確認扱いをした後ブレーキを緩めてしまえば(かけなければ)、列車は停止信号を突破できる。
この弱点を国鉄も把握していたが、根本的な改良はP形まで待つこととなる。これでも元々は「車内警報装置(車警)」でアラームしか鳴らなかったものを改良したのであるが、列車本数に対し不十分すぎたことが昭和末期~平成初頭に事故を多発させた。
なおB形は主に国電区間で採用され、S形は国電区間以外の路線で使われていた。2015年現在B形はP形あるいはATCに置き換えられて全廃され、S形も後述するP形を併設するかS形に速度照査機能や即時停止機能を付加したSx形に置き換えられている。
ちなみに埼京線の赤羽〜大宮間がATCになっている理由はB形を使った場合、並走する東北新幹線の交流電流がATSを誤作動させる恐れがあったためと言われている。
後述の1号型(都営浅草線等)ATSは、ATS-Bが原型であるが、速度制御情報として電流遮断時間を細分化し、確認扱いをなくしている。
Sx形
上記のS形に国鉄分割民営化後各社ごとに改良を加えたもの。JR全社が即時停止機能、更にJR東海以西の各社とJR貨物はあとから時素式速度照査機能※1を付加している。※2
即時停止機能とは運転士が確認ボタンを押して警報を解除しても、停止信号を現示している出発信号機・場内信号機・入換信号機(これらを総称して絶対信号機と呼ぶ)直下の地上子を通過した場合に有無を言わさず非常ブレーキをかける機能で、時素式速度照査機能は2つで1組の地上子対通過時間を車上タイマーと比較して速度を照査し、速度超過時には非常ブレーキをかける機能である。
※1原理は名鉄・京阪などが使っているものと全く同じで、動作周波数が異なるのみである。
※2福知山線脱線事故の後、急曲線区間について速度照査が必須となった際、全くの無電源の速度照査地上子1組以上で機能する東海以西のシステムに対し、北海道が使う東日本形SNでは地上側でチェックし停止指示を出さねば機能しないため、地上子の設置コストが膨れ上がる点が問題になった(当初より車上装置をSW等にしてあれば廉価で済んだが、全数の交換は時間的・費用的に現実的でなくなった)。
Sx形は各社ごとに呼称が異なり、下記表のようになる。
ただしJR西日本の車両がそうであるように、車体表記ではSのみの場合もある。また、東日本のSN形のうち、トップ絵どおり「Ṅ」記号のある車両は東海・西日本の速度照査地上子に対応した車上装置を積んでいる。
JR各社と乗り入れがある路線でもSx形を使用している場合があり、伊豆急行ではSi形(機能面ではSN形と同じ)、かつて定期・臨時列車が多数乗り入れ、現在もキヤ141などの検測列車が乗り入れる富山地方鉄道ではSW形、JR東海と関係の深い愛知環状鉄道、伊勢鉄道、東海交通事業、名古屋臨海高速鉄道ではST形を採用している。JR貨物との関わりの深い水島臨海鉄道ではSF形をベースに確認扱いを省いたSM形を採用している。
JRとの乗り入れがない第三セクター路線でもSx形への置き換えが行われている。
パターン形
デジタル式と非デジタル式とがある。
P形(デジタル伝送パターンタイプ)
停止信号・速度制限の位置、勾配、距離などの情報を地上装置・地上子から列車へ伝送し、列車側はその情報に基づき、自車の制動性能と走行距離からその時点の上限速度、すなわちパターンを生成し、その上限速度値を用いて速度照査を行う。パターンで設定された速度に列車の速度が近づくと警報が鳴り、パターンに抵触すると常用最大ブレーキ(自動ブレーキ装備車は非常ブレーキ※)が作動する。復帰扱いを行えばブレーキは緩解する。
Sx形の速度照査は点毎にしか照査を行なえないが、P形の場合ブレーキ中の常時速度照査を実施できるため、安全のための無駄を極力小さくできる(法令上、「照査」が地点単位か常時かで分類されるため「連続照査」ではあるが、情報供給点は地点ごとのため、P形も連続制御ではなく点制御である)。そのため列車の増発限界を更に高められる。
※JR東日本のE129系が積むATS-P・Ps統合型車上装置は、P機能についても次のPTと同じく非常ブレーキ機能のみに簡素化されている。
PT形
JR東海で採用されているP形の派生種。他社のP形と基本的な仕組みは同じだが、常用最大ブレーキを使用せず、パターン抵触=即非常ブレーキ作動なのが特徴。即ちPT形の車上装置は非常ブレーキを作動させた場合の運行パターンのみを生成し、それを超過した場合には非常ブレーキが作動し停止する。他社のP形から運転支援機能を省いてコスト低減をはかった、東日本の自動ブレーキ装備車用のシステムが原型と考えられる。なお停止後に復帰扱いを行えば運転続行可能なのはP形と同じ。
P形の下位互換であるためP形でも乗り入れできるが、運転士からの評判は非常に悪い。
ラッシュ時間帯などで信号待ち・徐行のあと制限が緩んだ場合、車上パターンが更新されるまでP形・PT形共制限を受け続ける(STであれば直ちに上位信号の制限速度まで上げてよい)のは同じだが、電気指令式・電磁直通式のブレーキ装備車でもPTは非常ブレーキのみのため、万が一更新前のパターンに抵触してブレーキが掛かった場合、停車してからでないと再起動できない。この点が大いに嫌われているのであろう。
373系に於いて、態々東京乗り入れ時に積んだP形からPTへ積み替えている。これは、本来P形のほうが上位仕様であるものの、当該P形車上装置では線区最高速度のモニタリングまではやっていなかった模様で、速度が低い身延線などではPTの使用開始後も積替えが終わるまでしばらくはP形とSTと併用する形で代替していた。JR東日本・長野支社管内では日常的に東海のPT装備車が走るが、大都市部ではないからこそ非常ブレーキだけというシステムでも曲りなりに通用していると言える。電車用では方向スイッチを固定しており、東日本車のように経路によっては方向転換してしまうケースまでは対処していない。
PF形
JR貨物の車上装置。機関車への装備がほとんどなので、PTや自動ブレーキ用P形装置がベースと考えられるが、東日本のP形同様車両が到るところで方向転換する可能性があること、少し前まで二軸貨車など用の階段緩めのできないブレーキにも対応する必要※があったことが装置を分けた理由と考えられる。※このことが、国土交通省令の改正でATS-P区間に於いて原則非装備車が運行できなくなる規定が設けられるまで、地上側に貨物列車のブレーキ性能に応じたATS-Sx地上子を置くことで代替していた時期があった理由と考えられる。
拠点型P
P形の地上装置を絶対信号機、分岐器、踏切付近など安全上重要な拠点に設置するタイプ。JR西日本とJR東日本の新潟地区で採用されている。
この方式では全ての信号機にSx形の地上子が設置されているためP形の車上子を搭載していない車両でも入線可能。
Ps形
SN形・Sx形に地上子に新たな変周周波数を追加し、その設置位置を車上に記憶させておくことで速度照査パターンを生成させる機能を追加し、P形に近い機能を持たせたもの。Sx形の上位互換。パターン式ではあるがデジタル式ではない。
Dx形
Sx形にデジタル式パターン照査機能を追加。
車上にデータベースを設置し、速度照査を行うタイプのATS。JR北海道とJR九州で導入されている。元のSx形部分にも速度照査があった九州(Dk)と、なかった北海道(DN)で構造が分かれた。
DW形
JR西日本が山陽本線横川五日市間で2012年に試験導入したATS。既存のATSに運転支援機能を多種組み込んだのが特徴。Dx形と近い機能を持つ。
私鉄のATS
基本的に私鉄は各社独自のATSを採用しており、互換性は持たないことが多い。
ただし、都営浅草線系統の「1号型ATS」、「C-ATS」のように当初から乗り入れを念頭に置いたものもあるし、相模鉄道にいたっては都心直通のために独自のATSを廃止してATS-Pに置き換えた。
全般に大手私鉄のものは、後にATS-Pに切り替えた相模鉄道が従前用いていたものも含め、どれも同時期の国鉄線のそれより数段進んだ内容となっている。これは1960年代に多発した事故に対し、運輸省(当時)が現在各社が採用している内容のATSを導入するよう通達を出し命じたため。仕様の水準は示したものの、構造については任意としたことが、各社別々の構造になった。数年間内部留保すら難しくなるほど工事額がかさむ社もあったが、同種事故は根絶した。
余談
鉄道ファンの中にはATSのような目覚ましがほしいと考える人もおり、実際につくった人もいる。また、フリーソフトで再現されたものもある。(参照)