概要
スラヴ民族が語り、信仰した多神教神話。キリスト教受容前のスラヴ人は文字を持たず、また改宗による失伝のため、残念ながらギリシャ神話のような豊富な神話エピソードは現存していない。
19世紀末から20世紀初頭に活躍した画家ヴィクトル・ヴァスネツォフや、イラストレーター、イヴァン・ヤコヴレーヴィチ・ビリビン(イワン・ビリービン)によってスラヴ神話を題材にした作品が数多く描かれ、現在のフィクションに登場するスラヴの神々や精霊の姿に大きな影響を残している。
現代では新異教運動(ネオペイガニズム)のスラヴ神話版として「スラビアンストボ(Slavianstvo)」「ロドノヴァリー(Rodnovery)」等が活動している。
主な神々
東スラヴ
- ダジボーグ(Dajbog):文化英雄としての顔を持つ太陽神。
- ペルーン/プロヴェ(Perun):最高神としても仰がれた雷神。キリスト教受容後は預言者イリヤーと習合し、雷はイリヤが起こしているものと語られるようになった。
- ヴォーロス/ヴェレス(Volos/Veles):大地と水、地下世界の神。原初年代記の記述では家畜や月の神であり財宝や豊穣を司るともいわれる。
- ストリボーグ(Stribog):風神。
- ホルス(Hors/Hurs/Khors/Xors):太陽神で英字表記もHorsと若干似ているがエジプト神話の神ホルスとは別人。
- モコシ/マーチ・スィラ・ゼムリャー(mokosh):家事と豊穣の女神。
- スヴァローグ(Svarog):火神。
- スヴェロジチ/スヴェロギッチ:スヴェローグから生まれた眷属。
- エリスヴォロチ(Erisvorsh):聖なる暴風神。
- ドゴダ(Dogoda):心優しい西風の神
- クパーラ(Kupala):水神。
- ジーヴィッカ(Diiwica):狩りの女神。
- セマルグル/シマルグル(Semargl/Simargl)):聖なる鳥の異名を持つ農耕、植物、霜の七頭神。
- ズヴェズダー・ジェニーツァ(Zvezda Dennitza):明けの明星の女神。
- ヴェチェールニャヤ・ズヴェズダー(Vetcherniaia Zvezda):宵の明星の女神。
- モラナ/モレナ/マレーナ(Morana):死と魔術の女神。
西スラヴ
- スヴェントヴィト(Sventovit):豊穣も司る軍神。先端がちんこ状になったオベリスク状のシンボルが存在した。
- トリグラフ(Triglav/Troglav):三つの頭を持つ軍神。
- ヤロヴィト/ヤリーロ(Jarovit/Jarilo/Yarilo):春の訪れを象徴する豊穣神。
南スラヴ
リトアニア
その他の神々
- ゾリャー/ゾーリャ(Zorya):オーロラを司る、二人もしくは三人からなる姉妹神。ペルーンと関わった神話ではヴェールで戦士達を守る一柱の守護神となり、加護を得るための呪文では「聖剣を得物とし黒い馬で駆った」ことが語られている。
- ドレボボーグ(Drevobog):樹神。
- トロヤン(Troyan):バルカン半島の神。
- ロード(Rod):父祖を司る家庭と産婦の守護神。
- ロジャニツァ(Rozhanitsa):ロードの妻で出産と運命を司る地母神。
- ポダガ(Podaga):12世紀に書かれた『スラブ年代記』で言及された神。
- ジヴァ(Ziva)(ズィヴィエ):同じく『スラブ年代記』にある生命の女神。
- ラジガスト(Radigast):胸に牡牛の頭を下げ、頭上に鳥が乗った名誉と力の神。
- ルエヴィト(Rugiewit)/ポレヌト(Porenut)/ポレヴィト(Porewit):三柱の軍神で五つの頭を持つ。
- ルギエヴィート(Rugievit):8本の剣を持つ軍神。
- ペセヤス(Peseias):家畜の神。
- クルキス(Krukis):鍛冶の神。
- ラタイニッツァ(Ratainitsa):馬小屋の守護神。
- プリギルスチチス(Prigirstitis):耳の良い神。
- ギヴォイチス(Giwoitis):牛乳で育てられたと言われている蜥蜴の姿の神。
- マチェルガービャ(Matergabia):家の管理を司る女神。
- ジュグナイ(Dugnai):パンの捏ね粉の守護神。
- クリンバ(Krimba):主にボヘミヤで崇拝されてる家の神。
- ダータン(Datan)(タヴァルス(Tawals)):野の神。
- ラヴカパチム(Lawkapatim):耕作の神。
- マルザンナ(Marzanna):果物の神。
- モデイナ(Modeina)/シリニエッツ(Silinietz):森の神。
- ヴァルジーノ(Walgino)/クルヴァイッチン(Kurwaichin)/クレーマラ(Kremara)/プリパルチッス(Priparchis):それぞれが家畜、仔羊、豚、若豚の四守護神。
- クリッコ(Kricco):野の果実の神。
- キルニス(Kirnis):さくらんぼの神。
- ゾーシム(Zosim):ミツバチの守護神。
- ズッチブール(Zuttibur):「聖なる松林」の名を持つ森の神。
仮説上の神
- ベロボーグ(Belobog):チェルノボグと対立する「白き神」として仮定された神格。仮説上の存在であり伝承としての実在は確認されていない。
聖人・英雄
- カシヤーン:民間信仰の聖人(folk saint)で閏年の守護者だが、邪眼を持ち災いをもたらす。ロシア正教会が記憶する公式の聖人ではない。彼を記憶する祭日は2月29日という設定になっているが、ロシア正教会含む東方正教会では2月29日を祭日とする場合、閏年でない時は記憶日は2月28日に移動になるため「4年に1度が祭日になる聖人」という状況は存在し得ない。
- エゴーリィ:聖ゲオルギオスの民間伝承での姿。
- パラスケーヴァ・ピャートニツァ:小アジアで殉教した女聖人で、畑・家畜・市場の守護者。恋敵への呪いも聞き届ける。
- イリヤ・ムーロメツ:10世紀末のキエフ大公国に仕え異民族や怪物と戦った英雄。
- キーイ/シチェク/ホリフ/リービジ:東スラヴの始祖でキエフを建設したという伝説的な兄弟。
- ツェフ/リャフ/クラク:西スラヴの始祖。
精霊・妖精・妖怪
神々より下位の超常的存在は一神教化後もロシア民話(スラブ民話)などの伝承で語られている。
一覧及び詳細は →ロシアの妖怪
関連タグ
北欧神話:西隣の地域で伝承された神話。12世紀の『デンマーク人の事績』では北欧、スラヴ両方の信仰について言及される。
ゾロアスター教:ペルシャと国境が近い南スラヴの伝承に影響している。
モンゴル/インディアン/エスキモー/アイヌ神話:極東の少数民族と共通の伝承を持つ。
ラスプーチン:帝政ロシアの聖職者である実在の人物。創作ではスラヴの神々の使いであることが多い。
創作でのスラヴ神話
- ヘルボーイ:オカルトを題材としたアメコミ。主人公ヘルボーイとバーバ・ヤーガが対立する。
- 靴ずれ戦線:ロシアに造詣が深い速水螺旋人作のロシア戦線にスラヴ神話を絡めた架空戦記漫画。
- 幽形聖境クークラ:マガジンZで連載されていたスラヴ神話を題材にした作画御船麻砥、原作田沢孔治の漫画。
- エリア51(久正人):秘密裏に世界中の異形を閉じ込め隔離したアメリカ51番目の州が舞台の漫画。スラヴ神話の代表は毒舌な少女モコシであるが、弱小な勢力で物語にはあまり関わらなかった。
- 水木しげる作品:「鬼太郎の世界お化け旅行」でヴォジャノーイをモデルにした水精ヴォジャーイという妖怪が登場した(姿はオリジナル)。「世界妖怪事典」では伝承に忠実な精霊たちが描かれている。またゴーゴリのヴィイを翻案した「死人つき」という短編がある。
- 女神転生シリーズ:世界中の神々が登場するゲーム作品。ヴィー(ヴィイ)、ウィプリ、ルサールカが初期から登場。『真・女神転生Ⅱ』以降にチェルノボグが登場し設定が掘り下げられた。すべてが固有デザインになった『デビルサマナー』以降、『魔神転生2』、『デビチル』には特に多く登場している。
- シャーマンキング:週刊少年ジャンプで連載されていたシャーマンバトル漫画。スラヴ神話の持霊を使うチーム「ICEMEN」が登場する。
- 鬼十郎妖戦録 怨霊艦隊:中里融司原作の太平洋戦争が舞台のオカルト漫画。日露戦争で沈んだバルチック艦隊を物理的手段では倒せない不死身の怨霊艦隊として復活させようとする者とは…
- ルスキエ・ビチャージ 死天使は冬至に踊る:富士見ファンタジア文庫の第五回ファンタジア長編小説大賞佳作を受賞した富永浩史作のライトノベル。西暦976年が舞台で、史実にスラヴ神話の精霊たちが関わっていく。