宇野昌磨
うのしょうま
血液型:B型。身長:158cm(日本スケート連盟公式プロフィールより)
中京大中京高校→中京大学中退。トヨタ自動車所属(嘱託職員として)。
「4回転フリップ」を跳ぶことができる数少ないスケーターとして特に有名。
TCC2016年にて史上初のクリーンな成功者としてISUより公式に認定を受けた。
4回転ジャンプの他、表現力の高さが武器でステップを得意とする。イーグルを変形させ体を大きくそらせる形の「クリムキンイーグル」が代名詞で、実はノービス時代からの得意技である。
非常に練習熱心で真面目な性格。ノービス・ジュニア時代は少々自信のない発言も目立ったが、シニアに上がってからは苦手としていたジャンプも練習の積み重ねで次々と克服しメキメキと頭角を表し、落ち着きと自信に溢れた言動も見せるようになった。
このためファンからは敬愛を込めて「しょーま先生」など、先生付きで呼ばれることが多い。
積み重ねた練習への自信故か、いかなる場面でも自分らしさを保てることが強みである。これは平昌オリンピックでも大いに発揮された。
憧れの選手に高橋大輔の名前を挙げており、スケーティングにも大きな影響を受けている。また、男子シングルの現役で一番好きな選手はネイサン・チェンであるとしている。
長らく地元の名古屋市を拠点に活動していたが、2019年に山田満知子・樋口美穂子コーチのもとを卒業し、拠点をスイスに移す。その後紆余曲折を経て現在はステファン・ランビエールに師事している。
1000グラムに満たない未熟児として産まれた。
幼少期は喘息で入退院を繰り返しており、病院食が口に合わず野菜が苦手になった。反対に肉と白米、ミルクティーが大好きな偏食だが、年々少しずつ改善するよう努力しているという。
また、弟のTwitterでの発言によれば紫外線のアレルギーもあるとのことである。
ゲームが本人曰く『使命』で、スケートより努力しているらしい。スケートの努力も周りから感嘆されるレベルなのに一体……。好きなゲームにはVaingloryと荒野行動、クラッシュロワイヤルなどのモバイルゲームを挙げている。
このほか、『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』にも熱中しており、2020年6月には同ゲームの有名プレイヤーであるkeptのYouTubeチャンネル「ケプトの定時退社」にゲスト出演してプレイを披露。同年7月にはオンライン対戦イベント「おまよわ杯」に招待され、(ハンデありの変則ルールではあるものの)数々の大会で優秀な成績を収めているShogun(しょーぐん)に勝利している。Shogunとはのちに特別対談も行なった。
アニメも観るようで、Charlotte、STEINS;GATE、君の名は。などを視聴したことを発言している。
交友関係など
4歳下の弟・樹はモデルとして活動している。以前は二人暮らしをしており(のちに実家暮らしに戻り、さらに練習拠点を海外に移した)、競技以外にはほとんど関心がない兄をマネージャーのようにサポートしていたとのこと。弟のSNSにはよく兄の様子が投稿されている。
祖父は画家の宇野藤雄。
同じ山田満知子門下生である村上佳菜子の弟弟子にあたり、姉弟のように仲が良い。
スケートを始めたきっかけの一つは、習い事の見学としてスケートリンクに遊びに行った際、浅田真央に「フィギュアやろうよ!」と勧められたため。浅田が拠点を海外に移すまでは同じリンクで練習しており、村上と一緒に頼れる先輩として慕っている。
アイスショーや大会などで先輩スケーター達に構われる姿がしばしば見られ、特に田中刑事や羽生結弦からは気にかけられている様子が見られる。
4回転ジャンプとトリプルアクセルを習得した直接の切っ掛けは、無良崇人のアドバイスらしい。
山本草太とは同じリンクで練習する事も多く、とても仲が良い。このほか、本田太一や、彼の妹たちとも親交がある。
鍵山優真とは初めは距離感を感じていたらしいが、2020〜2021年は大会等で一緒に過ごす時間が長かったこともあって打ち解けてきたらしく、「自分では仲良くなれたと思っている」とコメントしている。
英語はあまり話せないものの、海外選手とも打ち解けており、エフゲニー・プルシェンコにはゲームで勝ったことがある。
一方で本人は「練習や大会で学校にあまり行かなかったこともあって、友達は少ない」と発言したこともあり、大会などでも、親しい相手がいない場合は集団からやや距離を置いているような内向的な面も見られる。
2014年全日本Jr.選手権1位
2014年Jr.GPファイナル1位(日本男子3人目)
2014年全日本選手権2位
2015年四大陸選手権5位
2015年世界Jr.選手権1位
※2014年Jr.GPファイナルで出した合計点:238.27、FS:163.06はJr.歴代最高得点である。
また、2015年世界Jr.選手権で出したSP:84.87もJr.歴代最高得点。
2015年GPスケートアメリカ2位
2015年グランプリファイナル3位(シニア1年目でのGPFメダル獲得は史上初)
2015年全日本選手権2位
2016年四大陸選手権4位
2016年世界選手権7位
2016年TCC(コーセー・チームチャレンジカップ)男子シングル1位
2016年グランプリファイナル3位
2016年全日本選手権1位
2017年四大陸選手権3位
2017年世界選手権2位
2017年GPF2位
2017年アジア冬季大会1位
2017年全日本選手権1位
2018年平昌オリンピック2位
2018年世界選手権2位
2018年全日本選手権1位
2019年四大陸選手権1位
2019年世界選手権4位
2019年フランス国際8位
2019年全日本選手権1位
2020年全日本選手権2位
2021年世界選手権4位
2021年グランプリファイナル出場権獲得(2位通過)
※新型コロナウイルスの感染拡大によりファイナル開催中止
2021年全日本選手権2位
2022年北京オリンピック(2022年)3位
ノービスからジュニアまでは、ジャンプが苦手だが表現力豊かな選手として注目されていた。
シニアへ転向した2015-16シーズンは大きな飛躍のシーズンとなり、4T/3Aを成功させるだけではなく4Fを世界で初めて成功させた。アイスショーでは4Lo、4Sも成功させている。
今シーズン初めてのシニア世界選手権出場を果たし、SP4位・総合7位と健闘したが、4回転ジャンプに転倒のあったFSには悔いが残ったようでキス&クライでは涙を見せた。
しかしその3週間後「コーセー・チームチャレンジカップ」でSP・FS共に4回転フリップに成功。史上初の成功者と認定され、ギネス登録される快挙を成し遂げた。
2016-2017シーズン、全日本選手権で初優勝、世界選手権では自己ベストを更新し羽生結弦とともにワンツーフィニッシュ。国別対抗戦ではSP1位、FS2位でチームの優勝に大きく貢献した。
2017-2018平昌オリンピックでは団体戦SPで断トツ、個人戦では銀メダルを獲得し羽生結弦とともに日本勢ワンツーフィニッシュを成し遂げた。世界選手権においては靴トラブルによるコンディション不良に悩まされ前半転倒が続くも、後半のコンボジャンプを全て決めた。1位のネイサン・チェンとは50点近くの大差をつけられながらも2位となり、5位入賞を果たした友野一希も合わせて日本の出場選手3枠を維持した。
2016-2017シーズン、2017-2018シーズンは全ての試合で表彰台に乗っている。