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デファイアント

でふぁいあんと

デファイアントは、イギリス空軍の第二次世界大戦期に用いたレシプロ戦闘機。前方銃を持たず、旋回機銃のみを武器とする。大英帝国の生んだ奇妙奇天烈・摩訶不思議。
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メーカーはボールトンポール(イギリスの飛行機メーカーであり、第二次世界大戦中には主としてブラックバーン・ロックフェアリーバラクーダなどの他メーカーの航空機の組み立てで活躍、現在は合併等を経てGE・アビエーション傘下)のレシプロ単発戦闘機。特徴的な装備で有名である。

試行錯誤時代の(無謀な)挑戦者

イギリス空軍の壮大なカン違いの申し子。ところがよく考えれば予想できた失敗作。
『デファイアント』とは「挑戦的な」という意味だが、それにしたって程があるだろう
 ちなみに旋回機銃は前方には射撃できない。なぜ気付かなかった

利用

 旋回機銃(機銃を周囲からの攻撃にあわせてある程度の範囲を攻撃できるようにしたもの)は重量があり、単発の戦闘機には重すぎた。
 またエンジンも非力であり、同系列のエンジンを積んだハリケーン戦闘機(翼や胴体には木材や帆布を多用した設計自体古い戦闘機、まれに駄作機扱いされるが、オードソックスであったため使いやすかったため、スピットファイアが出るまで使用された)にさえ劣る飛行性能(重量の差が顕著に出ている)であり、バトル・オブ・ブリテンの初期に大損害を負って引き上げられている。また、昼間に戦闘機を相手にした結果、太刀打ち出来ない事が損害から明らかになり、42年には戦場から引き上げられる事になった。

 原因はもちろん『旋回機銃』である。前方には射撃できず、そもそも機銃手と操縦は分業であるため、よほど連携して攻撃できるのなら話は別なのだが、空戦中にそんな余裕はない。

開発の背景と経緯、また他国の状況

 少し考えていればそのような状況になることはわかりきっていたと思われるがそれにもかかわらずなぜつくられたのか。「低翼単葉機の時代にはお互いの速度が速くなりすぎ、正面切って機銃を撃ち合う余裕などなくなる」という考え方があった。実際には超音速の時代に入っても戦闘機の機首から航空機銃が姿を消すことはなかったのだが。

 そもそもイギリス空軍は第一次世界大戦でもドッグファイトをほとんど経験しておらず、むしろ硬式飛行船(金属製の外郭を持つ飛行船)やシェッペリン・シュターケン(ドイツが運用した複葉機、1t程度の爆弾を搭載しロンドンを爆撃可能であった)などによる本土爆撃を受けた経験から、いかにして本土を防衛するかに主体をおいていた。

 第一次世界大戦においては、前述の飛行船やツェッペリン・シュターケン大型爆撃機の迎撃には、ブリストルF.2「ファイター」のような複座戦闘機の後部銃座を使った同航戦が効果を発揮したことから、その究極として動力旋回銃塔を積んだ迎撃用戦闘機の考案に至ったのである。デファイアントの生まれそのものは、決して不条理なものではなかったのだ。

 ところが、問題は第二次世界大戦の頃には爆撃機の方も高速化し、(というより、多発多座の爆撃機の方が引込脚の採用など高速化が早かった)オマケに格闘戦に長けた単発単座戦闘機が護衛につくようになり、鈍重な単発複座戦闘機による同航戦は望めなくなった。この結果、高速で前方銃を多数搭載した戦闘機で上方を占め降下銃撃するという迎撃方が一般化した。

デファイアントを笑う資格など誰にもない

 もっとも侵攻する側のドイツ軍メッサーシュミットBf110のような、格闘戦を意識しない多発多座の「駆逐機」で相手の戦闘機を抑え込めると想定していたためデファイアントの事を笑う資格はないだろう

 もちろん、同様の思想は日本アメリカなど、主だった国には存在し、きっちり失敗している。第二次世界大戦においてレシプロの多発戦闘機でマトモに成功を収めたといえるのは迎撃機として出発したP-38ぐらいなのだ。第二次世界大戦において活躍した英国の双発戦闘機といえばデ・ハビランド 「モスキート」(戦闘機型)、ブリストル「ボーファイター」などがあるが、いずれも夜間戦闘機や攻撃機として用いられ、昼間戦闘機としては成功していない。

 ドイツ空軍にしても、スピットファイアと大差ない設計思想でつくられたメッサーシュミットBf109は、多発多座爆撃機の護衛には航続距離の不足ばかりが目立ち、ロンドン上空では充分に護衛の役を果たせなかった。

 「500km以上の侵攻距離を持ちドッグファイトに耐える長距離単発単座戦闘機」というシロモノは、広大な太平洋を舞台に戦うことを前提とした、零戦F4Fワイルドキャットにおいて実現したものである。

 ちなみにこの同航戦、イギリスが放棄した後、皮肉にも敵国のドイツや日本で再び日の目を見る。ただし動力銃塔ではなく、後部に固定されたいわゆる「斜銃」によってだが。
Bf110月光屠龍

 駆逐機思想ではXFLエアラボニタの試作にとどまり、一番出血が少ないかに見えるアメリカだが、多発多座の夜間戦闘機(これはちゃんと最初からその意図でつくられた)P-61ブラックウィドウも、F6Fヘルキャットの夜戦型(F6F-3N、F6F-5N)が出現すると、前線ではそちらを望む声が大きくなることもあった。

 一部の地域では警戒レーダーの範囲が地形の関係で限定され夜間迎撃が成功しない例もあった。
 P-61は明け方や日没時の警戒任務にも就いていたが、こうした任務にはF6Fの夜戦型の方が適していると判断されたとされる。
 またその相手となる日本も双発の屠龍や月光が、B-17B-29と言った「重爆キラー」として名を馳せた一方で、複座ながら単発機の艦上爆撃機『彗星』に斜銃を搭載した彗星戊型でしばしば「夜戦狩り」を実施している(これにP-61が度々落とされた為F6F夜戦型が強く望まれた一因になった)。

アメリカの失敗

 アメリカ軍はイギリスの失敗を見ていながら、「超音速時代に前方機銃を使ったドッグファイトなど廃れる」と勘違いし、F-4ファントムIIの初期型でやらかした(前方銃がなくAAMしか搭載せず、飛行性能で劣るMig-15にまで落とされる始末)。

結局

 デファイアントの失敗は後学だからこそ笑えるのであり、実際には笑う資格はどの国にもないといえる。
 ただ、ひとつだけ明らかなツッコミどころをあげるとするなら、イギリス空軍もブリストルブレニムアームストロングホイットレイハンドレイ・ページハンプデンデ・ハビランドモスキートといった、高速多発多座爆撃機の開発を進め成功していながら、なぜ戦闘機開発にフィードバックできなかったのかという点であろう(その点を考慮してブリストル ボーファイターのようなものができなかったのが不思議である)。

鳥かごの憂鬱

 この戦闘機においては旋回機銃の機銃手の生存率が低いのも問題だった。
 旋回機銃内は狭いので機銃手はパラシュートを装着できず、、緊急脱出も困難だった。通常の乗り降りでさえ機銃を上に向け、さらに旋回機銃も前方に向けなければならないのだ。当然墜落中にそんな悠長な事をしてるヒマは無かった

競作機の存在

 駄っ作機として名高いデファイアントだが、競作機があったことはあまり知られていない。その名はホーカー ホットスパー。名門ホーカー社が競作に参加していたのである。
 
ところがこのホットスパー、デファイアントやロックと異なり、7.7mm1丁だけだが前方銃を搭載していた。デファイアントに軍配が上がったのは表向き「飛行性能で劣っていたから」だそうだが、本音は前方銃をつけたことが気に入らなかっただけだろうと邪推せざるをえない。
 
まぁ、そのおかげでホーカーは普通の戦闘機(ハリケーンタイフーンテンペスト)に専念できたわけだが。

闇に隠れて生きる

 さて、1942年には戦場から引き上げられてしまうデファイアントだったが、夜間戦闘機にも転用されている。戦闘機任務で役立たずでも爆撃機ならそこそこ活躍できると考えたのだ。
 こちらは機銃手が斜め銃のような役割をする事で、ある程度の戦果を挙げたようだ。
 そのまま転用された機体はNF.Mk1と呼ばれた。レーダーを搭載してNF.Mk1Aとなる。
その後レーダーとエンジンに改良を加えられてNF.Mk2に発展したものの、操縦士はレーダー手と兼任で、使いにくいと不評であった。
 41年半ばにはモスキートが活躍し始めているので、「つなぎ」だったのだろう。

その後のデファイアント

 その後は旋回機銃を取り外し、訓練機や標的曳航機などの雑用機に転用された。
レーダー妨害機に使われた機もあったが、基本的に前線からは離れたが後方で多用途に使われたのだ。
 ユニークだったのはASR.Mk1という型だ。海で漂流者を探し、圧縮空気で膨らむゴム製救命ボートを投下する役割である。同じような用途ではアメリカのSB-17救難機があるが、こちらは通常のボートが使われた。
 また日本では使い捨ての救命ボートという概念がなく直接着水できる大型飛行艇水上機がこの任に当たった。
 イギリス軍はデファイアントの動力銃座が爆撃機などに効果があったことから新型夜間戦闘機には高速であることやレーダーの装備の他に強力な動力銃座の装備を要求した。
 イギリス軍の要求にノースロップなどが応じ、アメリカ軍も夜間戦闘機の必要性からノースロップに開発を依頼した。
 この機体はP-61ブラックウィドウとして完成するが、P-61が動力銃座を搭載しているのにはデファイアントの影響があるのかもしれない。

創作等

犬村小六の『とある飛空士への恋歌』には、デファイアントと同じく後席の旋回機銃を武装とする「ラガルディア」という戦闘機(作中では「戦空機」と呼称される)が登場する。しかし見た目はデファイアントとはかなり異なり、前席はキャノピー付、後席は前席より一段高い位置で吹きさらしとなっている。後席の周囲に手すり状のリングがあり、ここにルイス軽機関銃に似た機銃を取り付けるという、かなり変わったデザインをしている。作中で描かれる地域では固定武装が騎士道精神の観点から嫌われているという設定があり、後席の旋回機銃のみを武装としているのはこのためある。
また、主人公機として登場する練習機「エル・アルコン」も、機体の基本構成がラガルディアと共通しており、後席に武装を施した上で戦闘機としての運用も行われる。
ちなみに両者ともティルトウィング式で垂直離着陸が可能であるうえ、機体下部が艇体になっている飛行艇であるという、かなりの変態機。
こんな変態機になった理由は、「飛空士」シリーズに登場する一部の地域では航空機の動力源として水素電池と直流モーターが用いられているためである。水素電池は特殊な触媒により海水から水素を直接抽出可能という設定であり、それ故、海上に着水して水素を補給できることが軍用機の性能として求められているからである。

同じ作者の『とある飛空士への追憶』にはデファイアントと同じく後席の旋回機銃のみを武装とする「サンタ・クルス」と言う偵察機が登場している(ただしこちらの後方機銃は威嚇・防御用である)。この機体もやはり水素電池と直流モーターを用いているため、格納式フロートを装備して水上への離発着と速度性能の両立を図り、敵戦闘機(「追憶」で描かれる地域では『戦空機』の名称は使われていない)の追撃から逃れられるように設計されている。ただし、この機体は「恋歌」で描かれる地域の航空機とは違い、垂直離着陸は不可能。なので見た目は普通のレシプロ偵察機である。

ちなみにこうした引き込み式フロート、現実には日本海軍が水上偵察機「瑞雲」の高速化のために、主翼の補助フロートに採用しようとしていたが、結局どこをどうやっても上手く作動することがなく、断念されて通常型の固定フロートとされた。ご存知のとおり、水上機としてはかなりの性能を示したが、そんなもので例えばグラマンなどに太刀打ちできる訳もなく、わずかに634航空隊が戦果を記録した以外は惨たんたる結末に終わっている。

映画スターウォーズに登場する帝国軍戦闘機・TIEファイターのバリエーションの一つとして「TIE/sf」という機体が存在しているが、本機はパイロットと旋回銃塔担当の砲手による複座となっている。恐らくSFSの設計者にもフォースの英国面に堕ちた者がいるのかもしれない…

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