概要
心理学、精神分析で用いられる用語であり、欲求不満など精神的に不安定な状況に陥った際に状況に適応、または不安定な状況を脱却するべく行われるメカニズムのことである。
20世紀前半にイギリスの精神分析の始祖とも言えるジークムント・フロイトの娘であるアンナ・フロイトが用いた言葉である。それによると防衛機制とは本能的欲求、衝動から自我を護ることを目的としている。精神的な病を持つものはこの防衛機制が上手く働かないことから本能的欲求を表面に出す事が多い、と言って良いだろう。
しかしながら現在では自我が認めたくない真実などから目を背けることに対して防衛機制が働くという解釈をされる場合も多い。
防衛機制は多くの場合無意識のうちに行われる為、当人には自覚が無いことが多い。
防衛機制の種類
代表的なものは以下の通りだが、この他にも色々あるので興味が有ったら調べてみると良い。
抑圧
欲求や苦痛などを抑え込む。我慢ともいい、一般的な防衛機制とも言える。
やり過ぎレベルの強い抑圧は文字通り無意識の領域まで抑え込まれ、記憶として呼び起こすことが難しい、という状態に陥る場合もある。
そして人の我慢には限界があるため、早めに発散、消化しなければ精神衛生に悪影響をもたらすことになる。多用は厳禁。
摂取
自分にとって好ましい他者の振る舞い、価値観、感情などを自分の内に取り入れ、自分を高めようとする動き。「取り入れ」とも言う。
幼少期に大人の言動から価値観や身の振り方を学習することから始まり、成長後も
「憧れの人と同じアクセサリーを使ってみる」
「優秀な実業家やスポーツ選手のルーティーンを真似して自身のパフォーマンス向上を図る」
「勇気や気合が必要な時に好きなキャラクターの台詞を口にしてみる」
等日常的に行われる。
後述の「同一視」と混同される場合もあるが、こちらは部分的な模倣に留まり、模倣対象と自分はあくまで別存在として区別が付いている。
同一視
現在と理想とのギャップに対する防衛機制である。
自分の憧れる人物や集団等と自分を重ね合わせることで自分を高めようと考えるもの。
前述の「摂取」と混同される場合もあるが、こちらは自身と対象の境界がより曖昧になる。
理想の自分像に近い人物の真似をしたり自分が主人公の物語を作ったりして「理想の自分」を追体験する、他者の業績を自分のもの・自分の手柄だと思い込んだりする等。
「自分はあの有名人の親戚だ/自分はあの大手企業に勤めている/自分は偉大なる◯◯国の民である→だから自分は凄い(※実際に自分が何か手柄を立てたわけではない)」という思想もこれの典型である。
やり過ぎればただの鬱陶しい奴、度を越すと人格を疑われてしまう。
近年のネットでは自己投影とも呼ばれがち。
投射
自分の欠点や後ろめたい感情を自分ではなく他者が抱えていることにする。本来「自己投影(投影)」と呼ばれるのはこっち。
ネットで言えば
「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」(自分の魅力を見つけられず他者を避けていたのは自分)
「コイツ…誘ってやがる‼︎」(自分が勝手に相手に欲情しただけの場合)
「(陰謀論を否定する根拠を提示され)そんなのフェイクだ! お前は馬鹿だから騙されるんだ!」
「おのれディケイド」
等。
他者を悪者にして貶める防衛機制であることから社会ではあまりいい目で見られない。(言ったことが本当にそうだった場合でもあまり言い過ぎると白い目で見られてしまう)
だからと言って「地球温暖化も、不景気も、政治の腐敗も、お前の母親が巨人に食われたのも全部俺のせいだ!もう…嫌なんだ…自分が…俺を、殺してくれ……」と本当にそうであることからありもしないことまで何でも自分のせいにするのは精神衛生上不味い。何でもかんでも他人に被せても何も解決しないが自分を責めて抱え込んでもそれこそ何にもならないぞ!
退行
現在置かれた状況に対して子供のように振る舞って自分を守ろうとすること。表面的な振る舞いに留まらず精神的に幼くなることが多い。
今ある問題が無かった頃の状態に戻ろうとする、誰かに庇護してもらえることを期待する、欲求不満を表に出すのを許される存在になりたがる等の心理が働いた結果とも考えられる。
幼少期に兄弟ばかり構う親の関心を惹こうとしたり、他の異性と親しげな恋人などに急に甘えたり、というのは退行の一種である。ある程度なら可愛らしいモノだが、度を越すと非常に恥ずかしい態度である。
しかし逆に言えば恥ずかしい態度を周囲を気にせず取るということは恥など考えられないほど思い詰めている事の現れでもある為、引いたりせず肯定してあげたりしてまず落ち着かせよう。
反動形成
(右はもちろん左の人もそうとうこの反動形成寄りの人物である)
抑圧されている感情と正反対の行動を取ることであり感情を表に出してしまわないようにする意味合いが強い。
ツンデレはその最たる例であり、本当は好き(感情)だがそれを表に出さないようにツンツンした嫌いという意思表示(行動)というものである。
逆にこの防衛機制が出ている時は普段とても元気に振る舞っているが誰もいないところで一人で泣いている等という形で「弱味を隠してしまう」傾向もあり、そうやって抱え込み続けた結果、自重で崩壊、鬱や自傷に及んだり、最悪自殺に発展してしまう可能性もある。底抜けの明るさに違和感を感じたら少し注意して観察してみることをお勧めする。限界を迎えてからは「助けて欲しい」の反動形成で「自分に構うな、踏み込んでくるな」と差し伸べられた手を払い除け、自己嫌悪に陥り、それを隠すために余計に明るく振る舞うという悪循環に陥ってしまう可能性もある。
置換
欲求の対象を別のものに置き換えることで欲求を満足させるというものである。
PS5を買いたかったが売り切れだったのでSwitchを買った、大トロが食べたかったが今月厳しいので普通のマグロで我慢した等というのがその例でありこのように買い物などではよくお目にかかれる。妥協ともいう。
心にモヤモヤは残るが代替品は手に入れているためそこそこ満足出来るお手軽な防衛機制である。
攻撃
欲求不満の原因となるもの、もしくは無関係なものを傷付けることによってそれを解消しようとするものである。
幼少期であればよくある他、ぞうきんで御茶を淹れる等というのも多い。
投射同様第三者に不利益が及ぶものであるため嫌われがち。同じ嫌われるなら格ゲーでハメ技連発、FPSで角待ちショットガンや死体撃ち等で相手を苛つかせる程度に済ませよう。そういう界隈ならその程度挨拶である。ただし、やった以上やられても文句を言わないこと。
昇華
欲求不満などに対してエネルギーを向ける対象を別の事に置き換えて打ち込む。ここでいう別の事とは芸術、運動など社会的に価値が有るとされる行為であり、置換と比べると全く異なる方向へと置き換える点が異なる。
失恋したので歌を作る、社会への怒りを絵画や小説で表現する、推しへの想いを漫画にする、ムカついてしょうがないから大声をあげて走り回る、等がこれにあたる。
分離
感情と言動を切り離して捉えることである。即ち自分自身に降り懸かっている状況を自分自身の事柄というよりは第三者の目線で見ている状況である。
例えば自分が批難されている事に対して「私、批難されてますよね」と笑いながら言うというのは分離である。
「隔離」とも言う。
解離
感情や感覚だけでなく体験そのものを自身から意識から切り離す。
肉体と意識の間に分厚い壁ができて現実感を感じられなくなれば離人症性障害(離人症・現実感喪失症)、記憶ごと切り離せば解離性健忘(記憶喪失)、切り離された記憶や感情から別の人格が形成されれば解離性同一性障害(多重人格障害)となる。
身近な例では「読書に没頭していて呼びかけられても気付かない」といったもの。
逃避
現在の状況から逃げるという分かりやすいものである。しかしながら防衛機制としてはどうにも対処出来なかったからその状況から逃げ出す、ということになる。
例えば仕事をミスして怒られたくないから仕事をずる休みする、何事も人任せにして自身は責任を負わない、試験勉強の前にとりあえず部屋の片づけを始めるというのは逃避である。
最も簡単に行えるが最も何の解決にもなっていない防衛機制である為、なるべく別の発散をした方がいいだろう。でなければツケがまわってくることとなる。
合理化
満たせなかった欲求に対して都合の良い理由を付けて正当化しようとするもの。よく例に挙げられるのがすっぱい葡萄の寓話。
「今日は調子が悪かった。このぐらいで勘弁してやる」等、フィクションではエリート系のキャラクターが失敗した際にこの合理化をよく行うが、「俺がニートなのは親の育て方が悪かったせい」といった類の物言いもこの枠に入る場合がある。
理由づけのために他者を悪者にすると、投射のように(例えある程度事実だとしても)周囲の目が厳しくなる可能性がどんどん上がるので注意。
補償
劣等感を自分の得意分野で補うという、昇華と同じく非常にポジティブな防衛機制である。例えば運動は苦手だから勉強を頑張る、というのがそれである。
実益や発展性の塊であるため好ましい機制。
ただし、その得意分野で躓くとどうしようもなくなってしまう。
転換
ストレスが身体症状として表れる。
体が震える、手や足が動かなくなる、腰が抜ける、声が出なくなる、五感が鈍る、気絶する、食欲異常、嘔吐等症状は多岐に渡る。
身近な所ではやりたくないのにやらねばならない事(登校、出社、嫌いな上司からの呼び出し等)をやろうとすると頭痛や腹痛に襲われる、眠れなくなる等が挙げられ、肉体には医学的な異常が発見されず、仮病と誤解されることも少なくない。
症状が持続する場合は適応障害の可能性があり、放置するとうつ病等深刻な精神疾患に繋がるので見逃さないようにしよう。