概要
福岡県出身。九州国際大附高、神奈川大を経て2002年ドラフト自由獲得枠でオリックス・ブルーウェーブに入団。同期には、2012年より再びチームメイトとなった中島俊哉がいる。
球界でも珍しいナックルカーブの使い手。愛称は大加藤。
ルーキーイヤーの2003年は新人ながら先発、リリーフとフル回転し、43試合に登板。しかし夏場以降疲労で成績が下がり、翌2004年はリハビリでシーズンを棒に振った。
分配ドラフトにより2005年からオリックス・バファローズでプレー。この年は萩原淳、香月良太、歌藤達夫、菊地原毅、大久保勝信と強力リリーフ陣を形成。特に菊地原とは左右のセットアッパーとしてチームに貢献し60試合に登板している。2006年は萩原、香月、大久保が大きく成績を落とす中で菊地原とともにブルペン陣を支えた。途中抑えを任されることもあったが、結果的には6敗を喫している。
2007年からは本格的に抑えに転向。この年はリーグ3位の63試合に登板して26セーブを挙げている。翌2008年は球団新記録となる33セーブを挙げ、最多セーブのタイトルを獲得した。
2009年もクローザーを務めたが、防御率が5点台に跳ね上がるなど精彩を欠いた。2010年はセットアッパーとして起用され、序盤はまずまずの安定感を見せるものの徐々に打ち込まれる場面が多くなる。6月上旬に登録抹消された後は一軍登板がないまシーズンを終えた。
2011年はプロ入り後初の一軍登板なしに終わり、オフに戦力外通告を受ける。
2012年からは東北楽天ゴールデンイーグルスでプレー。この年はロングリリーフを中心に35試合に登板、復活のシーズンとなった。
2013年に初のリーグ優勝を経験したが、自身は6試合の登板にとどまった。シーズン後に戦力外通告を受けて引退した。