わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んで、「フーテンの寅」と発します。
概要
映画『男はつらいよ』シリーズの主人公。職業は香具師(やし)。
「それを言っちゃあお仕舞いよ」「結構毛だらけ猫灰だらけ」などのセリフが有名。
柴又のだんご屋「くるまや(後にとらや)」の本来の跡取りだが、本人にはその気はない。
実は車兄妹の中では唯一、外で父親と芸者との間にできた子である。本来は兄がいたが既にこの世を去っている。生まれた経緯や父親への反発で家を飛び出して以降、妹さくら自身は寅次郎とは面識がなかった。
実母への憧憬があり、実は逢いたがっていたが、想像していた実母像と違っていた為に仲違いしていた。が、いつの間にか和解しており、シリーズ終盤では母親について割と肯定的なコメントを残してもいる。
演者である渥美が死去した後に製作された第49作では消息がわからなくなったという扱いになっており、一方第50目ではさくらのセリフで今も生きていて旅に出ていることがわかる場面がある。
性格
人情家というイメージが先行しているが、その一方で寅次郎自身が自嘲するように、人間としては不出来な面も多い。
とにかく短気で家族相手でも平気で喧嘩を吹っかける、身内にツケ払いなど厄介事の尻拭いをさせる、短所を指摘されたり、軽率な言動を注意されたりすれば逆ギレして、場合によっては女子供関係なく暴力を振るう、些細な諍いを根に持って家を飛び出すなど大人気ない言動が目立つ。
特に第15作で起こった『メロン騒動』は語り草で、贈られてきたメロンを家族で食べようとなった時、例によって前触れも無く帰ってきた自分のことを勘定に入れなかったことに憤り、ネチネチと嫌味を言ったあげく、おばちゃんを泣かせてしまったことすらある。
その際には、寅次郎のあまりに器の小さい態度に見かねたマドンナのリリーから「普段迷惑ばかりかけているのだから、こういう時くらい気前よく『自分の事は気にしないで皆で食べて』と言えないの!?」と誰もが思っていた事を論破され、流石の寅次郎も反論の余地がなく、負け惜しみを吐きながら逃げていくしかなかった。
カタギの人間も徹底して見下しており、従業員を案ずるタコ社長に向かって「あんなボロ工場なんか潰してしまえ」などと平然と宣う。しかし、かくいう自身も中学を中退するなど学がなく、第一作目の時点ではゴルフのカップインのことを知らない(転がってきたボールを拾ってしまう)、見合いの席で下品な振る舞いをする、自身の理解できない難しい話をされると「てめえ、さしずめインテリだな」と負け惜しみのような言葉を返す。自身に教養がないことは本人も承知の上であるが、どこかコンプレックスになっているようで、虫の居所が悪いと酷く怒り出すことさえある(そのためなのか、甥の満男に対しては顔を合わせるたびに「ちゃんと勉強しろよ」と諭すことが多かった)。
その為とらや一家は勿論、柴又中からの評判はとても悪く、周りからはフーテンの寅等の異名を付けられ、柴又の親は子供に対して遊んでばかりいると寅さんみたいにバカになる、勉強しないと寅さんみたいにアホになる等とまるでダメ人間の見本のように柴又中からコケにされてしまう。また、寅次郎自身も一時は改心し結婚を志そうとするも、いざ見合いを目前に寅次郎の名前を出すと上記の性格と言動から即刻破談になり、同じようにまともな職に就こうとしても求人募集にもかかわらず働き手が寅次郎だと知ると店の名に傷が付くという理由で同様に断られる等、地元からの人望はまさに皆無に等しい。
このように、基本的にはダメ人間と言われ周囲に迷惑をかけまくる種類の人であり、伊集院光は自身のラジオで「寅さんは(傍から見れば)超嫌な奴」「親戚に居たら超厄介」と評しており、実際時を経るにつれて価値観が変化していった事に伴い、視聴者からも人間性について物言いが付くことも目立ってきた。
本編においても身内からも迷惑がられ、時には追い出されることもあるが、どこか愛嬌があり憎めないため、結局(登場人物、ファンを含め)見捨てることができないのが寅さんの魅力とも言える。特にとらやに帰ってくる際は時折気恥ずかしくて素直には帰ってこられないシーンは顕著で、バレバレな変装して帰ってきたり、人や車に隠れてひょっこり現れるなどシャイな一面も目立つ。また、調子に乗って何かを壊したりすると素直な行動を取ったりと、良くも悪くも人間臭さにあふれている。
そんな寅次郎の魅力を代表するシーンが前述の第15作の『メロン騒動』の直後に起きる『相合い傘』のシーンである。
『メロン騒動』で寅次郎とリリーが大喧嘩した後、葛飾は突然の夕立に見舞われ、大雨が降る。
傘を持っていかずに仕事へ行ったというリリーに対し、口では悪罵を吐きながらも心配で仕方がない寅次郎の様子を見て、その心内を察したさくらとおばちゃんは寅次郎に1本だけ傘を渡してリリーを迎えに行くように背中を押す。
そして、大雨で駅で立ち往生していたリリーは寅次郎の姿を見つけると、笑顔で駆け寄る。そんな彼女の態度に寅次郎も最初は素直でない態度を取りながらも、結局2人は昼間の大喧嘩などなかったかのように雨脚の収まる中を仲睦まじい相合い傘で家路へとつく。
このシーンは『メロン騒動』とセットで見る事で、寅次郎の短所と長所、そしてシリーズを代表するマドンナ リリーとの絆の深さを象徴する名エピソードとなっている。
また、複雑な生い立ちから始まる浮き沈み激しい人生を送っている為に、独特の人生哲学を持ち、甥の満男をはじめ子どもや青少年を諭す立場になることも多い。特にシリーズ終盤では満男が実質的な主役となったこともあり、満男が困った時に相談に乗って彼を後押しするような役回りが増えていった。
当時見ていた子供からも寅さんは憧れの対象であり、年齢を問わず愛されていた。このため様々なところから「是非うちの町に来てくれ(撮影ロケ地にしてくれ)」という嘆願が絶えなかったという。
なお、劇場版シリーズの前身であるフジテレビのテレビドラマ版で最終回に寅さんがハブに噛まれて死んだ(ただし直接な描写ではない)終わり方に放送終了直後に視聴者からフジテレビに抗議の電話が殺到した程で、主に男性の視聴者だったとの事で、寅さんをドラマを通してまるで自分の兄や弟、親友の様に慕っていたという。中には「よくも俺の寅を殺しやがったな!」と憤った視聴者までいたとのこと。
あれこれ
寅さんと啖呵
寅さんの職業柄、啖呵とは切っても切れない関係で、威勢のいい口調とリズムで客の注目を惹くシーンは名人芸の域。これは『寅のアリア』と言われるほどであった。
実は渥美清が若い頃に的屋衆のところに出入りしていた時に身に付けた話術であり、実質的に本物の啖呵売仕込みと言えるだろう。
人柄に関する考察
上記のように、短絡的かつ衝動的な面が目立つが、現代に生きていれば間違いなく注意欠陥多動性障害(ADHD)と診断されたのではないかとする意見がある。
実際、現代の多くの精神科医には、上記のような衝動的な言動のほか、学校の勉強についていけず落ちこぼれる、字が下手、早寝遅起き(多眠)などの発達障害の症状を呈していると指摘されている(ただし、彼のカバンの中は几帳面に整頓されており、ADHDにありがちな「片づけができない」というタイプではないことがうかがえる。もっとも、発達障害自体人によって症状が大きく異なってくる傾向があり、片付けが普通にできる人もいる)が、彼の育った時代にはそもそも発達障害という概念すら一般的でなかったことから当然良い薬などあろうはずもなく、適切な療育も受けられなかったものと思われる。
もっとも、寅次郎を演じた渥美でさえもロケ先で寅次郎姿の渥美を見て手を合わせて拝むお年寄りに遭遇して、一種の聖人像のイメージになった寅次郎・フーテンでどうしようもない設定の本来の寅次郎像と剥離が起きていた事を感じていたという。
奈良時代の寅さん?
2001年8月3日に、葛飾八幡神社にある奈良時代の古墳から帽子を被った寅さんにそっくりな埴輪が出土した。寅さんよりも面長であるが、被っているのは帽子で間違いないとのこと。男はつらいよシリーズを監督した山田洋次氏もこの出来事に「寅さんここにいたのかい?」と驚いた。
なお、奈良時代の葛飾には「孔王部 刀良」(あなほべ とら)と「孔王部 佐久良売」(あなほべ さくらめ)と読める人物がいた事も判明。この埴輪の発見は偶然にも渥美清氏の命日だったという。
あまりな偶然
「車」という名字と職業などの人物設定から、江戸時代に浅草で非人頭(被差別階級の内「非人」に属するとされた人達のリーダー)を勤めた者が代々名乗った「車善七」が役名の由来ではないか?とする説が有るが、関係者は、その説を否定している。
ただし、あくまでも偶然であるが、初代・車善七が江戸幕府に出した文書には「自分の出生地は三河国・渥美村である」という記述が有る。
演じた人物
関連タグ
星桃次郎 :ライバル映画「トラック野郎」の主人公。寅次郎が雅なら桃次郎は俗と比較される事がある。
両津勘吉 :寅次郎に並ぶ葛飾区を代表するもう一人のヒーローで本作のDVDを全て所持している寅さんファン。
破天荒な性格で周囲からは疎まれながらも慕われるという奇妙な人誑しな人物像も共通しているほか、原作者が描いた公式のコラボイラストで共演したりアニメ版のオープニングでコスプレ姿で商売をしている場面もあった。
釣りバカ日誌 :映画版が本作と同時上映たこともある作品で松竹映画としては実質的な男はつらいよシリーズの後任ポジション。
主人公の浜崎伝助は本作にワンシーンだけゲスト出演した他、アニメ版は寅次郎と同じく山寺宏一が演じた。
メトロン星人マルゥル:『ウルトラマントリガー』第13話で寅次郎のパロディを行った。