概要
江戸時代の「勝てば官軍 敗ければ賊よ 命惜むな 國のため」という狂歌が言葉のルーツではないかとされる。
特に幕末において、本来の公儀であった江戸幕府が戦に敗れて権威を失い、その敵対勢力である倒幕派が戦に勝って権威を得たことが由来とされる。
現代ではもっぱら弱肉強食の理念を人間に当てはめた、勝てば正義、負ければ悪になる(される)という意味のことわざとして使用される。
元々が幕末の言葉ということもあり、有名なものとして、禁門の変を起こして朝敵となったはずの長州藩が、戊辰戦争で勝利して官軍となり、逆に禁門の変では官軍として御所を護っていたはずの会津藩が、戊辰戦争に敗れて朝敵となった事が挙げられる。
ただし、上記の例は細かい事情を省いた大雑把な内容であり、実際の歴史においては、長州藩は戊辰戦争の前には朝敵を赦免されており、会津が朝敵となった理由も朝命を無視した戦闘行為にあるなど、単純な正義と悪という観点では決められないので注意が必要である。
いわゆる「歴史は勝者によって作られるのだ」という言葉も似たような意味で使用されるが、上記のように単純化された歴史観、あるいは敗者側の正当化という意味合いがある事も考慮する必要がある。
勝てば官軍、負ければ賊軍の例
- 承久の乱:官軍の後鳥羽上皇側が負けて賊軍の鎌倉幕府側が勝ったため、このことわざを最もよく表している例でもある。
- 関ヶ原の戦い:豊臣公儀だった東軍が、西軍が出した徳川家康への弾劾状で反乱軍とされるも、本戦で圧勝したため、弾劾状があだとなって豊臣家や毛利家の所領が大幅に削減されてしまう。
関連タグ
エジプト神話:この言葉そのものと言える神話。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ:マリンフォード頂上戦争にて、「勝者こそが正義だ!」とこの諺に似たような発言をした。
花京院典明:初登場して間もない洗脳状態の頃に「正義とは勝者のこと、負けた奴が『悪』なのだ」という本記事や前述のドフラミンゴのような格言を述べている。