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日本刀は武士の魂

にほんとうはぶしのたましい

「刀は武士の魂」の表記揺れ。日本刀の話題において、たまに登場する言説。慣用句としては大小は武士の魂という。
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意味

武士にとっての日本刀は魂が宿っており、とても大切なものである。といった感じの意味合いで用いられる。

類義語は「は武士の」、あまり使われないが「大小は武士の魂」と表現されることもある。
この大小というのは、小刀(脇差)と大刀(打刀)の組合せのことである。このセットを携帯することは大小2本差しとも呼ばれ、室町時代に現れたといわれる。

当初このスタイルは武士だけでなく、僧侶や百姓、町人といった民衆にも普及していたとされ、中世の日常生活は殺人強盗、偶発的な斬り合いは普通だったといわれている。
このような物騒な世相故か、「刀は武士の象徴」ならぬ「帯刀は成人男子の証」といった風潮もあったようである。

そのあとは色々あって、安土桃山時代から江戸時代頃には、この大小2本差しが武士の証(またはシンボル)となった。

ちなみに、という字は、戦国時代の前半までは短刀のことを指し、刀剣をいう場合、太刀(たまに)と呼ぶのが一般的であった。

日本刀という語に関しても、日本国内で一般化したのは19世紀の後半であることから、「刀は武士の魂」及び「日本刀は武士の魂」はわりと近代の言葉であるともいえる。

ならば、安土桃山時代や江戸時代より前の時代における、武士の魂・シンボルに該当するものとはなにかと言えば、「弓馬の道」という言葉が古来からあるように、弓矢がそれに当たる。というのも、武士の起源は弓矢を扱う騎兵だったからであり、合戦の時に馬に乗ることが許されているのも武士の証の1つであった。

時代が下るにつれ、武士が戦争で弓矢を常用することが減り、代わりに太刀や薙刀、後にを使うことが主流になっていったが、弓は建前上のシンボルであり続けたのである。



歴史


羽柴秀吉による刀狩り令によって、武士と非武士がほぼ完全に分離され、
武士でない者が勝手に刀剣を携帯することが難しくなった。そして刀剣の携帯は武士の特権かつ義務になったことで、それまで武士のシンボルが「弓」から「刀剣」へと移り変わり、「刀は武士の象徴」という認識が定着していった(あくまで認識であり、そういう言葉・表現があったわけではない)。

日本刀は武士の魂といった言葉は、江戸時代の後期に現れる「刀は武士の魂」という言説が原形とされる。(当時はまだ日本刀という言葉は定着しておらず、刀剣類を指す言葉として「刀」を使っていた)。

「日本刀」という言葉は海外では既に11世紀ごろの中国で使われていたが、日本で使われ出したのは、早くとも幕末に起きた黒船来航以降であり、政治的な意味合いも含まれていた。

「日本刀は武士の魂」の原形になった「刀は武士の魂」は、登場当時は一般的だったとはいえず、明治政府によって行われた廃刀令以降、日本が戦争への道を歩んでいくうちに急速に広まっていったらしい。


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