概要
関東最大の極道組織「東城会」の直系二次団体。初代組長は錦山彰。
元々は堂島組組長・堂島宗兵殺害の罪で破門され、服役していた主人公・桐生一馬が復帰した際の受け皿となるべく、堂島組若頭及び風間組組長・風間新太郎の計らいで設立された三次団体だったが、風間の配慮が悉く裏目に出た上に周囲の悪意や身内の不幸が重なった結果、錦山を冷酷な人物へと変貌させ、東城会屈指の野心的な組となった。
錦山の野心的かつ強引な手腕によって勢力を拡大させ2005年の時点で既に直系組織へと昇格。東城会内の一大勢力になるまでの規模となっている。
しかし性急な勢力拡大の結果、人材はお世辞にも育っているとは言えず、組員の殆どが欲望や野心を隠そうとしないという、同じ極道の視点から見ても無法者且つDQNの集まりと化している(当の錦山自身、既に重度の人間不信に陥っており、組員の暴走や素行に関しては殆ど放置していた模様)。
一方で錦山による「力こそ全て」的な一種の実力主義は野心を抱く一部の層からは支持されており、東城会内でも一定の地位を確立している。
各作品での動向
消えた100億と東城会四代目会長の座を巡り、桐生と熾烈な戦いを繰り広げた末に、錦山が死亡する。
若頭だった新藤が二代目を襲名し、五代目会長・寺田行雄の采配に便乗する形で東城会内において、同じく100億円事件で組長が死亡した嶋野組を吸収。
勢力を維持していたが、近江連合との戦争において、桐生が帰還したことで怪しい動きを見せて千石虎之介に唆され東城会を裏切り、クーデターを引き起こすも、桐生との一騎打ちに敗れ失敗。新藤自身も堂島大吾に射殺される。
本来ならこの時点で絶縁されてもおかしくないのだが、当時新参者だった峯の辣腕により、錦山組が東城会のシノギの内7割もの上納金を叩き出し、財政回復を担っていた為、存続を許されている。
三代目組長の神田が東城会の跡目を狙い桐生抹殺を宣言するが、桐生に手も足も出ずに敗北。東城会を混乱させた制裁として弟分である峯によって処刑された。
その後、再三に渡る不義理の末、遂に解体された(続編の『4』にて解散した事が語られている)。
所属キャラクター
歴代組長
- 初代:錦山彰
初代組長。
桐生一馬の幼馴染で兄弟分。
詳細は当該記事を参照。
- 2代目組長:新藤浩二
初代若頭で、錦山に心酔している。
詳細は当該記事を参照。
- 3代目組長:神田強
錦山が組長だった頃は鉄砲玉にもならないチンピラだった。
詳細は当該記事を参照。
また、『ONLINE』で、新藤死亡後に神田と跡目を争った2代目組長代行が登場する。
組員
若中。後に絶縁されて脱退。
舎弟頭。風間の命令で堂島組から移籍。
桐生側に情報を流していたことが錦山に発覚し、麗奈を庇って死亡。
元組員。神田の弟分だったが、のちに白峯会として独立。
- 長谷部(CV:中井和哉)
三代目若頭。『3』に登場。
若頭という立場上、交渉の際は一応話し合いで解決しようとはするが、本質的には根っからの武闘派の暴力主義者。
風間組との抗争のためにスターダストの営業権を一輝から脅し取ろうとしたが駆けつけた桐生によって倒された。
戦闘では素手のほか日本刀を使い、『見参!』の伊東一刀斎に似た剣術で戦う。
- 西野
組員。『3』に登場。
錦山組の一員らしく、他者に対して高圧的な態度を取るが、組長である神田に振り回されて辟易している苦労人でもある。
- 松重(CV:池田ヒトシ)
組員。『極』に登場。
元は風間組に所属するやり手で、風間組でも有数の太いシノギを持っており、それを極道の「格」として自負している。
しかし、その一方で仁義を欠いた行為や他者の弱みにつけ込む行為を平然と行うなど、悪辣な性格。
シノギのノウハウを学ばせる為に風間からの指示で錦山組に移籍するが、経験の浅い錦山を事あるごとに桐生と比較して徹底的に見下し、それを隠そうともしない。
錦山が妹・優子の治療費の工面に困り、恥を忍んで金策を頼んだ事をきっかけに組の実権を握り、元々の所属先である風間組のシマからみかじめ料を取るなどの暴走を繰り返した挙句、優子の担当医・日吉公信の裏切りで金を借金返済に当てて持ち逃げされ、優子を失い絶望している錦山に追い討ちを加えるように罵声を浴びせた事で理性の箍が外れた錦山に刺殺され、あっけない最期を遂げる。
なお、裏切った担当医の借金を取り立てていたのは松重であり、それが日吉の裏切りに繋がり、優子の治療が間に合わず死亡した一因となっているが、松重当人がそれを知っててわざと日吉の裏切りを誘発したのか、知らずに偶然そうなってしまったかは定かではない。
尚、『ONLINE』にて錦山を裏切った日吉も松重の死後、錦山組の網にかかって捕らえられ、最後は錦山からの報復で、優子の治療費と同額の値段(3000万円)で海外の臓器ブローカーに『素材』として売り飛ばされていった。
余談
- 錦山組と銘打ってはいるが、上述の通り組自体は元々桐生が出所した後の受け皿として立ち上げられたものであり、言わば桐生の為に作られた組織とも言える。
- そういう意味では、嶋野太が錦山を唆す際に指摘した「風間は桐生に組を継がせたいだけ」という指摘も、あながち間違いでは無いのかもしれない。