概要
「女の敵」とは(DV、セクシャルハラスメント、同意を得ない形での性行為など)女性に危害を及ぼすような存在のことであり、大抵は男性のことを指すが、時にはその「女の敵」が女性であることもある。これを「女の敵は女」と慣用句的に呼ぶ。
より詳しく言えば「女性は他の女性を強く意識し敵対している」ということであり、特に敵意を向ける理由が「女性であること」に起因する場合に使われる。
対立する行為そのものは女の戦いなどの記事を参照のこと。
そもそも自分以外は全員他人であり、その時々によって味方にも敵になりうるので、「女の敵は女」はもちろん「女の敵は男(男の敵は女)」も「男の敵は男」も当たり前のことであり、また同性であることだけを共感・連帯の理由にする人もいる。さらに、相手や場面によってその主張や考え方が変わることはあるため、ある時は同性であることで味方になる、ある時は同性であることで敵に回るということは(是非はともかく)不自然なことではない。
「女の敵」として男性が挙げられることもあるが、そもそも男性全てが女性全ての敵ではないのと同じで、女性にとって他の女性全てが敵ということはありえない。性別に関係なく、見ず知らずの他人は味方でもなく敵でもないのである。
このためあくまで「女性の中には、同じ性別である女性を敵視する、またその理由を『女だから』とする人がいる」ことを示す表現に過ぎないことを踏まえるべきである。
理由や背景
女性が性別を理由に同じく女性の敵になる理由は様々ある。
例えば「(男性から)モテたい、チヤホヤされたいから」「学校の入学試験や仕事の採用試験にある『女性枠』を確保したいから」など「自分のライバルになる人物を蹴落とすため(自身にとって有利な状況を得るため)」に攻撃に走る、というのが挙げられる。
また、自分よりも優位にある、好かれている、高く評価されているように見える女性への嫉妬や、逆に牽制として自分が優位にあることを示すいじめ・マウンティングなどがある。
ほかにも、立場が上の人や男性から受けた攻撃・圧迫に対し、自分と同程度、もしくは弱い立場の女性に当たることで鬱憤を晴らそうとするケースや、女性同士のグループ内で異質な存在を追い出そうとするケースなどもある。
女性同士の対立の典型的なケースとして「嫁姑問題」が挙げられる。女性として、また一つの家庭を取り仕切る「主婦」としての立場の争い、感覚・生活習慣の違いによるすれ違いや息子/夫の取り合いなど、他人であるが密接なためにトラブルが起こりやすい関係である(もちろんお互いに適切な距離を保ち良好な関係を築いていることも多く、またトラブルを防ぐために最初からほぼ関与し合わないような親子もいる)。
しかし、このような攻撃・排除には「女性同士の関係において特有の傾向である」とは言い難いものも少なくない。男性でも自分と拮抗しうるライバルや、気に入らない相手を蹴落とそうとすること、自分のほうが上だと見せつけることはよくある。
ほかにも、女性自身が抱く極端で歪んだ女性像(例えば「女性はみんなお淑やかでなければならない、男性社会に出しゃばってはいけない」「女の子はみんな人形遊びやおままごとが好き」など)の押し付けや、逆にそのような女性像の押し付けに反発するあまり「女性的」な振る舞いやものを好む他者を過剰なまでに批判・否定することなどが挙げられる。
これらはフェミニズムとも結びついており、女性が個として尊重され、生きようとする中で起こる様々な葛藤や、自分と違う生き方をする女性への憧れと嫌悪感の入り混じったコンプレックスなどが背景にあると考えられる。
「女の敵は女」だったら何なのか
男女問わず、敵意は悪意と同一ではない。嫌ってはいないが対等のライバルとして敵視すること、敵とは思わないが悪意を持って接することは同じ人物の中でも両立する。
同じように「女を嫌う女」と「女に嫌われる女」と「女の敵となる女」は必ずしも同一ではなく、仮に女性同士が敵対していても、基本的には「たまたまその時の敵が女」というだけである。
学校や職場などの、それぞれの立場に大きな差のない人間関係において、女性は女性同士、男性は男性同士でグループを組む傾向が強いと言われているが、本人の性格や考え方などで、同性のグループに混じりにくい・同性に好かれにくいタイプは一定数存在する。例えば、いわゆるぶりっ子な人や自称サバサバ系などの「男性には媚びるが女性には当たりが強い」ようなタイプは好かれにくい。
仮に一つのグループ内では仲良く馴染んでいても、一人ひとりの付き合いだとうまくいかなかったり、グループ内で人間関係に露骨な差を付けたりすることはある。
また、グループ内の一人を追い出そうといじめたり、自分がグループの支配者である、一人抜きん出た存在であると示すために足の引っ張り合いをしたりという争いに発展することも当然ながらある。
さらに、友達のように本人たちがある程度望んで固まっている、学校の部活や業務上のチームのように必要があって固まっているのはともかく、例えばSNS上で同じ議題について語っているときなど、たまたま同一の場面にいるだけで特になんの仲間でもないというときは、グループとしての連帯感・責任感もないため、そのような争いは過熱しやすいといえる。
つまり、「女の敵は女」であることはよくあることであると同時に、同性同士のグループの数が多い分観測されやすいだけともいえ、男性同士のグループでもよくあることであり、男女混合の場において同じようなことが全く起こらないとは言い切れない(もちろん、下心で異性をやたらと持ち上げる、ライバルになりそうな同性を攻撃するなど恋愛絡みの問題は発生しやすいが)。
さらに本記事の旧版やツイフェミの記事などでも読み取れるように「ごく一部の女性による言動」を「女性すべてを代表する言動」と捉え、大半の女性が気にならない、あるいは男女関係なく問題と考えるような女性同士の争い、争いに発展しそうな女性の主張について、「女が(嫉妬などで)女を叩いている」と過剰に批判・揶揄するミソジニー・男尊女卑思想を持つ男性や、そのような男性の考えに迎合し、普通の女性を攻撃する側に回る名誉男性と呼ばれる女性も存在している。
「女性同士だから」起こった対立と「女性同士でなくても」起こった対立が適切に区別されず、部外者が男女関係なく起こったトラブルを掘り起こし、一方に対して「これだから女は…」と煽り立てることで、なおさら「女の敵は女」という認識が悪意を持った形で広まってしまっているのである。
フィクションにおいて
ダブルヒロイン、またはそれ以上のヒロインキャラが登場するハーレム系作品での、主人公を巡る恋愛バトルの様子について「女の敵は女」と称することがある。
百合作品における敵、ライバルキャラとの関係、特に「百合の間に挟まる女」展開もある意味「女の敵は女」だが、そもそも主役がすべて女性のためわざわざ言われることは少ない。
関連タグ
マイメロママ:アニメ『おねがいマイメロディ』にて「女の敵はいつだって女なのよ」というセリフを発している。