ピクシブ百科事典は2023年6月13日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴
ホビー向けパソコン規格のMSXの2世代目。

MSX2とは、ホビーパソコン規格MSXのバージョンアップ仕様である。


最低メモリ搭載量を64kBに底上げ、さらにVDPチップ(現代で言うGPU)を上位改良型のV9938に変更しVRAM容量を当時破格の128KBに引き上げることにより、大幅にグラフィックス性能が向上。また音源規格であるMSX-AUDIOが仕様に盛り込まれたが、音源の普及は廉価仕様であるMSX-MUSICの制定を待つことになる。


発売当初は価格の高さから敬遠されていたが、1986年末にMSX1よりも安価なMSX2が発売されたことで買い替え需要も合わせて爆発的に普及。これにより「RAM64KB+VRAM128KB、ROMカートリッジスロット×2、内蔵もしくは外付けのFDD×1、MSX-MUSICとしてFM-PACを装着したMSX2」がMSXの標準的な構成となった。


概要

概要

1985年に登場、CPUや音楽性能は初代MSX(以降MSX1と記す)と同等の性能ながら、メモリーやグラフィックが強化され、結果として90年代始めまで生き残ったMSXの主要規格となった。なお専門誌『MSX・FAN』はディスクマガジンを付録にすることで1995年まで発行された。


MSX1の描画能力が256ドット×192ドットの16色しか出せなかったのに対し、最大512×212で512色中16色もしくは256×212で256色同時発色が可能となり、ファミコンを遥かに凌駕し、PC8801シリーズなどとも対等に渡り合えるだけの処理能力を持つようになった。特に当時は256色を同時に発色できる環境は少なく、MSX2のこの仕様は目を引くものであった(言い換えればオーバースペックで、活用されることはあまりなかった)。末期にはインターレースモードを使い見かけ上のライン数を倍にして、400ラインのグラフィックのソフトも登場している。


音楽処理機能として、オプション規格であるMSX-AUDIOが制定された。しかしながらホビーパソコンに導入するためには対応カートリッジはあまりにも高コスト(定価34,800円、当時でもMSX2本体と変わらない値段で、現在ならウィンドウズ搭載パソコンの新品が替える)であったことから、MSX1のPSG3音のままで運用されるケースが目立ち、他機種に比べて見劣りが目立つこととなった。

この対策として、コナミは独自拡張音源SCCを開発して同社のROMゲームに搭載させた。また翌年にはMSX-AUDIOをショボくしたMSX-MUSICが制定され、対応拡張音源ユニットとしてFM-PACが発売。7,800円と安価だったこともあり(ゲームセーブ用SRAMも搭載しており、音源だけなら3,800円相当)普及、実質的なMSXの標準音源として定着した。


またデータ容量も当時のPC9801やPC8801などの大作ゲームを移植するには不足がちとなりつつあったが、これもフロッピーディスクを安価で導入することで解決している。


が、CPUの処理能力だけはハードの問題でありどうにもならず、むしろグラフィックの向上でかえってテンポが悪くなったとも言える。次代の2+も2同様のZ80で、処理速度の向上はさらにその後のMSXturboRを待たねばならないという事になった。


MSX2は当初はFDDなしの一体型モデルが10万円弱、FDD1基搭載のセパレートモデルが15万円前後で発売されたが、同時期にPC-8801mkIISRのモデルチェンジ機が同価格帯でリリースされた上に、ゲームは相変わらずMSX1が主流であったことから全く売れなかった。

MSX2の普及に拍車をかけたのは1986年末に発売されたFS-A1とHB-F1、及び1987年末に発売されたFS-A1FとHB-F1XDの登場である。前者の2機種はFDD未搭載ながらどちらも3万円前後、後者の2機種はFDD搭載でどちらも54,800円の価格だった。特にFDD搭載の低価格モデルが登場したことで、それまでPC88用ソフトをリリースしていたゲームメーカーがこぞってMSX2用もリリースするようになり、PC88と同一タイトルが遊べる低価格マシンということで支持を得た。


なお当初はMSX1ユーザ向けにMSX2へのバージョンアップアダプタのリリースがアナウンスされていたが、実際に製品化されたのはNEOS製の1商品だけで、それもアダプタの他に機種によっては拡張RAMカートリッジや拡張スロットが別途必要となり、色々と買い足すと結局MSX2本体を買うのと変わらない価格になる代物だった。さらには数ヶ月後にアダプタより安価なMSX2本体が発売されたことで普及することはなかった。


問題点

MSX2の…と言うより、MSX仕様の問題点の大部分は、廉価路線と徹底した上位互換仕様により、時代が下って本体仕様が陳腐化しても刷新が行いづらかったことにある。

例えば本来であればMSX2は増設メモリの仕様であるメモリマッパー規格を持ち、理論上最大32MBという当時としては広大なメモリ空間が使用可能であった。にもかかわらず廉価路線が推し進められるMSX系統ではメモリ増設の需要はほとんど存在せず、またZ80のメモリ空間制限である64kBを超越できるものではなかった(使用する際はインタースロットコールと呼ばれる特殊手順でプログラムを呼び出すか、16kBの空間単位で入れ替えて使用する必要がある)ため、特に日本国内では対応ソフトはほぼ存在しない。

また、V9938は確かにTMS9918に比べればかなりの機能増強が行われているが、それでもビットマップ描画が低速である、横方向のハードウェアスクロールに非対応である、スプライト数の制約がTMS9918と変わっていないなど、やや非力感が漂っていることは否めなかった。VDPの問題は規格終焉まで尾を引いたことからMSXユーザーの間では半ばトラウマになっており、現代においても「turboR規格でV9990(V9958の後継チップ)が採用されていれば違う未来があった」という論調が散見される。

結果として「劣化ファミコンと劣化PC88の側面を併せ持つ低価格パソコン」という位置付けになってしまった。それでもコストパフォーマンスはかなり高い部類に入ると思われるが。


またMSX2は当初は「ビジネスにも使える高級パソコン」の位置付けだったが、所詮MSXは「ホビーパソコン」としか認識されていなかったので価格が高いとまったく売れなかった。そこで松下とソニーが低価格路線に舵を切ることになるが、これにより他の参入メーカーは一斉に手を引くこととなり、共通規格としてのMSXは破綻することとなった。

この頃には日本国外でMSXを扱うメーカーも、欧州のフィリップス、韓国の大宇電子(ゲーム専用モデルも出していた)、中東のアル・アラミアと、ほぼ一地域に一社の専売状態となっていた。


展開

何をもってMSX最後のソフト、とするのは難しいが、後継機の2+、turboRのソフトは数えるほどしか出ておらず、18禁系ソフトに関しては2+以降の後継機でなないと出せない、という面がなく、それを除いたとしても末期にMSX・FANが移植制作運動を後押しした「プリンセスメーカー」「ブライ下巻」「ソーサリアン」などは基本MSX2以降対応(ただソーサリアンはturboRでないと処理落ちが酷すぎるが)となっており、最期までMSXの主力で有り続けた(言い換えれば後継機への世代交替に失敗したとも言えるのだが)。

主なタイトル

主なタイトル

メタルギア

サイコワールド

シルヴィアーナ

ドラゴンスレイヤーIV

DAIVA

魔晶伝紀ラ・ヴァルー

Xak

FRAY

コズミックソルジャー

サイキックウォー

DiscStation

関連タグ

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MSX MSX2+ MSXturboR

MSX2とは、ホビーパソコン規格MSXのバージョンアップ仕様である。


最低メモリ搭載量を64kBに底上げ、さらにVDPチップ(現代で言うGPU)を上位改良型のV9938に変更しVRAM容量を当時破格の128KBに引き上げることにより、大幅にグラフィックス性能が向上。また音源規格であるMSX-AUDIOが仕様に盛り込まれたが、音源の普及は廉価仕様であるMSX-MUSICの制定を待つことになる。


発売当初は価格の高さから敬遠されていたが、1986年末にMSX1よりも安価なMSX2が発売されたことで買い替え需要も合わせて爆発的に普及。これにより「RAM64KB+VRAM128KB、ROMカートリッジスロット×2、内蔵もしくは外付けのFDD×1、MSX-MUSICとしてFM-PACを装着したMSX2」がMSXの標準的な構成となった。


概要

概要

1985年に登場、CPUや音楽性能は初代MSX(以降MSX1と記す)と同等の性能ながら、メモリーやグラフィックが強化され、結果として90年代始めまで生き残ったMSXの主要規格となった。なお専門誌『MSX・FAN』はディスクマガジンを付録にすることで1995年まで発行された。


MSX1の描画能力が256ドット×192ドットの16色しか出せなかったのに対し、最大512×212で512色中16色もしくは256×212で256色同時発色が可能となり、ファミコンを遥かに凌駕し、PC8801シリーズなどとも対等に渡り合えるだけの処理能力を持つようになった。特に当時は256色を同時に発色できる環境は少なく、MSX2のこの仕様は目を引くものであった(言い換えればオーバースペックで、活用されることはあまりなかった)。末期にはインターレースモードを使い見かけ上のライン数を倍にして、400ラインのグラフィックのソフトも登場している。


音楽処理機能として、オプション規格であるMSX-AUDIOが制定された。しかしながらホビーパソコンに導入するためには対応カートリッジはあまりにも高コスト(定価34,800円、当時でもMSX2本体と変わらない値段で、現在ならウィンドウズ搭載パソコンの新品が替える)であったことから、MSX1のPSG3音のままで運用されるケースが目立ち、他機種に比べて見劣りが目立つこととなった。

この対策として、コナミは独自拡張音源SCCを開発して同社のROMゲームに搭載させた。また翌年にはMSX-AUDIOをショボくしたMSX-MUSICが制定され、対応拡張音源ユニットとしてFM-PACが発売。7,800円と安価だったこともあり(ゲームセーブ用SRAMも搭載しており、音源だけなら3,800円相当)普及、実質的なMSXの標準音源として定着した。


またデータ容量も当時のPC9801やPC8801などの大作ゲームを移植するには不足がちとなりつつあったが、これもフロッピーディスクを安価で導入することで解決している。


が、CPUの処理能力だけはハードの問題でありどうにもならず、むしろグラフィックの向上でかえってテンポが悪くなったとも言える。次代の2+も2同様のZ80で、処理速度の向上はさらにその後のMSXturboRを待たねばならないという事になった。


MSX2は当初はFDDなしの一体型モデルが10万円弱、FDD1基搭載のセパレートモデルが15万円前後で発売されたが、同時期にPC-8801mkIISRのモデルチェンジ機が同価格帯でリリースされた上に、ゲームは相変わらずMSX1が主流であったことから全く売れなかった。

MSX2の普及に拍車をかけたのは1986年末に発売されたFS-A1とHB-F1、及び1987年末に発売されたFS-A1FとHB-F1XDの登場である。前者の2機種はFDD未搭載ながらどちらも3万円前後、後者の2機種はFDD搭載でどちらも54,800円の価格だった。特にFDD搭載の低価格モデルが登場したことで、それまでPC88用ソフトをリリースしていたゲームメーカーがこぞってMSX2用もリリースするようになり、PC88と同一タイトルが遊べる低価格マシンということで支持を得た。


なお当初はMSX1ユーザ向けにMSX2へのバージョンアップアダプタのリリースがアナウンスされていたが、実際に製品化されたのはNEOS製の1商品だけで、それもアダプタの他に機種によっては拡張RAMカートリッジや拡張スロットが別途必要となり、色々と買い足すと結局MSX2本体を買うのと変わらない価格になる代物だった。さらには数ヶ月後にアダプタより安価なMSX2本体が発売されたことで普及することはなかった。


問題点

MSX2の…と言うより、MSX仕様の問題点の大部分は、廉価路線と徹底した上位互換仕様により、時代が下って本体仕様が陳腐化しても刷新が行いづらかったことにある。

例えば本来であればMSX2は増設メモリの仕様であるメモリマッパー規格を持ち、理論上最大32MBという当時としては広大なメモリ空間が使用可能であった。にもかかわらず廉価路線が推し進められるMSX系統ではメモリ増設の需要はほとんど存在せず、またZ80のメモリ空間制限である64kBを超越できるものではなかった(使用する際はインタースロットコールと呼ばれる特殊手順でプログラムを呼び出すか、16kBの空間単位で入れ替えて使用する必要がある)ため、特に日本国内では対応ソフトはほぼ存在しない。

また、V9938は確かにTMS9918に比べればかなりの機能増強が行われているが、それでもビットマップ描画が低速である、横方向のハードウェアスクロールに非対応である、スプライト数の制約がTMS9918と変わっていないなど、やや非力感が漂っていることは否めなかった。VDPの問題は規格終焉まで尾を引いたことからMSXユーザーの間では半ばトラウマになっており、現代においても「turboR規格でV9990(V9958の後継チップ)が採用されていれば違う未来があった」という論調が散見される。

結果として「劣化ファミコンと劣化PC88の側面を併せ持つ低価格パソコン」という位置付けになってしまった。それでもコストパフォーマンスはかなり高い部類に入ると思われるが。


またMSX2は当初は「ビジネスにも使える高級パソコン」の位置付けだったが、所詮MSXは「ホビーパソコン」としか認識されていなかったので価格が高いとまったく売れなかった。そこで松下とソニーが低価格路線に舵を切ることになるが、これにより他の参入メーカーは一斉に手を引くこととなり、共通規格としてのMSXは破綻することとなった。

この頃には日本国外でMSXを扱うメーカーも、欧州のフィリップス、韓国の大宇電子(ゲーム専用モデルも出していた)、中東のアル・アラミアと、ほぼ一地域に一社の専売状態となっていた。


展開

何をもってMSX最後のソフト、とするのは難しいが、後継機の2+、turboRのソフトは数えるほどしか出ておらず、18禁系ソフトに関しては2+以降の後継機でなないと出せない、という面がなく、それを除いたとしても末期にMSX・FANが移植制作運動を後押しした「プリンセスメーカー」「ブライ下巻」「ソーサリアン」などは基本MSX2以降対応(ただソーサリアンはturboRでないと処理落ちが酷すぎるが)となっており、最期までMSXの主力で有り続けた(言い換えれば後継機への世代交替に失敗したとも言えるのだが)。

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MSX MSX2+ MSXturboR

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MSX2とは、ホビーパソコン規格MSXのバージョンアップ仕様である。


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発売当初は価格の高さから敬遠されていたが、1986年末にMSX1よりも安価なMSX2が発売されたことで買い替え需要も合わせて爆発的に普及。これにより「RAM64KB+VRAM128KB、ROMカートリッジスロット×2、内蔵もしくは外付けのFDD×1、MSX-MUSICとしてFM-PACを装着したMSX2」がMSXの標準的な構成となった。


概要

概要

1985年に登場、CPUや音楽性能は初代MSX(以降MSX1と記す)と同等の性能ながら、メモリーやグラフィックが強化され、結果として90年代始めまで生き残ったMSXの主要規格となった。なお専門誌『MSX・FAN』はディスクマガジンを付録にすることで1995年まで発行された。


MSX1の描画能力が256ドット×192ドットの16色しか出せなかったのに対し、最大512×212で512色中16色もしくは256×212で256色同時発色が可能となり、ファミコンを遥かに凌駕し、PC8801シリーズなどとも対等に渡り合えるだけの処理能力を持つようになった。特に当時は256色を同時に発色できる環境は少なく、MSX2のこの仕様は目を引くものであった(言い換えればオーバースペックで、活用されることはあまりなかった)。末期にはインターレースモードを使い見かけ上のライン数を倍にして、400ラインのグラフィックのソフトも登場している。


音楽処理機能として、オプション規格であるMSX-AUDIOが制定された。しかしながらホビーパソコンに導入するためには対応カートリッジはあまりにも高コスト(定価34,800円、当時でもMSX2本体と変わらない値段で、現在ならウィンドウズ搭載パソコンの新品が替える)であったことから、MSX1のPSG3音のままで運用されるケースが目立ち、他機種に比べて見劣りが目立つこととなった。

この対策として、コナミは独自拡張音源SCCを開発して同社のROMゲームに搭載させた。また翌年にはMSX-AUDIOをショボくしたMSX-MUSICが制定され、対応拡張音源ユニットとしてFM-PACが発売。7,800円と安価だったこともあり(ゲームセーブ用SRAMも搭載しており、音源だけなら3,800円相当)普及、実質的なMSXの標準音源として定着した。


またデータ容量も当時のPC9801やPC8801などの大作ゲームを移植するには不足がちとなりつつあったが、これもフロッピーディスクを安価で導入することで解決している。


が、CPUの処理能力だけはハードの問題でありどうにもならず、むしろグラフィックの向上でかえってテンポが悪くなったとも言える。次代の2+も2同様のZ80で、処理速度の向上はさらにその後のMSXturboRを待たねばならないという事になった。


MSX2は当初はFDDなしの一体型モデルが10万円弱、FDD1基搭載のセパレートモデルが15万円前後で発売されたが、同時期にPC-8801mkIISRのモデルチェンジ機が同価格帯でリリースされた上に、ゲームは相変わらずMSX1が主流であったことから全く売れなかった。

MSX2の普及に拍車をかけたのは1986年末に発売されたFS-A1とHB-F1、及び1987年末に発売されたFS-A1FとHB-F1XDの登場である。前者の2機種はFDD未搭載ながらどちらも3万円前後、後者の2機種はFDD搭載でどちらも54,800円の価格だった。特にFDD搭載の低価格モデルが登場したことで、それまでPC88用ソフトをリリースしていたゲームメーカーがこぞってMSX2用もリリースするようになり、PC88と同一タイトルが遊べる低価格マシンということで支持を得た。


なお当初はMSX1ユーザ向けにMSX2へのバージョンアップアダプタのリリースがアナウンスされていたが、実際に製品化されたのはNEOS製の1商品だけで、それもアダプタの他に機種によっては拡張RAMカートリッジや拡張スロットが別途必要となり、色々と買い足すと結局MSX2本体を買うのと変わらない価格になる代物だった。さらには数ヶ月後にアダプタより安価なMSX2本体が発売されたことで普及することはなかった。


問題点

MSX2の…と言うより、MSX仕様の問題点の大部分は、廉価路線と徹底した上位互換仕様により、時代が下って本体仕様が陳腐化しても刷新が行いづらかったことにある。

例えば本来であればMSX2は増設メモリの仕様であるメモリマッパー規格を持ち、理論上最大32MBという当時としては広大なメモリ空間が使用可能であった。にもかかわらず廉価路線が推し進められるMSX系統ではメモリ増設の需要はほとんど存在せず、またZ80のメモリ空間制限である64kBを超越できるものではなかった(使用する際はインタースロットコールと呼ばれる特殊手順でプログラムを呼び出すか、16kBの空間単位で入れ替えて使用する必要がある)ため、特に日本国内では対応ソフトはほぼ存在しない。

また、V9938は確かにTMS9918に比べればかなりの機能増強が行われているが、それでもビットマップ描画が低速である、横方向のハードウェアスクロールに非対応である、スプライト数の制約がTMS9918と変わっていないなど、やや非力感が漂っていることは否めなかった。VDPの問題は規格終焉まで尾を引いたことからMSXユーザーの間では半ばトラウマになっており、現代においても「turboR規格でV9990(V9958の後継チップ)が採用されていれば違う未来があった」という論調が散見される。

結果として「劣化ファミコンと劣化PC88の側面を併せ持つ低価格パソコン」という位置付けになってしまった。それでもコストパフォーマンスはかなり高い部類に入ると思われるが。


またMSX2は当初は「ビジネスにも使える高級パソコン」の位置付けだったが、所詮MSXは「ホビーパソコン」としか認識されていなかったので価格が高いとまったく売れなかった。そこで松下とソニーが低価格路線に舵を切ることになるが、これにより他の参入メーカーは一斉に手を引くこととなり、共通規格としてのMSXは破綻することとなった。

この頃には日本国外でMSXを扱うメーカーも、欧州のフィリップス、韓国の大宇電子(ゲーム専用モデルも出していた)、中東のアル・アラミアと、ほぼ一地域に一社の専売状態となっていた。


展開

何をもってMSX最後のソフト、とするのは難しいが、後継機の2+、turboRのソフトは数えるほどしか出ておらず、18禁系ソフトに関しては2+以降の後継機でなないと出せない、という面がなく、それを除いたとしても末期にMSX・FANが移植制作運動を後押しした「プリンセスメーカー」「ブライ下巻」「ソーサリアン」などは基本MSX2以降対応(ただソーサリアンはturboRでないと処理落ちが酷すぎるが)となっており、最期までMSXの主力で有り続けた(言い換えれば後継機への世代交替に失敗したとも言えるのだが)。

主なタイトル

主なタイトル

メタルギア

サイコワールド

シルヴィアーナ

ドラゴンスレイヤーIV

DAIVA

魔晶伝紀ラ・ヴァルー

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FRAY

コズミックソルジャー

サイキックウォー

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MSX MSX2+ MSXturboR

MSX2とは、ホビーパソコン規格MSXのバージョンアップ仕様である。


最低メモリ搭載量を64kBに底上げ、さらにVDPチップ(現代で言うGPU)を上位改良型のV9938に変更しVRAM容量を当時破格の128KBに引き上げることにより、大幅にグラフィックス性能が向上。また音源規格であるMSX-AUDIOが仕様に盛り込まれたが、音源の普及は廉価仕様であるMSX-MUSICの制定を待つことになる。


発売当初は価格の高さから敬遠されていたが、1986年末にMSX1よりも安価なMSX2が発売されたことで買い替え需要も合わせて爆発的に普及。これにより「RAM64KB+VRAM128KB、ROMカートリッジスロット×2、内蔵もしくは外付けのFDD×1、MSX-MUSICとしてFM-PACを装着したMSX2」がMSXの標準的な構成となった。


概要

概要

1985年に登場、CPUや音楽性能は初代MSX(以降MSX1と記す)と同等の性能ながら、メモリーやグラフィックが強化され、結果として90年代始めまで生き残ったMSXの主要規格となった。なお専門誌『MSX・FAN』はディスクマガジンを付録にすることで1995年まで発行された。


MSX1の描画能力が256ドット×192ドットの16色しか出せなかったのに対し、最大512×212で512色中16色もしくは256×212で256色同時発色が可能となり、ファミコンを遥かに凌駕し、PC8801シリーズなどとも対等に渡り合えるだけの処理能力を持つようになった。特に当時は256色を同時に発色できる環境は少なく、MSX2のこの仕様は目を引くものであった(言い換えればオーバースペックで、活用されることはあまりなかった)。末期にはインターレースモードを使い見かけ上のライン数を倍にして、400ラインのグラフィックのソフトも登場している。


音楽処理機能として、オプション規格であるMSX-AUDIOが制定された。しかしながらホビーパソコンに導入するためには対応カートリッジはあまりにも高コスト(定価34,800円、当時でもMSX2本体と変わらない値段で、現在ならウィンドウズ搭載パソコンの新品が替える)であったことから、MSX1のPSG3音のままで運用されるケースが目立ち、他機種に比べて見劣りが目立つこととなった。

この対策として、コナミは独自拡張音源SCCを開発して同社のROMゲームに搭載させた。また翌年にはMSX-AUDIOをショボくしたMSX-MUSICが制定され、対応拡張音源ユニットとしてFM-PACが発売。7,800円と安価だったこともあり(ゲームセーブ用SRAMも搭載しており、音源だけなら3,800円相当)普及、実質的なMSXの標準音源として定着した。


またデータ容量も当時のPC9801やPC8801などの大作ゲームを移植するには不足がちとなりつつあったが、これもフロッピーディスクを安価で導入することで解決している。


が、CPUの処理能力だけはハードの問題でありどうにもならず、むしろグラフィックの向上でかえってテンポが悪くなったとも言える。次代の2+も2同様のZ80で、処理速度の向上はさらにその後のMSXturboRを待たねばならないという事になった。


MSX2は当初はFDDなしの一体型モデルが10万円弱、FDD1基搭載のセパレートモデルが15万円前後で発売されたが、同時期にPC-8801mkIISRのモデルチェンジ機が同価格帯でリリースされた上に、ゲームは相変わらずMSX1が主流であったことから全く売れなかった。

MSX2の普及に拍車をかけたのは1986年末に発売されたFS-A1とHB-F1、及び1987年末に発売されたFS-A1FとHB-F1XDの登場である。前者の2機種はFDD未搭載ながらどちらも3万円前後、後者の2機種はFDD搭載でどちらも54,800円の価格だった。特にFDD搭載の低価格モデルが登場したことで、それまでPC88用ソフトをリリースしていたゲームメーカーがこぞってMSX2用もリリースするようになり、PC88と同一タイトルが遊べる低価格マシンということで支持を得た。


なお当初はMSX1ユーザ向けにMSX2へのバージョンアップアダプタのリリースがアナウンスされていたが、実際に製品化されたのはNEOS製の1商品だけで、それもアダプタの他に機種によっては拡張RAMカートリッジや拡張スロットが別途必要となり、色々と買い足すと結局MSX2本体を買うのと変わらない価格になる代物だった。さらには数ヶ月後にアダプタより安価なMSX2本体が発売されたことで普及することはなかった。


問題点

MSX2の…と言うより、MSX仕様の問題点の大部分は、廉価路線と徹底した上位互換仕様により、時代が下って本体仕様が陳腐化しても刷新が行いづらかったことにある。

例えば本来であればMSX2は増設メモリの仕様であるメモリマッパー規格を持ち、理論上最大32MBという当時としては広大なメモリ空間が使用可能であった。にもかかわらず廉価路線が推し進められるMSX系統ではメモリ増設の需要はほとんど存在せず、またZ80のメモリ空間制限である64kBを超越できるものではなかった(使用する際はインタースロットコールと呼ばれる特殊手順でプログラムを呼び出すか、16kBの空間単位で入れ替えて使用する必要がある)ため、特に日本国内では対応ソフトはほぼ存在しない。

また、V9938は確かにTMS9918に比べればかなりの機能増強が行われているが、それでもビットマップ描画が低速である、横方向のハードウェアスクロールに非対応である、スプライト数の制約がTMS9918と変わっていないなど、やや非力感が漂っていることは否めなかった。VDPの問題は規格終焉まで尾を引いたことからMSXユーザーの間では半ばトラウマになっており、現代においても「turboR規格でV9990(V9958の後継チップ)が採用されていれば違う未来があった」という論調が散見される。

結果として「劣化ファミコンと劣化PC88の側面を併せ持つ低価格パソコン」という位置付けになってしまった。それでもコストパフォーマンスはかなり高い部類に入ると思われるが。


またMSX2は当初は「ビジネスにも使える高級パソコン」の位置付けだったが、所詮MSXは「ホビーパソコン」としか認識されていなかったので価格が高いとまったく売れなかった。そこで松下とソニーが低価格路線に舵を切ることになるが、これにより他の参入メーカーは一斉に手を引くこととなり、共通規格としてのMSXは破綻することとなった。

この頃には日本国外でMSXを扱うメーカーも、欧州のフィリップス、韓国の大宇電子(ゲーム専用モデルも出していた)、中東のアル・アラミアと、ほぼ一地域に一社の専売状態となっていた。


展開

何をもってMSX最後のソフト、とするのは難しいが、後継機の2+、turboRのソフトは数えるほどしか出ておらず、18禁系ソフトに関しては2+以降の後継機でなないと出せない、という面がなく、それを除いたとしても末期にMSX・FANが移植制作運動を後押しした「プリンセスメーカー」「ブライ下巻」「ソーサリアン」などは基本MSX2以降対応(ただソーサリアンはturboRでないと処理落ちが酷すぎるが)となっており、最期までMSXの主力で有り続けた(言い換えれば後継機への世代交替に失敗したとも言えるのだが)。

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