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長春市

ちょうしゅんしまたはちゃんちゅん

長春市は、中華人民共和国吉林省に位置する副省級市で同省の省都。
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概要

市区人口約438万人・総戸籍人口約749万人(2017年)の大都市。

1932年から1945年までは満洲国の首都とされ、新京と呼ばれた。
その当時の建物(日本風)も残っており、現在も利用されているところもある。

工業都市として、長春第一自動車製造工場(第一汽車製造廠、現在は中国第一汽車集団として自社ブランドの紅旗、合弁でフォルクスワーゲンアウディトヨタマツダを製造。中華人民共和国としてはじめて国産乗用車を製造した。)と長春映画製作所(満洲映画協会の後身。のち東北電影公司⇒東北電影制片廠⇒長春電影制片廠)が所在し、中国における自動車工業と映画製作の拠点になっている。
その他、飲料(百事可楽など)、製薬、紡績業、鉄道車両製造が盛ん。

市内には長春有軌電車路面電車長春公交集団バスと共に運営。)、長春軌道交通(長春軽軌、地下鉄ライトレール)が走っている。


歴史

夏周代はツングース系の粛慎(稷慎とも)の居住地であり、漢晋代にかけては扶余の版図に含まれた。
南北朝時代以降は高句麗の北辺とされ、唐代に渤海が建国されるとこの地に扶余府が設置された。
遼代に東京道竜州黄竜府、金代に上京路済州(後に隆州と改称)、元朝に開元路を設置。
明代になると三万衛とし、後に蒙古科爾部の管轄とした。清初は内モンゴル・ゴルロス旗とされたがこの時代までは遊牧地であった。

1791年、乾隆帝の代に山東の農民による入植がは始まり、本格的な農業が行われると1800年に長春庁が設置(1889年には長春府に昇格)。

19世紀末、東清鉄道の支線が敷設されたが、日露戦争後のポーツマス条約により日本が長春以南の鉄道支線権を譲り受けて南満州鉄道株式会社を設立、1906年には長春駅を新設。
南満州鉄道は、さらに1907年9月から周辺地域を買受けて鉄道付属地の開拓・区画整理して新たな商業並びに住宅地を開発、近代風建築が並んだ新市街が発展した。

1931年の満州事変により関東軍の支配下に置かれると翌年中華民国は新たに長春市を設置したが、同年に満洲国が建国されると実効支配権を喪失、都市名も新京と改名。

1945年(民国34年)にソ連対日参戦で満洲国が崩壊すると新京は再び長春と改称、同年11月に中国共産党が同年11月15日に長春市政府を設立。
国共内戦においては毛沢東・林彪軍による長春包囲戦で人口の2/3が餓死する大惨事になった。
その後1948年からは人民解放軍の勢力下に置かれ、1949年に中華人民共和国が成立すると吉林省の都市となった。
1953年に離脱して直轄市となったが翌年再編入、吉林市(1947年設置、それ以前は永吉県、一時吉林県とも。)から吉林省の省都となった。

注意事項

pixivで検索する時、「長春」とだけ表記すると「戦艦少女」若しくは「アズールレーン」のキャラクターがヒットするので注意すること。⇒長春長春(アズールレーン)

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