概要
平四郎虫は甲斐国の葛籠沢(つづらさわ)に発生したという正体不明の虫の群れ。
オオガ虫という別名がある。
お菊虫や常元虫のように恨みを抱いて死んだ人間が虫の群れに転生したというものだが、それらと違い大きな実害を出していることが特徴。
この点は稲を憎んだ斎藤実盛の祟りとされる実盛虫と似ているが、こちらの恨みの対象は農作物ではなく人間である。
平四郎虫の伝説
伝承によって多少の差異はあるものの、平四郎虫の伝説はおおむね以下のようなものである。
平四郎の死
江戸時代の後期、葛籠沢の村で金持ちが所有している蔵に泥棒が入った。
蔵には鍵がかかったままで、穴こそ開いていたものの人間が入れるような大きさではなかった。
そのため村人たちは「泥棒はどうやって入ったんだ?」と不思議に思っていた。
そこへ現れた村人の一人「平四郎」という若者は、
「そんな穴に入るのなんて簡単だ。こうして入ったんだろう」
と小さな穴にゴザを当て、そこに体を押し付けて身を滑らせることで蔵の中に入って見せた。
周囲の者たちは皆驚いたが、
「実際に蔵の中に入れた平四郎こそが真犯人なのでは?」
と事件解決に貢献したはずの平四郎を蔵泥棒だと決めつけてしまう。
平四郎は当然無実を訴えたが誰にも聞き入れてもらえず、とうとう役人に捕まり打ち首にされて殺された。
寛政元年(1789年)のことであった。
平四郎虫の発生
平四郎の処刑の次の年。
村やその周辺地域には見たこともない農業害虫が大量発生した。
この害虫の群れは村中の作物を枯らして回り、大きな被害が出てしまった。
それを手で取り去って駆除しようにもとてつもない悪臭を放つという特徴のせいで思うようにいかない。
害虫の被害に苦しむ村人たちは、
「これはきっと無実を訴えていた平四郎の祟りに違いない」
と確信し、この虫は平四郎虫あるいはオオガ虫と呼ばれるようになった。
その後の平四郎虫
村人たちは平四郎の怨霊の怒りを鎮めるため、「オオガ堂」という小さなお堂を作ってそこで平四郎を祀り、2月に「平四郎祭り」を行うようにした。
すると平四郎虫の被害も収まり、村は平和を取り戻したという。
この平四郎祭りは形を変えて現在でも行われているらしい。(後述)
平四郎虫の正体
・農業害虫である
・悪臭を放つ力がある
・オオガ虫に非常によく似た「オガ虫」「オーガ虫」という地方名を持つ
という点から、平四郎虫の正体はカメムシではないかと言われている。
上記の「オガ虫」という地方名はカメムシ全般を指す地域もあるが「茶色のカメムシ」を指すところもあり、その茶色のカメムシの代表種はよく人家にも入って来るクサギカメムシだろう。
(この種は最も臭いが強烈なカメムシとも言われている)
そして平四郎虫が荒らした畑は大豆畑であるとされており、クサギカメムシも大豆に被害を与えるカメムシの一種である。
(文献によっては稲田ともされているため広い範囲の田畑に被害が出たのだろうが)
前述の通り「オガ虫」はカメムシ全般を指す言葉でもあるので、オオガ虫と由来が同じだとしても平四郎虫の正体はクサギカメムシであるとは断言はできない。
(大豆を好むカメムシは種類が多いため他にも候補は沢山いる)
また、言い伝えによっては作物を枯らしたのではなく「葉を食い荒らした」とされているため、これが口伝による情報の変化(伝言ゲーム)ではなく真実そのままだとしたら「平四郎虫=カメムシ説」はあり得なくなってしまう。
(カメムシの口はストロー状であるため「吸う」ことはできても「食う」ことはできない)
ちなみに、Wikipediaの平四郎虫の記事に使われている画像はクサギカメムシである。
類似の伝説「善徳虫」
怨霊がカメムシの群れになったという伝説は平四郎虫以外にもある。
その昔、若狭国の奈胡村というところに善徳という僧侶がいた。
善徳は財産を貯めていたことが知られており、それを狙ってか何者かに殺害されてしまう。
その理不尽な死に怒った善徳の怨霊は善徳虫(クロカメムシ)の群れとなり、毎年稲田を荒らすようになってしまった。
稲を守るために駆除した善徳虫を供養する「善徳塚」という碑は今でも残されている。
平四郎虫や平四郎とその現在
平四郎虫の話はそのまま「平四郎虫」または「平四郎虫の話」「オオガ堂」などという名で民話・伝説として現代まで語り継がれたり、書籍・Webサイトなどで紹介されたりしている。
一方平四郎の方に関しては、2004年の妖怪マガジン「怪」の現地取材記事(村上健司氏による執筆)によれば平四郎を祀るオオガ堂があった位置は現在は民家になっており、お堂自体が無くなってしまっている。
しかし信仰が廃れたわけでなく、平四郎は薬師堂の中に設置された祠で祀られ続けている。
お祭りの時期は1月に変更され、他の神のものと合同で行われているようだ。
オオガ堂こそなくなったものの、現地の方には「オオガドーヘイシローさん」と呼ばれているようである。
ちなみにオオガ虫やオオガ堂に共通してつけられている単語「オオガ」は、「どのような漢字で表記しどのような意味を持っているのか」というのが今となっては現地住民にも分からなくなってしまっている。
(意味の方はともかく、漢字については元から使われていなかった可能性もあるが)