概要
「公害」と言う言葉が一般化したのは、アメリカの生物学者、レイチェル・カーソンの著作『沈黙の春』(1962年出版)以降である。
カーソンは作中で、薬剤の連続使用により害虫が耐性を獲得することや毒性物質の生物濃縮など、それまで一般には知られていなかった様々な問題を指摘した。
特にその導入部分で「起こりえるかもしれない事態」として描かれた、目に見えない化学物質により虫が、鳥が死に絶え、生物の声が聞こえない沈黙の春が訪れる様子は読者に大きな衝撃を与えた。『沈黙の春』は、その生真面目で固い内容にもかかわらず50万部を瞬く間に売り上げるベストセラーとなり、以降、単純な「自然保護」から、生態系そのものを保全する「環境保護」へと人々の意識を変えるきっかけとなった。
日本での公害
日本でも明治時代以降、急速に進んだ工業化により多くの公害=環境破壊が引き起こされてきた。銅の採掘と、その後の杜撰な処理が原因となった「足尾鉱毒事件」は、その典型例として特に有名である。
その他、工業廃水に垂れ流された有機水銀が、生物濃縮されたことで引き起こされた「水俣病」「イタイイタイ病」は、企業が引き起こした公害の中でも特に有名な重大事例である。
繁栄の陰の地獄
昭和という時代は、戦後の復興から一流国へ追いつけ、追い越せの流れの中で、自然破壊・人的被害など意にも介さない風潮が蔓延していた。
その結果、海には背骨の曲がった魚が泳ぎ、空は赤や紫色に変色し、川にはヘドロが溜まり、黒い油が浮いて異臭が漂うという凄まじい光景が、日本のあちこちで見られるようになってしまったのである。
工場からの煤煙でお年寄りや子供たちは喘息に苦しみ、風向きが悪いと涙が止まらないなどは日常茶飯事。下手をすると命に関わるので「光化学スモッグ警報」が出ると学校は休み……
すべてたかだか数十年前の日本で現実にあった出来事である。
また、社会全体が抱える環境問題としての公害もある。その1例が昭和中期、急速に増加した交通量によりもたらされた交通公害である。スピード超過や酒酔い運転は当たり前で、さらに交通ルールの周知も徹底せず、幼い子供や老人を中心として死亡事故が頻発した。死者の数は日清戦争でのそれを上回る凄まじさで「交通戦争」と命名されるに至った。
1970年に発売され、ユニークかつ風刺の効いた歌詞で知られる左卜全の楽曲『老人と子供のポルカ』で歌われる「ジコ」が、この交通戦争=交通公害を指していることはよく知られている。それだけ、当時の道路は恐ろしい環境にあったのである。
こうした公害事件が頻発した時代背景が『ゴジラ』などの当時のフィクションにも組み込まれている。
- TVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の1971年版(第2期では、妖怪すねこすりに託して交通戦争が語られている。
- 1973年のテレビアニメ「ドロロンえん魔くん」の舞台となっている東京の下町は、光化学スモッグで変色した空、廃油や化学物質で不気味な泡と悪臭を発する川など、当時の状況が濃縮した形で描かれたものとなっている。
- 動物実験のため水銀を与えられた猫が、全身の激痛に耐え兼ねて飛び跳ねる姿に衝撃を受けたますむらひろしは、その後「自然の代弁者」「人間を告発する存在」として、擬人化された猫を描くようになっていった。
公害頻発からかなり年月が経過した2000年代でも、公害を題材としたドラマや小説が存在する。
- 相棒の「ノアの方舟」というエピソードの犯人・野上昶の故郷は27年前にとある石油会社の工場ができて、村は潤ったが家族全員が死に、当時の工場長を爆弾で殺害しようとした。
公害はなくならない
さすがに金権塗れの日本政府も、この状況では重すぎる腰を上げざるを得なかった。
環境規制が1970年代に抜本的に強化され、近年は四大公害病のような大規模な公害が発生することは少なくなってきている。ただし、それ以降も決して公害問題は過去のものになったわけではない。
車社会に伴う大気汚染、廃棄物の不法投棄、アスベスト被害などは言うに及ばず、2011年には、福島第一原子力発電所事故による放射能汚染という過去にない巨大な公害が発生した。
- これに対し、クリーンエネルギーとして太陽光発電に注目が集まり、各地に巨大な太陽光発電所(メガソーラー)が次々建設されたが、その実態はエコ事業の仮面を被った儲け主義(太陽光バブル)であった。優良農地や自然豊かな山間部にまで、無計画かつ杜撰な工事により太陽光パネルが敷き詰められ、その結果として景観破壊や反射光、さらには自然破壊に伴う地盤の弱体化と、土砂災害の危険性などが大きな問題となっている。
公害はしかし、何も環境被害のみを指すものではない。
「公害」という文字があらわす通り、その本来の意味は「何らかの事業が公共にもたらす被害」である。欠陥を持つ商品によりもたらされる被害もまた公害であり、食品、医薬品、自動車、家電製品、建築物の耐震偽装など、残念なことに21世紀となってもその列が絶えたためしはない。
食品公害としては『カネミ油症事件』や、『森永ヒ素ミルク事件』が、医薬品では薬害エイズ事件が、その被害の規模と深刻さで特によく知られている。
度々問題になる食品偽装事件や欠陥自動車や家電のリコール騒ぎは、公害が常に身近にある問題であることを示している。また、2011年の事故では東電の管理体制の甘さ、杜撰さが発覚した。
公害を防ぐためには企業の意識改革と、それを促すために、まず消費者が自らの生活に根差す問題について、知識を持つことが必要なのである。