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円谷一

つぶらやはじめ

円谷一とは、日本の映画監督、特技監督、演出家、作詞家、プロデューサー。円谷英二の長男で、円谷プロ二代目社長。
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人物

1931年、特技監督円谷英二の長男として誕生。
東京放送(現東京放送ホールディングス)に入社後、ディレクターとしてテレビドラマの制作に携わる。
1962年に製作したテレビドラマ『煙の王様』が芸術祭文部大臣賞を受賞するなどして名声を獲得し、翌年にTBSが立ち上げた映画部門に飯島敏宏中川晴之助とともに移籍し、『ウルトラQ』の製作に当たる。
その後、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』に特技監督として参加。シリーズの隆盛に一役買った。また難解な描写から周囲の理解を得られなかった実相寺昭雄を迎え入れ、多くの名エピソードの演出を行わせている。

また東京一名義で作詞もしており、『ウルトラマン』から『ウルトラマンA』までで主題歌、挿入歌の作詞を担当した。

1970年、父・英二が死去。それに伴いTBSを退社し、円谷プロダクションにて父の跡を継ぎ二代目社長となる。しかし当時の円谷プロは財政難に陥っており、経営立て直しのために各地を奔走することとなった。
その後は社長と監督は兼任できないとしてプロデューサーに転向。1970年製作の『ウルトラファイト』が大ヒットし、特撮番組を求める声が高まると『帰ってきたウルトラマン』『ミラーマン』をプロデューサーとして製作した。
だが、立て直しのための営業や接待に奔走し続けたために持病の糖尿病と高血圧が悪化。晩年には妻と離婚してバーのママと再婚するなど私生活も乱れきってしまい、1973年2月9日、脳出血で倒れ、病院に搬送されるもそのまま父の後を追うように死去。享年41歳。

関連項目

ディレクター

円谷英二…父
円谷浩…息子

円谷一を演じた人物

三宅裕司(『ウルトラマンを作った男たち』)※このドラマの中では円谷一郎という名前
中野英雄(『円谷英二~大空を愛したウルトラマン~』)
円谷浩(『ウルトラマンティガ』第49話)
千葉茂則(『光の国から僕らのためにー金城哲夫伝ー』)

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