1876年8月16日-1942年2月7日 ロシア帝国サンクトペテルブルク生まれ
概要
本名イヴァン・ヤーコヴレヴィチ・ビリービン(Иван Яковлевич Билибин)。イヴァン・ビリビンとも表記される。
1898年にドイツのミュンヘンに住む画家アントン・アシベの元へ留学し、帰国後はロシア帝国が誇る画家イリヤ・レーピンの元で技術を磨いた。
そして1899年に発表したスラヴ民話をモチーフとした、当時としては斬新なイラストレーションで注目され、1902年から1904年にかけて北ロシアの建築様式や装飾などの文化、古くから伝わる伝承などに魅了され、研究結果を論文として発表した。
生涯を通じてロシアの伝承を愛し、スラヴ神話や民話の世界を独特の様式で描き続け、共産主義の影響で失われてもおかしくなかった、古き良きロシア文化を残すことに寄与した。
そのためか、現在におけるロシアの神々や精霊の姿は、20世紀初頭に同様なテーマの作品を発表していた画家ヴィクトル・ヴァスネツォフや氏のイラストの影響が非常に大きいといわれている。
またバレエの舞台デザインも行っていた。
ロシア革命後はソビエト連邦となってしまった祖国を脱出し、エジプトを経て1925年にフランスに定住してロシア正教会の装飾職人として働いていたが、望郷の念に駆られたため1936年には祖国に戻ってソ連美術アカデミーで教鞭をとり、レニングラード包囲戦のさなか亡くなった。
なお氏が生前収集した多くの作品の資料は、ロシア民族学博物館に保管されているという。
pixivにおいては氏のイラストの様式を真似た作品が投稿されているが、スラヴ神話をかじった者以外には知る人ぞ知るである。