ムカシクジラ
むかしくじら
現在クジラ目には、口の中に、歯の代わりにヒゲ板があるヒゲクジラと名前の通り、歯のあるハクジラという2つのグループが存在している。しかし、過去にはそれらの祖先とされる3つ目のグループが存在した。それがこのムカシクジラという大昔のクジラのグループである。ムカシクジラは2つのグループの祖先を含む。クジラが陸上哺乳類から海洋生物になるまでの進化の速度は速く、始新世初期から中期までの1000万年間で海洋動物としての基礎を完成させていた。進化の各過程を含むため、ムカシクジラ類は多様な形態をもっている。最初期のパキケトゥスは四肢をもった半水生の哺乳類(偶蹄類)だったが、始新世中期のアフリカや北アメリカから知られるバシロサウルス等は形態的には既に明らかに「クジラ」そのものである。始新世中期になると、寒帯地域(とはいえ現在よりだいぶ温暖)や南半球にも分布を広げた。
ムカシクジラではテレスコーピング(鼻の孔が頭頂部に空いているクジラの特徴)はあまり進んでおらず、各骨の接合の仕方は祖先あるいはそれに近いとされるメソニクス(原始的な有蹄類)と同様である。外鼻孔は頭骨の中程か、それよりも前に位置する。吻部は長く伸びるが、歯列は異歯性で、原始的な種類では哺乳類の基本数44本だが、次第に前方の歯が単純化して数が増えると共に、複雑な形をした臼歯は減少傾向を示しているのが特徴。化石では非常に巨大で目立つ歯を持つ種が多いが、現生の近縁種であるクジラやカバをみるに(これらも骨格でみると目立つ巨大な歯を持つ種も多い)、恐らくはムカシクジラも唇があり、口を閉じた状態であれば、ほとんど歯は見えなかった事だろう。
始新世の末期に地球環境の寒冷化が急速に進み海洋環境も激変した。ムカシクジラはこれによってほとんどが消え去り、海洋動物としての適応を押し進めていた現生のクジラの直系祖先のみが残ることになった。水陸両生の生活を送っていた原始的なムカシクジラ類が消えた後は、イタチやクマの祖先に近い動物から進化した鰭脚類がその後釜におさまっている。