空母いぶき
くうぼいぶき
概要
小学館の青年漫画雑誌『ビッグコミック』にて、2014年24号から2019年24号まで連載されたミリタリー漫画であり、漫画『沈黙の艦隊』、『ジパング』などで有名なかわぐちかいじ氏が原作を、ジャーナリストの恵谷治氏が監修を担当している。
尖閣諸島を巡る日本の海上自衛隊と中国人民解放軍海軍との衝突を発端に、日本の危機を察した日本政府の要請により、最新鋭戦闘機を搭載した事実上の航空母艦である艦艇『いぶき』を就役させ、新たに編成された新艦隊が、中国軍から尖閣諸島と日本を守る戦いに挑んでいく様子が描かれている。
中国海軍の人民解放軍内での複雑な位置づけや主人公秋津のライバル・劉の過去など必ずしも中国を悪として描いているわけでもない。
2020年1号からは続編『空母いぶき GREAT GAME』が連載されている。
登場人物
海上自衛隊第5護衛隊群
秋津竜太
航空機搭載護衛艦「いぶき」初代艦長。二等空佐→一等海佐。
初登場時点では航空自衛隊の戦闘機パイロットで、「空自始まって以来のエース」と称されていた。
自らの立場を"軍人"と称し、「アジアを守らなければ日本も守れない」、「力には力を」と公言し抑止力による戦争回避を信念とする。
ベルリンの壁崩壊に居合わせた過去がある。
新波歳也
航空機搭載護衛艦「いぶき」初代副長兼航海長。二等海佐。
秋津とは「いぶき」艦長の座を争った関係でもある。
自衛隊が発足以来60年間任務で一人も殺傷してこなかったことを誇りとし、尖閣諸島中国人上陸事件における垂水首相の決断を「勝ち戦」と評する。
「自衛官に必要なのは何があっても戦争を阻止する覚悟」を信念とし、秋津の信念を危険視している一方、艦長としての技量は評価している。
涌井継治
ミサイル護衛艦「あたご」艦長→第5護衛隊群司令。一等海佐→海将補。
尖閣諸島中国人上陸事件当時最前線に居合わせていた。
中国軍に待ち伏せされた際に先制攻撃を行うべきか苦悩した末、飛来した敵機の撃墜を決断する。
浦田鉄人
浦井の後任のミサイル護衛艦「あたご」艦長。一等海佐。
専守防衛を信念とし、「いぶき」竣工にはしゃぐ隊の空気を諫めている。
秋津の思想を危険視している点は新波と共通する。
浮船武彦
ミサイル護衛艦「ちょうかい」艦長。一等海佐。
関西弁が特徴のイケイケな人物。「いてまえー!」
瀬戸斉明
汎用護衛艦「ゆうぎり」艦長。二等海佐。
第5護衛隊群の先頭を担う。
清家博史
汎用護衛艦「せとぎり」艦長。二等海佐。
尖閣諸島攻略戦で「あたご」を援護する。
海老名洋子
汎用護衛艦「あまぎり」艦長。一等海佐。
被弾して戦線離脱した「せとぎり」に代わって第4護衛隊群から参戦した女傑。
滝隆信
AIP通常動力型潜水艦「けんりゅう」艦長。一等海佐。
中国軍潜水艦の性能向上とその物量、日本の領海の広さから自衛隊の潜水艦では手が回らないことを危惧している。
戦闘を躊躇する政府には「いつまで現場に政治を負わせるつもりだ」と苦言を呈する。
一方で「あたご」への攻撃を優先した敵の潜水艦に対して「戦闘下のサブマリナーとして命取り」と断じ撃沈している。
淵上晋
第92航空団司令兼飛行隊長。一等空佐。
滝と同じく物量差を問題視しているが、「無い物ねだりをしても無駄。技量を上げるしかない」と割り切っている様子。
迫水洋平
アルバトロス隊隊長。三等空佐。
F-35JBで構成された同小隊を率い、初交戦で敵機4機を撃墜した。
日本政府
垂水慶一郎
内閣総理大臣。
内閣官房長官時代に「ペガソス計画」を承認したことから周囲からはタカ派と思われていた。
しかし尖閣諸島中国人上陸事件当時、上陸した中国人を保護して中国に引き渡すという決断をしたことから「中国の圧力に屈服した」と批判された。
アジアでのアメリカの軍事的影響力が低下し、中国の軍事力が台頭してきたことから独自の防衛力を高めるべきという考えは変わっておらず「平和への祈りではミサイルを落とせない」と断じる保守的な人物。
沢崎勇作
アジア大洋州局参事官。インドネシア・ジャカルタで勤務していたが外務省に呼び戻された。
「ペガソス計画」には一歩引いた立場で慎重派とされているが、一方で垂水の現状認識も尊重している参謀役。
石渡俊道
内閣官房長官。垂水が内閣官房長官だったころは防衛大臣を務めており、ともに「ペガソス計画」の絵図を描いた。
尖閣諸島中国人上陸事件当時は政権へのダメージを考えて強硬策に出ることを主張し、「ペガソス計画」の前倒しを狙うなど垂水以上のタカ派の節がある。
民間人
一の瀬一
東都新聞政治部の記者。沢崎の旧知だが「報道に中立は存在しない。追従か批判か」と断言する政府批判派の急先鋒。
抑止力による戦争回避は現実的ではないと断じ、「ペガソス計画」ならびに「いぶき」建造に反対を表明していた。
しかし下地島に潜入した際にF-35JAを目撃しても、利敵行為に当たらないように直ちに撮影した写真を送ることなく場所が特定できない構図にするなど決してマスゴミという訳ではない。
中華人民共和国・人民解放軍
劉長龍
海軍北海艦隊・空母「広東」艦長。大校。
「いぶき」を脅威と捉えて全面対決を試みる。
天安門事件の現場に居合わせた過去があり、それを知った秋津は「力を渇望している」と分析している。
馬大奇
海軍駐在武官。大校。「釣魚島は中国の領土」と主張する。
沢崎は「今まで人民解放軍内部で軽視されてきた海軍の権勢拡大を狙っている」と分析している。
登場兵器
自衛隊
第5護衛隊群
- 航空機搭載護衛艦「DDV-192 いぶき」
ペガソス計画によって生み出された、自衛隊初の航空機搭載型護衛艦。新設された第5護衛隊群の旗艦である。分類上は軽空母。
艦名は第二次世界大戦中「マル急計画」により重巡洋艦から設計変更されたものの、未完成のまま終戦を迎えた幻の空母「伊吹」にちなむ。建造中はコードネームの「ペガソス」の名で呼ばれていた。
ヘリコプター搭載護衛艦「いずも」を改設計したもので「改いずも型」とも呼称される。
大きな特徴としては、日本初のスキージャンプ式の飛行甲板の採用がある。
艦載機はF-35JBが15機のみ配備されているが、これは専守防衛を鑑みて、航続距離の長い対地攻撃型ではなく、あくまで対潜水艦用であると説明するためである。
ただし野党からは「対潜水艦戦ならばヘリコプターで事足りる。対地攻撃能力を持つ固定翼機の搭載は専守防衛に反する」と批判されている。
対空火器は「いずも」同様他の護衛艦と比較して少なく、SeaRAM2基とファランクス20ミリCIWSだけであり、艦隊の防衛は随伴する護衛艦に任されている。
また自衛隊初となる洋上での協同運用がなされており、航空管制を航空自衛隊、操艦を海上自衛隊が担当する。
- F-35JBステルス垂直離着陸機
「いぶき」に15機配備された新型機で、各5機編成の3小隊から成る。
AIM-120 アムラーム空対空ミサイルを搭載する。機体価格は1機あたり150億円。
短距離空対空ミサイルはAIM-9X サイドワインダーではなく04式空対空誘導弾を搭載する。
空対艦ミサイルは93式空対艦誘導弾を搭載。
殲20との性能比較では「ステルス性では当機が上回る」とされている。
- F-35JAステルス戦闘攻撃機
F-35Aの航空自衛隊仕様で那覇基地に配備されている。
第5護衛隊群を支援するために下地島空港に進出し、与那国・多良間両島の上空警戒に当たったが、下地島空港が殲20に爆撃されて壊滅したため那覇基地に撤退した。
現実世界では2018年1月から三沢基地に配備され、他の基地にも順次配備が進められている。
- あたご型護衛艦DDG-177「あたご」
尖閣諸島中国人上陸事件当時、「てるづき」と共に調査目的で尖閣諸島に派遣され、中国軍空母「遼寧」と対峙する。
第5護衛隊群編成にあたり、対空戦闘指揮艦として同隊に配属された。
尖閣諸島に上陸した中国軍による基地化を防ぐため、LRLAP弾により地上施設を破壊する。
映画版では「あしたか」という名前で登場。
- こんごう型護衛艦DDG-176「ちょうかい」
第5護衛隊群所属。南大東島沖で給油中の第5護衛隊群が殲20に攻撃された際、スタンダードミサイルでこれを迎撃、自衛隊で初めて敵機を撃墜した。
多良間島沖では上陸作戦の支援のため駆逐艦「哈爾浜」、「洛陽」を速射砲のピンポイント射撃で無力化、多良間島に上陸した中国軍の飛龍2型地対艦ミサイルを破壊した。
映画版では「いそかぜ」という名前で登場。
- あさぎり型護衛艦DD-153「ゆうぎり」
第5護衛隊群を強襲してきた殲20のパイロットが海上を漂流しているのを発見し救助・収容する。
「広東」艦隊との決戦で前衛を務めるが、殲20の放った対空ミサイルが艦橋左舷ウィングに直撃、死傷者を出したため後衛に回る。
映画版では「はつゆき」という名前で登場。
- あさぎり型護衛艦DD-156「せとぎり」
尖閣諸島に上陸した中国軍を攻撃する「あたご」を援護し「あたご」を狙う中国軍潜水艦「遠征103」の魚雷から「あたご」を守るが、阻止できなかった魚雷から「あたご」を庇って被弾。宮古島に後退する。
映画版では「しらゆき」という名前で登場。
- そうりゅう型潜水艦SS-504「けんりゅう」
多良間島沖の戦闘で「遠征103」の放った魚雷を魚雷で迎撃する『沈黙の艦隊』を思わせる荒業を見せる。
尖閣諸島沖の戦闘では「あたご」に集中する「遠征103」の背後から魚雷を放ち撃沈する。
映画版では「はやしお」という名前で登場。
- AOE-426「おうみ」
その他
- あきづき型護衛艦DD-116「てるづき」
尖閣諸島中国人上陸事件当時「あたご」と共に佐世保基地から出航した。
- おやしお型潜水艦SS-599「せとしお」
多良間島沖で第5護衛隊群と行動を共にする。
「遠征102」の雷撃から第5護衛隊群を守るために「遠征102」に体当たりを敢行。艦底部に損傷を受けるが「遠征102」を撤退に追い込んだ。
尖閣諸島武力奪還作戦「はやぶさ」のために陸上自衛隊の上陸部隊を積載して出航する。
那覇基地から離陸して中国軍に制圧された多良間島を上空から偵察。殲20に捕捉されるが偵察を続行し、敵機のミサイルが直撃、撃墜された。
「いぶき」ほかの艦載機として対潜警戒や漂流するパイロットの救出にあたる。
那覇基地まで水陸機動団を輸送した。
東京上空を飛行する場面がある。
那覇基地上空を飛行する場面がある。
防衛出動の発動後から陸上自衛隊の輸送にあたる。
飛龍2の破壊後、特殊作戦群の空挺降下を敢行した。
水陸機動団所属の車両がLCACにより多良間島に上陸する。
中国
- 中国人民解放軍「広東(カントン)」
中国初の国産正規空母。艦名は広東省にちなむ。同型艦として2番艦「天津(ティエンジン)」も就役していた。
艦の外観は旧ソ連が開発していたウリヤノフスク級空母に酷似している。
発艦は「遼寧」と同様にスキージャンプ方式で発艦し、アレスティング・ワイヤーで着艦させる方法を採っている。
「遼寧」とは段違いの性能と装備を持ち、北海艦隊空母部隊の中核をなす。
- 殲20(J-20)艦上戦闘機
中国初のステルス戦闘機。空母「広東」で運用されている艦載型が登場。
現実世界での運用は2017年に開始されたが、空母艦載機は殲31になると目されている。
- 空母「遼寧」
旧ソ連が建造していたクズネツォフ級航空母艦「ヴァリャーグ」を改装した中国初の航空母艦。
尖閣諸島中国人上陸兼に際し「あたご」、「てるづき」と対峙する。
- 071型揚陸艦「長白山(チャンペイサン)」
- 元級潜水艦「遠征102・103」
- 052A型駆逐艦「哈爾浜(ハルビン)」
- 053H3型フリゲート「洛陽(ルオヤン)」
- 殲15(J-15)艦上戦闘機
- Il-76輸送機
- 03式空挺歩兵戦闘車
- 武直10(WZ-10)攻撃ヘリコプター
- 03式空挺歩兵戦闘車
- 红旗7地対空ミサイル自走型
- 飛龍2(フェイロンFL2)地対艦ミサイル牽引型
映画版
物議をかもした発言
公開直前のインタビューで垂水総理大臣役の佐藤浩市が「自身が演ずる垂水総理にストレスが溜まると下痢を起こすキャラクター付けをした」と発言。当時の安倍晋三首相を揶揄した発言ではないかと炎上した。
実際には原作において垂水が嘔吐する場面で代わりに胃腸薬を携える場面に変更したものだが、佐藤が「まだ権力者側を演じるのには抵抗がある」と続けたこともあって炎上してしまった。
自衛隊非協力?
近年の自衛隊を題材にした映画・ドラマは防衛省並びに自衛隊の協力を得ている作品が多い。
しかし本作は登場する装備が軒並み架空の名前に差し替えられているなど「自衛隊の協力を得られなかったのでは」と思われる点が多数見受けられる。
過去にも北朝鮮(映画では架空の「北東人民共和国」という名前に変更された)の武装工作員が原子力発電所への攻撃を企てる『宣戦布告(2002年・石侍露堂監督)』が防衛庁並びに自衛隊の協力を得られず、小道具を自作したり米軍の映像を流用したりしている。
また戦国時代といえども自衛官が民間人に銃を向ける場面がある『戦国自衛隊(1979年・斎藤光正監督)』、権力志向が強く目的の為なら民間人の謀殺も辞さないなど事実上自衛隊が悪役として描かれている『野生の証明(1978年・佐藤純彌監督)』など過去にも自衛隊の協力が得られなかった作品は多数存在する。
また『亡国のイージス(2005年・阪本順治監督)』は『宣戦布告』と同時期に映画化が企画されたが防衛庁が難色を示し、その後2004年頃に再度協力要請があった際に読者であった当時の石破茂防衛庁長官が再考を促し、一部登場人物の設定を変更することで協力が実現している。
奇しくも映画版のキャストは佐藤を初め『亡国のイージス』など福井晴敏原作映画に出演経験のある俳優が多い。さらに登場する護衛艦の一隻は「いそかぜ」である。
本作においても敵国が中国(を彷彿とさせる架空の国家共同体)という設定になっていることがネックになったのではといわれている。
設定変更
前述のように登場する敵国は中国ではなくアジアに成立した架空の国家共同体「東亜連邦」に変更されている。
また東亜連邦が領土問題で日本と対立する島の名前も波留間群島の架空の島「初島」に変更された。
さらに「いぶき」には若手ネットニュース記者とベテラン新聞記者が便乗しているという設定になり、ふたりが物語の重要人物となっている。逆に原作に登場したジャーナリストの一の瀬一は一切登場しない(同姓の一ノ瀬隆という記者がワンシーンのみ登場している)。
キャスト
海上自衛隊第5護衛隊群
秋津竜太:西島秀俊
新波歳也:佐々木蔵之介
涌井継治:藤竜也
浦田鉄人:工藤俊作
中根和久(航空機搭載型護衛艦「いぶき」船務長):村上淳
葛城政直(航空機搭載型護衛艦「いぶき」砲雷長):石田法嗣
淵上晋:戸次重幸
迫水洋平:市原隼人
柿沼正人:平埜生成
井上明則(海幕広報室員):金井勇太
山本修造(護衛艦「あしたか」砲雷長):千葉哲也
浮船武彦:山内圭哉
岡部隼也(護衛艦「いそかぜ」砲雷長):和田正人
瀬戸斉明:玉木宏
清家博史:横田栄司
滝隆信:髙嶋政宏
有澤満彦(潜水艦「はやしお」船務長):堂珍嘉邦
大村正則(RF-4EJ偵察機ナビゲーター):袴田吉彦
備前島健(RF-4EJ偵察機パイロット):渡辺邦斗
ボイスドラマ『第5護衛隊群かく戦えり-女子部-』
映画版の公開にあたって2019年5月12日から配信されたボイスドラマ。
メインキャラクターを女性声優が演じることから「女子部」とされている。