概要
古典落語の演目の一つ。宮戸川は現在の隅田川の一部、浅草近辺を流れる部分の古い呼び名。
通しでやると大変な大根多であり、大抵は上段と下段に分けて上段のみ演じることが多い。上段には表題の宮戸川が登場しないため「お花半七」や「お花半七馴れ初め」という別題になる場合もある。
逸話など
- 上段は幼馴染の半七とお花の馴れ初めを描く滑稽な艶噺。明るくバカバカしいので、上段のみでサゲる噺家が殆んど。
- 下段は一転して人間の闇を描く人情噺。笑える噺ではなく重苦しい噺であり、特に女性の前で演じるにはキツイ内容でもあることから、好んでやる噺家は少ない。持ち根多としている噺家は三代目柳家小満んや五街道雲助、柳家喬太郎など。
- 宮戸川は江戸の川だが上段には登場しないため、上方落語でも上段のみの形で演じられる。
- 下段のクライマックスは芝居のような調子になり、江戸落語には珍しくハメモノ(笛や太鼓などの鳴り物)が使われる。
- 下段のサゲは「夢は五臓の疲れ」(夢を見るのは内臓や心の疲労が原因)という諺に引っ掛けた地口オチだが、現代ではちょっと分かり辛い。その為、枕でや序盤のうちにこの諺を説明しておく事が多い。別のサゲに変えてしまう場合もある。
- 京都でお花、半七という名の男女が心中するという実際に起きた事件が原典。近松門左衛門がそれを「長町裏女腹切」という浄瑠璃に仕立て、「お花半七もの」という芝居ジャンルが確立。江戸でも「寝花千人禿」というお花半七ものの芝居が人気となり、それを初代・三遊亭圓生が落語化したものが、この噺の原型。
あらすじ
上段(お花半七馴れ初め)
日本橋小網町の質屋「茜屋」の倅・半七は囲碁や将棋にすっかりハマり、毎晩遅くまで碁会所に入り浸っていた。ある日、半七がいつものように遅く帰ってくると、家の戸が開かない。「只今帰りました」と大声で呼びかけてみても、普段から囲碁狂いが気に入らなかった堅物の父・半右衛門は「若い奉公人達に示しがつかん」と、頑として入れようとしない。締め出しを食った半七がドンドンと戸を叩いていると、隣の家でもおなじように戸を叩いている娘がいた。彼女は幼馴染の船宿の娘・お花。曰く友達の家でカルタに興じていた所、すっかり遅くなってしまい「締め出しを食べちゃった」のだとか。
半七はとりあえず霊岸島(現在の中央区新川)に住む叔父のところで一晩過ごそうと考えるが、行き場のないお花に連れて行ってくれとせがまれ、困惑。せっかちで早とちりの叔父の所に連れて行ったらどんな噂を立てられるかわかったもんじゃないと拒むのだが、お花はむしろ乗り気で、走っておいていこうとしても付かず離れず、とうとう霊岸島にまで着いてきてしまった。霊岸島の叔父は「どうせ碁か将棋でしくじったんだろう」と半七を家に泊めてやるが、一緒に入ってきたお花を見て得意の早とちり。「万事引き受けた。ちゃんと夫婦にしてやるからとりあえず早く寝ちまえ」と2人を強引に2階の部屋に上げてしまう。
同じ部屋、2人きり、布団は一組しかない。半七とお花は仕方なくお互い背中合わせで横になるが、そこは年頃の若い男女、どうにも相手が気になって寝付けない。外ではにわかに雨が降り出し、やがて雷がピカッ!ゴロゴロドーン!。驚いたお花はつい半七にしがみつく。お花の白い項や白い脚が目に入った半七は思わずお花を抱きしめ…そしてとうとう!!
上段のサゲ
「お花半七馴れ初め」で下げる場合はここで噺を打ち切り
「と、ここで残念ながらお時間が来てしまいました。お後がよろしいようで」
「良いところではあるのですが、此処から先は本の頁が破れてわからない」
など誤魔化して「お花半七、馴れ初めの話でございます」などと〆る。
下段(宮戸川)
朝を迎えた2人は叔父に間を取り持ってくれるよう頼む。お花の両親は二つ返事で結婚を許してくれたが、堅物な半右衛門は「人様の娘を手篭めにするとは!」と大激怒し、半七を勘当。その態度に怒った叔父は半七を養子に迎え、半右衛門から勘当金を巻き上げると、その金を使って2人に小さな店を持たせてやった。仲睦まじく商いに励んだ2人は少しずつ店を軌道にのせ、数年後には奉公人を何人か雇えるようになる。
そんなある日、お花は浅草に出かけたまま、行方知れずになってしまう。同行した小僧によれば、にわか雨が降ってきたので小僧に傘を取りいくよう言いつけ、雷門で雨宿りをして待っていたはずだったのだが、どこを探しても見当たらない。半七は方々手を尽くしたがとうとう見つからず。半年ほどたったある日、半七はお花を死んだものと諦め、いなくなった日を命日として葬式を出した。
そしてお花の三回忌を迎えたその日、半七は菩提寺に参った帰り道、物思いに耽りながらふらふらと歩き、歩き疲れたところで船宿に入って猪牙舟(舳先が細く尖った屋根無しの小舟)に乗る。船の上で酒を呑みたいから、と熱燗をつけるよう船頭に頼んだところへ、“正覚坊の亀”と名乗る酔っぱらいの船頭仲間がやってきて、同じ船に客として乗り込んできた。「一人酒は寂しいから」と半七が酒を勧めると、気を良くした亀が衝撃の過去を暴露する。
お花が姿を消した2年前、浅草を歩いていた亀ら3人は雷門の前で雷に驚いて気を喪っていたお花を見つけた。あたりに人気がない事をこれ幸いと、3人はお花を代わる代わる、何度も何度も慰み者にした。やがてお花が目を覚ますと、顔を見られた亀はお花の口を封じ、吾妻橋から宮戸川へと投げ捨てたのだという。そして、いま半七を乗せた猪牙舟を操っている船頭も、その中の1人だったというのだ。
それを聞いた半七。酒を進めるフリをして亀の腕を掴み「これで様子が、カラリと知れた」と言い放つ。
(ここからハメモノの音が流れ始め、芝居のような語り口と掛け合いに変わる)
亀を睨みつけ、戸惑う亀に自分こそがお花の夫であると明かす半七。青ざめる亀。
「末の報いが恐ろしく、不憫と思えど宮戸川、どんぶり投げ込む水飛沫」
「うぬらは女房の仇であるか!」
「亭主というは、手前ェであったか…!」
「ハテ、これは良いところで」
「悪い所で」
「「逢うたよナァァァ!!」」
二人の声が重なり、半七は亀に襲いかかった…!
…と言うところで、半七は小僧に揺り起こされる。お花は死んでなどいないし、行方知れずにもなっていなかった。随分と長く酷い悪夢を見ていたことに気づいた半七は、起こしに来た小僧を見て、ポツリと呟く。
関連項目
鼠穴(宮戸川と同じく「夢は五臓の疲れ」をサゲに使う)