竜(竜とそばかすの姫)
びーすと
インターネット上の仮想世界『U』において大勢のAs(ユーザー)たちから忌み嫌われている、その名のごとく竜を模した姿をした凶暴な謎のAs。
英語表記は「The Beast(野獣)」。この名称がAsの正式なアカウント名か、それともただの通り名で正式なAs名がほかにあるかについては、劇中では明らかにされていない。
本編の7ヶ月前に『U』の武術館に出現して以来、連勝記録を更新し続けているものの、情け容赦のないファイトスタイルから大勢のAsたちに目の敵にされており、ジャスティン率いる自警集団『ジャスティス』からも執拗にその身を追われている。しかしそのオリジンは、誰一人としてはっきりとつかめていない。
彼はあるときジャスティス軍団から追われるなかで、『U』屈指の歌姫であるベル(Belle)のライブ会場に乱入する。そこで自身を追ってきたジャスティス軍団と大乱闘を繰り広げたために、ライブを台無しにされたと憤る世界中のAsたちから非難されることになる。しかし、このライブを主催したベルが彼のたったひとりで世界中を敵に回す姿に孤独を感じ取ったことから、竜は図らずも彼女との交わりを歩み始めていく。
容姿
突き出た2本の角に長い鼻面、鋭い牙と爪を備えた、長身痩躯(そうく)の竜人。長く縮れた髪の隙間からわずかにのぞく鋭い眼差しは、威圧的ななかにもミステリアスな印象を宿している。
その竜人としての荒々しく醜い体躯に、襟を立てた深紅のマントや臙脂(えんじ)と白を基調とした貴公子のようなスーツを身にまとっており、暴力性と気品という真逆の性質が同居する謎めいたたたずまいをしている。また、背中のマントにはオリジンのものであるらしい痣(あざ)の模様が刻印されており、仮想世界『U』の武術館での戦いの際にはこれ見よがしに背中の痣を見せつけている。あわせて、この背中の痣はリアルタイムで増え続けており、何らかの要因で増えた際には苦しむ様子を見せている。
性格
身の内にたたえた怒りや苦しみのもとに他者を拒絶する孤独な存在であり、その生きざまは鬱憤を晴らそうとするかのような執拗かつ情け容赦ないファイトスタイルにも色濃く現れ出ている。
しかし、その凶暴さの裏には、彼のオリジンがもつ元来の性質であるらしい優しく繊細な思いやりの心を隠しており、その二面性から彼の持つ苦悩や儚(はかな)さ、揺れ動く危うさなどを察することができる。
竜の城
竜が隠れ家として住んでいる城は、広大な仮想世界『U』の片隅にある見捨てられた廃墟群(閉鎖されたインターネットサービス)のなかに隠されており、さらには侵入を試みようとする者を幻想的な異空間へと迷い込ませることによって、いかなる者の立ち入りも阻んでいる。
侍女である人魚AIたちによる何重もの防護壁に守られた先にある彼の城は、雲海のなかに浮かぶ巨大な建造物として存在し、その内部は大階段や中庭、ダンスホールやバルコニーなどたくさんの部屋を備えている。それぞれの部屋や廊下といった城内の設備は、重厚かつ密度感のある装飾で飾られているものの、ところどころデータが破損してキューブ化しているなど、荒れ果てた様子が目立っている。
城内の一角にある竜の自室には、暖炉や天蓋付きのベッドといった調度品のほか、たくさんの写真が飾られている。身の回りにあるありふれたものを写した小さな写真たちの中央に飾られた1枚の大きな写真には、たくさんの薔薇を持ったひとりのドレス姿の女性が写されているものの、その表情はガラスのひび割れによって確認することができない。
仮想世界『U』の武術館で他を圧倒する戦績に加え、ジャスティスの多数の隊員たちを一度に相手取ってなお一方的に叩きのめすなど、『U』のAsのなかでも屈指の戦闘能力を誇る。
急上昇や急降下、高速移動といった機動と、手刀や膝蹴りをはじめとした苛烈な体術を織り交ぜた竜の戦い方は、相手のAsのデータがフリーズして再起不能になるまで徹底的に手を緩めないものとなっており、その強さへの評判には「ファイトスタイル最悪」「試合を台無しにする」というような非難が常につきまとっている。
また、ジャスティス軍団の幹部たちにぐるりと包囲されて窮地へ陥った際には、一瞬の隙を突いて包囲環から抜け出し、彼らの捜索が乱れたところでその場にあった鉄骨を武器代わりにして一気に急襲するという、戦いのための機転と手段の選ばなさも見せつけている。
『U』の武術館で連勝記録を塗り替えるようになって以来、竜の存在は彼のファイトスタイルにまつわる悪評とともに広まっていき、「悪質なユーザー」として再三記述するようにジャスティスからも追われるようになっている。あるときジャスティス軍団から追われるなかで『U』の世界的歌姫であるベルのライブに乱入し、そこで戦闘を繰り広げライブを滅茶苦茶にしたことから、世界中のAsたちから一挙に非難を浴びることになる。
この事件以降、ジャスティス軍団の主導で竜の正体を暴こうとする「竜の正体探し」が世界的なムーブメントになり、『U』内のあらゆるAsたちが竜の正体に関心を抱き始める。「Asはオリジンとなる人物の生体データとリンクする」というシステムからヒントを得て、竜の正体は傷跡か入れ墨の入った人物ではないかという推測のもとに現実世界でそのような特徴を持つ数名の有名人たちを候補にあげたり、竜の正体を口実にした売名行為に走る者まで現れたりと、竜の正体にまつわる噂は際限のないエスカレートぶりを見せるようになっていく。
一方、『U』内の大多数のAsたちは竜に対して嫌悪感を示しているものの、10代前後の子供たちにとっての竜はダークヒーローとも言うべき憧れを覚える存在であった。YouTubeの片隅で公開されている子供向けチャンネルのライブ配信でも、世界中の子供たちが「悪役なのがかっこいい」「竜の城に行って一緒に写真を撮りたい」などといった彼を支持するコメントを発信する様子が登場している。
ベル
仮想世界『U』の世界で絶大な人気を誇る歌姫。
竜はベルのことを「君」と呼んでおり、対するベルは「あなた」と呼んでいる。
ジャスティスから追われるなかでベルのライブ会場に乱入した竜は、ジャスティス軍団との戦いやそれに伴う観衆たちからの非難を浴びるなかで、竜の孤独な姿を感じ取った彼女から「あなたは、誰……?」と問いかけを受ける。しかし、竜はそれに答えることなく「俺ヲ、見ルナ」という一言のもとに彼女を拒絶し、そのまま会場を後にする。
そののち、竜は独自に彼を探していたベルが自身の城に入り込んでいたことを知る。自身の領域に勝手に踏み込まれたことに怒りを覚えた竜は「出テ行ケ!!」と強く恫喝するが、同時にそれを悲しんだ天使Asを慰めるという自身の本当の姿を彼女の前で明かしてしまう。竜はその姿を見せた彼女に「あなたの、本当の姿は、どっち?」と詰め寄られるが、彼は何も答えずに自室の扉を固く閉ざすことによって彼女を締め出した。
その幾日後、竜はふたたび彼の城を訪れたベルから背中の痣を心配され、もうこれ以上乱暴なことをしないほうがいいと勧められる。しかし、自身の境遇を知るよしもないベルの言葉は彼を逆なでするばかりで、耐え切れなくなった竜は「君ハ何モ分カッテイナイ」という強い拒絶のもとに彼女を突き離した。
それでも、彼女が帰り道でジャスティス軍団に取り囲まれてしまった際には彼女を想って窮地から助け出し、隊員たちからの攻撃やビルへの衝突によってボロボロになりながらも身を挺して城へと連れ帰った。城のバルコニーで力尽きて膝をついた竜は、助けてくれたことへの感謝以上に自身を心配して寄り添おうとしてくれるベルの言葉にハッとして、「……ベル」と初めて彼女を名前で呼ぶ。竜はそのまま彼女からの歌のプレゼントを胸に手を当てながら受け取ると、正装に身を包んで彼女とふたりきりの舞踏会を過ごした。ベルと見つめ合いながら互いに寄り添うなかで、竜は彼女からの好意に戸惑いをあらわにしたり、心を許して無防備に眠りについたりするなど、誰にも見せることのない姿を彼女だけに明かしている。
竜のキャラクターボイスを担当している佐藤健は、本作と同時期に公開された『るろうに剣心最終章 The Final』でも、主役の緋村剣心役で出演している。こちらの作品も興行収入31億円を突破しており、同氏は偶然にも同時期に2大ヒット作に出演していることになる。
- 細田守『竜とそばかすの姫』 角川文庫 2021年6月25日初版発行 ISBN 978-4-04-111056-0
- パンフレット 映画『竜とそばかすの姫』 東宝 2021年7月16日発行
- キネマ旬報ムック『細田守とスタジオ地図の10年』 キネマ旬報社 2021年8月12日初版発行 ISBN 978-4-87376-869-4