神仏分離令(神仏判然令)以降の近代ではやや不思議な言い方かもしれないが、
中世の神道と仏教は神仏習合という考え方によって一体化されていた。
これによって大寺院は大社を奉じ、祭神も神道の神であると同時に仏教の仏であった。以下に主な寺社勢力と主要祭神を挙げる。
- 比叡山延暦寺(仏教)と日吉大社(神道)・・・山王権現(オオヤマツミ/オオモノヌシ/釈迦如来)
- 興福寺(仏教)と春日大社(神道)・・・春日神(タケミカヅチ/不空絹索観音)
- 石清水八幡宮・・・八幡大神/八幡大菩薩
山王権現は京都を守る守護神であり、春日神は藤原氏の守護神、八幡神は清和源氏の守護神である。寺社勢力は摂関家や院政、幕府の寄進によって多くの領地を経営し、強訴によって朝廷に圧力も加えた。一方で中世の民衆の信仰生活の基盤となり、鎌倉新仏教すらも比叡山の仏教を元に成立している。また諸国を旅する商工業者の生活を保障するために座の成立を支援して保護も行う。
また、崇徳上皇の怨霊信仰や平家への(奈良焼亡への)神罰、元寇に際して寺社勢力が挙って行った祈祷の成果(とされる)神風、後醍醐天皇の幕府調伏祈祷等々、時代の様相に公家と武家の対立に留まらない側面をもたらしている。
以上のような寺社の活動を、歴史学の権門体制論では公家、武家と並ぶ中世の三大勢力の一つとして位置付けている。
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