曖昧さ回避
・国鉄とJR東日本・JR西日本が上野駅~金沢駅間で運行していた夜行急行列車(メイン画像)。
列車名は後述の旧国名に由来する。
1975年(昭和50年)3月10日、東北本線・高崎線・信越本線・上越線・北陸本線経由の定期夜行急行「北陸2号」を改称する形で「能登」が運行開始。
1982年(昭和57年)11月15日、上越新幹線開通によるダイヤ改正で上越線経由から信越本線経由に変更。
1993年(平成5年)3月18日のダイヤ改正では、それまでの14系客車での運転を終了し、寝台車を廃止。JR西日本の489系電車(9両編成)での運転となり、全車両が座席車となった(特急「あさま」・「白山」の間合い運用)。碓氷峠を越える信越本線の横川駅〜軽井沢駅間(通称・横軽)では補機(EF63形電気機関車)との協調運転を実施した。
1997年(平成9年)10月1日、北陸新幹線の高崎駅〜長野駅間(通称・長野新幹線)開通と信越本線の横川駅〜軽井沢駅間廃止に伴い、再び上越線経由に戻される。
2010年(平成22年)3月13日、定期運行を終了して臨時列車化。489系での運行を終了し、JR東日本の485系(6両編成)での運行となる。
2012年(平成24年)2月24日の運行を最後に「能登」は臨時列車としても設定されず、以降は運行中止となっている。
国鉄の分割民営化後、車掌はJR西日本が全区間を担当したようである。
概要
北陸道の一国として現在の石川県能登半島のほぼ全域を占めており、能登国(のとのくに)や能州とも呼ばれた。
718年越前国から分離し、741年に越中国に併合されるが757年に再分離する。
中世以降は畠山氏、上杉氏などの勢力下にあり、江戸時代には金沢藩の前田氏が支配した。
石川県能登半島の東北部にある町。
市域内に能登空港がある。