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誉エンジン

ほまれえんじん

第二次世界大戦後期の日本軍偵察機や戦闘機に採用された空冷星型レシプロエンジン。
目次 [非表示]

概要編集

誉エンジンとは日本海軍中島飛行機が開発した航空機用2000馬力級星型レシプロエンジンである。略記号はNK9。陸軍名はハ45(ハは発動機の略)。


夢の新型エンジン編集

太平洋戦争が始まる2年ほど前の昭和14年末、中島飛行機技術陣の間で1つの構想が持ち上がる。

その内容は……


「今作ってる栄エンジン(空冷星形複列14気筒。零戦などに搭載)を18気筒にして馬力を上げればもっと凄いエンジンができるんじゃね!?」


……というものだった。


中島は早速「BA11」という社内名称を与え独自に研究を開始、並行して海軍に新型エンジンの構想を伝えた。おりしもアメリカとの緊張が高まりつつあった時局に海軍は中島の提案を了承。あくる昭和15年末に正式に試作命令が出され、新型エンジンには十五試「る」号(NK9)という試作名称が与えられた。


中島は新進気鋭の中川良一技師(この時弱冠27歳!)を主任設計者とし設計に着手、海軍も全力を挙げてこれをサポートし、研究開始からわずか1年後の昭和16年3月には試作第一号が完成した。


諸元編集

左は量産型の誉二一型。右はアメリカの傑作空冷エンジンであるダブルワスプのデータ。

名称誉二一型P&W R-2800-10
形態空冷星形複列18気筒空冷星形複列18気筒
直径1180mm1344mm
全長1690mm2247mm
乾燥重量830 kg1125 kg
ボア×ストローク130mm×150mm146mm×152mm
排気量35.8 L45.9 L
過給機1段2速2段2速
離昇出力1800~2000馬力2000馬力
備考水メタノール噴射装置付き―           
主な搭載機紫電改疾風F6F



……おわかりいただけただろうか


完成したエンジンは米エンジンに比べ出力は同等でありながら重量は300kg軽く、直径は160mm、前面面積も20%以上小さいのだ。同時期の各国空冷エンジンの平均がおよそ直径1300mm以上、重量1000kg前後だった事を考えると異例のコンパクトさである。


狂喜した海軍は翌年の昭和17年9月に制式採用。新型エンジンは「誉」と命名され量産が開始された。通常新型エンジンの開発スパンが5年だった事を考えると、これも異例の開発スピードだった。


受難編集

ところがどっこい現実はそう甘くは無かった。量産品の誉は異常燃焼、ノッキング、油漏れ、油温上昇、部品の破損、電気系統の故障などあらゆる不具合が続出。開発を急ぎ過ぎたツケが量産化によって炙り出された形となった。


不調の原因は多々あるが、主な要因としては

  • エンジンの性能(小型化)を優先するあまり精密すぎる設計にした事
  • 100オクタンガソリン使用が前提の誉に91オクタン以下の燃料しか使えなかった事
  • 不足した高品質オイルの代わりに質の悪いオイルを使った事
  • 物資不足による部品の劣化
  • 無理な大量生産からくる粗製乱造

……などがあげられる。


中島設計陣も予見される不具合に手をこまねいていたわけでは無く、水メタノール噴射装置の採用など様々な対策を講じていたが、そもそもの設計に無理がある事に加え、戦況の悪化による人員、物資の欠乏が重なった事で抜本的な解決は最後まで出来なかった。


実戦部隊の評価も散々で、「壊れやすい」「カタログ通りの性能が出ない」「そもそも飛ばない」といった悪評がつきまとった。実際は正しい整備をすればそれなりに動くのだが、「見て盗め」的な軍の整備員指導方法、やたらと難解なマニュアル、さらに前線ではおきまりの補給不足が加わってこちらもなかなか改善はされなかった。



誉を擁護するならば、当時の日本には他に適当な高出力エンジンが無かった事(※)。性能、稼働率の低下は同時期の他エンジンでも常態化していた事があげられる。元々欧米諸国に比べ大量生産向けの規格統一などが徹底していなかった日本では、エンジンの製造も熟練工の腕に頼る部分が多かった。だが大戦末期には勤労動員の素人ばかりという状況になっており、そこに資源、物資の不足が加われば誉を含む各エンジンの品質が落ちるのは必然だったのだ。


※誉よりも多少余裕のある設計にして大馬力を狙った『ハ43』2200hp、水メタ装置など複雑な技術を避け、手堅い造りで比較的高い稼働率を維持した『ハ104』1900hp(共に三菱製)などもあったが、前者は量産に入る前に終戦。後者は大型機用だった。


評価編集

戦争後半に同エンジンを搭載した機体と同様、評価の分かれるエンジンである。

彩雲紫電改四式戦闘機など、エンジンさえ動けば連合国新鋭機に勝るとも劣らない活躍を見せるケースもあったが、戦況の悪化による様々な要因に足をひっぱられ、全体で見れば消化不良に終わったというのが実情だろう。


まだ対米戦争が始まってもいない昭和14年にその後の戦況悪化を予見しろというのも酷な話だが、それらを考慮しても性能優先で実用性を度外視した中島設計陣、誉の性能にのみ目を奪われ、起こりうる種々の悪条件を想定出来なかった海軍に非が無かったとは言い切れない。


……とはいえ列強諸国に比べ遥かに工業力が劣っていた当時の日本で、曲がりなりにもそれらに比肩する性能のエンジンを作り出した事と、大戦後期の劣悪な環境の中、精密な誉エンジンを8000基あまりも量産した工員たちの努力は称賛されても良いのではないだろうか。



後知恵ではあるが……編集

空冷星形エンジンの直径(前面面積)は最大速度にそこまで影響しない事が戦後の研究で判明しており、無理な小型化をせずにもう少し余裕のある設計にしていれば誉の稼働率も上がり、安定した性能を発揮できたかもしれない。



主な搭載機編集

誉が搭載された主な飛行機を以下にあげる。誉を載せた機体が戦場でどういった評価を受けたかはそれぞれの記事を見て確認してほしい。


海軍編集

紫電、紫電改

彩雲

流星流星改 同じ機種を解説した記事が2つあるので両方の記事を記載する。

銀河 最初に誉を装備した機体。個別記事が無いため解説のある一式陸攻の記事を記載する。

   

連山(試作のみ)

烈風(試作のみ)

陣風 川西が設計した単座戦闘機。誉42型を装備予定だったが計画中止。

電光 愛知が設計した双発夜間戦闘機。誉22型を装備したが試作中に爆撃され焼失。

天雷 中島製双発戦闘機。誉21型を装備したが性能要求を満たせず6機作った所で開発中止。


陸軍編集

四式戦闘機

二式単座戦闘機三型(試作のみ)

キ82(計画のみ)


直接開発に関わったためか、海軍は大戦後半に開発された飛行機には片っ端から誉の搭載を命じている。対して陸軍はほぼ四式戦闘機にしか採用していない。これは海軍の作った物を使わせてもらうという面子の問題があったからとも、単純に数が足りなかったからともいわれる(四式戦闘機だけで誉の総生産数の5分の2が使われているため)。

強制冷却ファン、二段三速過給機とインタークーラーを装備したものや、排気タービン搭載型、酸素噴射(水メタノールを噴射する代わりに酸素を噴射するもの)機構搭載型なども試されたが、いずれも試験段階で終戦を迎えている。


他、日立航空機が誉の22気筒版エンジンである「ハ51」を試作している。

誉にさらに4気筒増やし、強制冷却ファンを追加することで2450馬力を狙った小型高出力エンジンなのだが……

4基が試作され、テストされたが陸軍の評価によると、設計上の不完全さに起因して100時間の試運転で各部部品の破損が頻発し、非常に問題が多く量産に向けた本格的な試作に入ることはできなかった。


補足・水メタノール噴射装置編集

車のCMなどで流れるエンジンのCGを見れば解りやすいが、レシプロエンジンはシリンダーの燃料が規則正しく爆発する事で正常な出力が得られる。だがシリンダー内が高温になると予期せぬタイミングで爆発(自己着火)が起き、振動が発生する事がある。これがノッキングである。


ノッキングが頻発するとガタつきや出力の低下だけでなく、やがてはシリンダーやピストンの破損など取り返しのつかない事態になる。これを防ぐには高温でも爆発しにくいハイオクガソリンを使えばいいのだが(一般に考えられるのと違いハイオクはレギュラーより燃えにくいのである)、当時の日本では手に入りにくかった。結果代替策として採用されたのがこの水メタノール噴射装置である。


原理は単純で、過給機で圧縮され高温になった空気に水とメタノールを半々にした混合液を噴射、気化熱で冷却してシリンダー内の温度を下げ、異常燃焼を防ぐといったもの。メタノールが混ざっているのは気温の低い高空に昇る際に水が凍るのを防ぐためである(元々はエタノールが使われていたが隠れて飲む奴が続出したため飲酒できないメタノールにしたとも)。

ドイツではMW50(メタノールと水をほぼ半々にした混合液。腐食防止剤が0.5%入っている)という同様の物が使われ、迎撃戦闘機の急上昇時に主に使われた。


この装置のおかげで軍標準の91オクタンガソリン(ただし戦中は額面割れしていたとも言われ、「91オクタン燃料が88オクタン燃料相当だった」という証言もある)でも100オクタン相当の出力が発揮できる事が確認されたが、一方で調整が難しく、冷却するシリンダーが偏って逆に振動が発生するなど、誉に限らず他の搭載エンジンの稼働率を下げる一因となってしまったのは皮肉であった。

また、エンジンを腐食させて寿命を縮めるという欠点もあり、戦後はインタークーラーによって淘汰されている。


ちなみに、水の割合を増やした方が気化熱による冷却効果は上がるが、凍結の危険は増えるため、非常時以外はほぼ半々で使用された。


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