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蒼龍

そうりゅう

中国の伝説上の神獣。および、それに肖ってつけられた様々なものの固有名詞。本記事では特に旧日本海軍に存在した航空母艦として説明する。
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概要

中国伝説上の神獣四神』の一体。およびそこから名前を採られたさまざまなものの名称。
四神の蒼龍については『青竜』の頁を参照の事。

四神模様
蒼龍。



旧日本海軍の空母蒼龍

空母の「蒼龍」は、1934年11月20日に呉海軍工廠において起工し、翌年12月23日に進水ののち、1937年12月19日に竣工した正規空母。同型艦はない。

戦歴

竣工ののち、翌1938年12月15日に第2航空戦隊に編入、さらに改良型の飛龍とともに1941年4月10日、第1航空艦隊に編入された。

1941年
7.28 南部仏印進駐作戦に参加
12.8 真珠湾攻撃に参加
12.18 ウェーク島攻略作戦の支援を命じられ、南雲機動部隊より分離し、井上成美中将以下南洋部隊の指揮下に入る(~12.23)。29日に本土へ帰投
1942年
1.18 パラオ諸島へ停泊、3日後に生起したアンボン港湾空襲に参加
2.19 ダーウィン港空襲に参加。2日後セレベス島スターリング湾に入港
3.1 13時、偵察帰りの九七式艦攻が米軍の給油艦を発見、加賀と共に艦載機を発進させ撃沈。同日19時、戦艦比叡や複数の重巡と砲戦を繰り広げていた米駆逐艦を爆撃により航行不能に追い込む
3.5 チラチャップ空襲に参加。3隻を撃沈、14隻を自沈に追い込む
3.26 セイロン沖海戦に参加。英空母ハーミーズ(初代)の撃沈に貢献
4.22 本土に帰投
5.27 MI作戦参加のため日本を出発

本艦は最終的に、6月5日、ミッドウェー海戦で戦没し、艦長ら718名が戦死した。

艦名は2009年に就役した海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」に受け継がれた。海自の潜水艦の命名法則に瑞祥動物が加えられたことによるものでもある。
海自艦において、旧日本海軍の空母の名称が復活した例は、いずれも千歳型空母(改装前は水上機母艦)を先代とする「ちくご」型護衛艦「ちとせ」(現在は除籍)、潜水艦救難母艦「ちよだ」に続いて3例目だが、「ちとせ」「ちよだ」は命名法則が異なり、「ちとせ」は北海道の千歳川、「ちよだ」は江戸城の築城当時の名称である千代田城に由来していた。

最初の理想的空母の1隻

世界的に見ても「アークロイヤル」「ヨークタウン」とともに最初の理想的空母の1隻と称されたが、軍縮条約の制約により、船体は1万t級と他の正規空母に比べて小柄、しかも艦橋は非常に小さく駆逐艦並みの大きさだったと言われる。

軍令部は当初、基準排水量10050t、速力36kt、20cm砲5門、12.7cm高角砲20門、搭載機100機を要求したが、構造上無理があるため断念、また同じ正規空母の赤城や加賀の改装で得られたノウハウや、本艦のいささか前に建造された軽空母龍驤での失敗も教訓とし、建造中に何度も手直しが加えられている。 その結果武装や搭載数は引き下げられ、12.7cm高角砲16門、搭載数72機として起工することになる。
また起工前にはさらに15.5cm砲5門も装備される予定があったが、起工直前に起きた友鶴事件を機に復元性能を調査した際、性能不良と判断される。これにより設計変更も行われ、船体構造の内部応力試験や、電気溶接から鋲接構造に改めるなどの補強工事が行われたほか、15.5cm砲を全廃し、速力と航続力を減少させた設計にまとめられた。

『蒼龍』という固有名詞を持つ架空のキャラクター

(50音順)


別名・表記揺れ

青龍 青竜 蒼竜 

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