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蜷川新右衛門

にながわしんえもん

『蜷川新右衛門』とは、蜷川氏の当主が代々名乗っていた通称。

概要

蜷川氏の当主が代々名乗っていた名。
アニメ『一休さん』の登場人物は⇒蜷川新右ヱ門参照

蜷川氏は源頼朝の挙兵に際して功があり、越中国に領地を得た。
新川郡蜷川郷に住して蜷川氏を名乗っている(『寛政重修諸家譜』)。
その後、室町幕府に仕え、政所執事を務めた伊勢氏の家臣にとして政所代を世襲した。


「しんえもんさん」のモデルとなったのは蜷川親当とされる。
生年は不詳で応安の頃(1370年前後)越中国太田庄にいたというから、
足利義満の時代に一休少年と交流があった可能性はゼロではない。
しかし幕府での活動が知られているのは、6代将軍足利義教の時、政所公役を務めていた。
連歌に優れ、連歌師の宗祇(そうぎ)が精撰した『竹林抄』(ちくりんしょう)にて
「連歌七賢」(れんがしちけん)に数えられる。

一休宗純と史実で確認できる交流があったのは晩年であり、
子の蜷川親元が残した『親元日記』にその記録がある。
6代将軍を務めた足利義教の崩御後に出家して法名を「五峰」(ごほう)、
雅号を「智蘊」(ちうん)とした晩年の頃である。

なお、格闘家武蔵はこの蜷川家の子孫ではあるが、祖父が資産家の森家へ婿養子に入ったために傍系血族に位置することから「第26代蜷川新右衛門」とは呼べず、実際には曽祖父に当たる法学者の蜷川新(にながわ あらた)で約800年続いた蜷川家直系23代の系譜は断絶している。

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室町幕府 室町時代

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