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Frundsberg(SS-PD)

ふるんつべるぐ

武装親衛隊38師団の一つ。師団名は、15世紀ドイツ人の英雄ゲオルク・フォン・フルンツベルク(ランツクネヒトの父)に由来。
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概要

第9SS装甲師団ホーエンシュタウフェンと同時期に編成され、序盤は同師団と第2SS装甲軍団を構成し行動を共にした。

1943年初頭、予想される連合国軍の侵攻に対応するための予備兵力として設立された。
しかし、初陣を1944年4月のウクライナにて経験し、その後西部戦線へと移り西側連合国と戦闘を交えるが敗走。ベルリン南西部のラウジッツで終戦を迎えた。

 フランスよりの敗退後は第9SS装甲師団と共にオランダに後退するも、その折に未配備だったパンター戦車が師団に配属される事となり、本国で再編成を受ける第9SS装甲師団と袂を分かってオランダに残る事となったが、この折に将兵は第9SS装甲師団は前師団長が所属する第2SS装甲軍団司令官ヴィルヘルム・ビットリッヒ中将なので、贔屓されていると妬んだという。

 そしてパンターを受け取れないまま英米連合軍のマーケット・ガーデン作戦の攻勢を受けて第9SS装甲師団と共に奮戦する事となる。
 その後はSS装甲軍団に組み込まれる事無く、目立たない過酷な戦場をドイツ降伏まで西部・東部戦線共に味あわされる事となったという。

師団名は、15世紀ドイツ人の英雄ゲオルク・フォン・フルンツベルク(ランツクネヒトの父)に由来。

余談

ノーベル賞受賞作家のギュンター・グラスは、当師団に1945年2月(当時17歳)の大戦末期に配属され、同年4月20日に負傷するまで戦車の砲手(装填手)として務めていた。
(1999年にノーベル文学賞受賞、受賞理由は「遊戯と風刺に満ちた寓話的な作品によって、歴史の忘れられた側面を描き出した」からである。)

78歳を迎えた2006年8月、自伝的作品『玉ねぎの皮をむきながら』において、WW2の敗色濃い1944年11月、満17歳でもって志願の許される武装親衛隊(陸軍・海軍・空軍は義務兵役年齢に達していないと入隊できない)に入隊(当時17歳)、基礎訓練の終了を待って、1945年2月ドイツ国境に迫るソ連軍を迎撃する第10SS装甲師団に配属され(当時17歳)、同年4月20日に負傷するまで、戦車の砲手(装填手)として務めた過去を数ページに亘り記述した。
同月11日付け日刊紙フランクフルター・アルゲマイネのインタビューで、この記述を事実と言明した。

この言明はドイツ国内に大きな波紋を呼び、国際的に広く報道された。大手ニュース週刊誌デア・シュピーゲルも同15日付で、米軍文書からその事実を確認したと報道している。

歴代師団長

ミヒャエル・リッペルトSS大佐1943年 2月1日~2月15日
ロタール・デベスSS少将1943年 2月15日~11月15日
カール・フォン・フィッシャー=トロイエンフェルトSS中将1943年 11月15日~1944年4月27日
ハインツ・ハルメルSS少将1944年 4月27日~1945年4月28日
フランツ・ローステルSS中佐1945年 4月28日~1945年5月8日


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