概要
一般的に4ストロークエンジンは燃焼ガス(ガソリンと空気の混合気)を吸気し、それを燃焼させることで動力を発生させ、燃焼済みのガスを排気するというサイクルを繰り返す仕組みになっている。吸気量および排気量は、ピストンの上下動に伴うバルブの開閉時間(バルブタイミング)・リフト量によって制御される。
エンジンの回転数が低いときは、バルブを少ない時間で少なく開け、回転数が高いときは、バルブを長い時間に大きく開けるなど、吸気効率の良いバルブタイミングとバルブリフト量を回転数にあわせて調整することが望ましい。VTECは、バルブの開閉タイミングとリフト量をエンジンの回転数に応じて変化させ、吸排気量の調整を行う技術「可変バルブ機構」のひとつである。
初期のVTECは、カムシャフトにハイ/ロー2種類のカムを設け、そこに接するロッカーアームを一定の回転数に達した際に切り替え、バルブタイミング・リフト量を変化させる。VTEC以前にも、カムシャフトを油圧によりスライド(回転)させ、クランクシャフトに対する相対的な位相(角度)を変える方式は実用化されていたが、リフト量とバルブタイミングを同時に変化させる機構はVTECが初めてであった。
これにより、低回転域と高回転域それぞれにおいて、バルブタイミングおよびリフト量が最適化され、低回転域のトルクと高回転域のパワーを両立させることが可能となった。B16A型エンジンに初めてこの機構が搭載され、自然吸気エンジンでありながら排気量1Lあたり100馬力超を実現した。
NAエンジンユニットとしては非常に高回転型エンジンとして知られており、そのかん高いエンジンサウンドを好むファンも少なくない。また低回転から高回転へ切り替わった時のサウンドは「ンバー!」などと表現されているが、この切り替わりの瞬間が癖になってしまう車・バイク好きは後を絶たない。
ただしi-VTECに代表される最近のホンダ量販車の多くに採用されているタイプのVTECでこのサウンドを聞くことは難しく、もっぱら趣味性の高い車種や旧車に限られる。
この機構の発案については、焼き鳥屋でねぎまを焼いている様子を見ていた技術者が、串に打たれた具材が回ったり回らなかったりする(ネギは回るのに肉は回らない、など)のを見て、発想したものである。
また、VTEC-Eを開発する際にはスワールの研究ではトイレの小便器で用を足す角度まで参考にしていた。
歴史
1989年4月19日
インテグラに搭載されたB16A型エンジン(1.6L 直4 DOHC)に初めて採用された。1991年9月10日発表の5代目シビックには、SOHCエンジンにも搭載された。この際には2種類のVTECが設定され、ひとつは吸気バルブをDOHC VTECと同様に低回転、高回転で切り替える「VTEC」と、もうひとつは2つある吸気バルブのうち片側をほぼ休止し、リーンバーン運転をするVTEC-Eである。1995年9月4日発表の6代目シビックでは、2つを統合した3ステージVTECが搭載された。
2000年
それまでの、ハイ/ローカムを回転数によって切り替える制御方法に加え、吸気側のクランクシャフトに対する位相を、回転数や負荷に応じて無段階で連続変化させるVTC(Variable Timing Control、連続可変バルブタイミングコントロール機構)も加わったi-VTECへと進化。名称にはintelligentの頭文字のiが付与され、エンジンの知能化を示している。2003年には、i-VTECにホンダ初の直噴ガソリンエンジンとなるi-VTEC Iや、V型6気筒のうち片バンクの3気筒を休止させるVCM(Variable Cylinder Management 、可変シリンダー機構)を備えたものが開発されるなど、様々なバリエーションが存在する。
VTECのバリエーション
DOHC VTEC
1989年4月19日に発売されたインテグラに初めて搭載された。口頭などでただ単に「VTEC」と言った場合はDOHC VTECを指す場合がほとんどである。吸気側、排気側ともに二段のカムシャフトを備えており、バルブタイミングとリフト量を変化させる。以後、i-VTECが登場するまでは、高回転・高出力型エンジンのみの設定であった。
基本的な仕組みは以下のとおりである。カムは高回転用・低回転用の2種類を同じシャフトに隣接して備える。バルブはカムの直押しではなく、同じく2種類のロッカーアームをそれぞれ間に挟んでいる。このうち、バルブに直接接しているロッカーアームは低回転用のみで、高回転用は低回転時において空振りするようになっている。高回転時はピンが油圧によってロッカーアームを貫き、低回転用と高回転用の動きを同調させる。この際、カムがロッカーアームを押し下げるにあたって、カム山は高回転用の方が大きいため、今度は低回転用カムがロッカーアームに届かず、空振りする。これにより、高回転用カムによる動作が高回転用ロッカーアーム、さらにはピンを介して低回転用ロッカーアームへ伝わることで、バルブの動作は高回転用カムに従う。この動作はエンジン油圧・エンジン温度・車両速度・エンジン回転速度とスロットル位置などを考慮し、ECUでコントロールされる。
インテグラの他、シビック/CR-Xが、B16A型エンジンを搭載し日本とヨーロッパで販売された。北米には、1990年にアキュラ・NSXがC30A型エンジン(3.0L V6)を搭載し販売された。他の車両では、1992年のアキュラ・インテグラ(B17A型 1.7L 直4)、1993年のプレリュード(H22A型 2.2L 直4)やCR-X delSol(B16A型)などに採用されている。
SOHC VTEC
1991年9月10日に発売された5代目シビックに初めて搭載された。吸気側のみのバルブタイミング・リフト量を変化させる。DOHC VTECに対して発表当時は単にVTECとのみ表記された。以後、ホンダ車の大衆エンジンに広く用いられる。カム切り替えに関する機構の面ではDOHC VTECと共通である。SOHCのみをラインナップするD型エンジンシリーズにて後述のVTEC-Eと併せて多数採用。
VTEC-E
上述のSOHC VTECと同時にシビックに初めて搭載された。2つあるSOHCエンジンの吸気バルブのうち、片方をほぼ休止させることによりリーンバーン運転を行う。低回転低負荷時は2分割されたロッカーアームの片方がほぼ山の無いダミーカムに追従しており片方のバルブのみが開くようになる。高回転高負荷時はロッカーアームが連結され両バルブが開くようになる。7代目シビックに搭載された「D15B」「D17A」、フィットなどに搭載される「L15A」「L13A」にも「VTEC」の名でVTEC-Eに類似したバルブ休止機構が搭載された。低回転低負荷時の充填効率向上を狙った機構ではあるがリーンバーン運転は行っていない(シビックのD15Bにはリーンバーン仕様があるが、表記はただの「VTEC」)。
3ステージVTEC
1995年9月4日に発売された6代目シビックに初めて搭載された。SOHC VTECとVTEC-Eを統合したもので、低回転域では吸気バルブのうち片方をほぼ休止してリーンバーン運転を行い、中回転域では吸気バルブ2バルブ運転、高回転域では高速カムによる運転を行う。
シビックのモデルチェンジにより一時ラインナップから消えたが、2005年9月20日に発表されたシビックハイブリッドでは3ステージi-VTECとして復活した。これはハイブリッドカー向けのIMAシステムとの連携最適化を見据えたもので、減速時に全気筒休止を行うように改良されたものである。
i-VTEC
2000年10月26日のストリームの発表において、VTCを採用したK20A型エンジン(2.0L 直4)に初めて搭載された。
以後、同社のカム切り替え機構を備えたエンジンはi-VTECと称され、VTCに限らず何らかの新機軸を盛り込んだVTECのことを指す。そのため、名称は同じでも機構面ではいくつかのバリエーションが存在する。2002年10月10日にK24A型エンジン(2.4L 直4)がアコードとアコードワゴンに搭載された。2003年6月18日にはVCM仕様のJ30A型エンジン(3.0L V6)がインスパイアに搭載された。2007年10月18日にはVTEC-E仕様のL13A型ならびにSOHC VTEC仕様のL15A型が2代目フィットに搭載された。
A-VTEC advanced-VTEC
2005年、3年以内に導入するとホンダからアナウンスされた。連続可変バルブリフトを実現するものであるが、現在まで搭載された車種は発売していない。
VTEC TURBO
2015年4月23日に発売されたステップワゴン(5代目)に、1.5Lエンジンとして初めて搭載された。VTECと名付けられてはいるが、1.5Lエンジンでは給排気デュアルVTCによって位相変化の可変バルブタイミング機構を備えているのみである。その他、CR-V(5代目)やシビック(10代目以降)にも搭載されている。
燃料直噴機構や電動ウエストゲートによって、従来のターボ車にありがちであったターボラグや燃費低下を防いでおり、1.5Lでありながら2Lエンジン、またはそれ以上に匹敵するパワーとトルクを絞り出す。それでいて1.5Lであれば自動車税が従来の1.6Lや2Lの自然吸気エンジンに比べて自動車税がワンクラス安く済むので、税制面でも優しい。いわゆる「ダウンサイジングターボ」である。
2016年から発売されたシビックタイプRには2Lモデルの専用チューンされたエンジンが搭載され、最大出力320馬力というランエボやWRX並みの大パワーを発揮し、ニュルブルクリンク北コースにおける前輪駆動車世界最速記録を打ち立てた。
一部の車好きは「VTECエンジンにターボを追加するなど邪道」という考えをする者もいるが、元々ホンダ自体はターボのノウハウはF1の技術等を応用してたっぷり蓄積しているし、決してメーカーとして否定しているわけでもない。最高回転数は6500回転に下がるため、超高回転まで回す楽しみは減るものの、アクセルを踏んだ瞬間から力強く、かつ滑らかに加速していくフィーリングは、以前のDOHC VTECとはまた別種の楽しみがあるともいえる。
VTEC採用状況
1989年のインテグラでの初採用以来、「ホンダ車のエンジン=VTECエンジン」というイメージがユーザー間に植え付けられるほど、VTECエンジン採用車種は多くなった。国内においては2021年現在、同社によって生産されているエンジンはほぼ何かしらのVTEC機構を備えている。これまで軽自動車用エンジンにはVTEC機構が搭載されていなかったが、2017年登場の「S07B」には自然吸気仕様のみではあるが採用された。
2000年にi-VTECが登場してからは、VTECエンジンはエンジンの世代交代と共にi-VTECへの移行が進み、2010年現在、i-VTECへ移行していないVTECエンジンは一部の大排気量エンジンと少数になった。
以前の1.5L以下のエンジンにおいては、VTEC機構採用・非採用のエンジン双方生産されており、こうした小排気量のエンジンには、より低燃費化が図れるi-DSIの採用が拡大していた。VTECエンジンとi-DSIエンジンの双方をラインナップに揃えている車種では、VTECエンジンではパワフルさを、i-DSIエンジンでは経済性をアピールすることで、棲み分けを図っていたが、2007年発売の2代目フィットから1.3Lのi-VTECエンジンが標準で搭載されるようになった。
四輪車以外のVTEC
二輪車
オートバイ用には、設定回転数以下で吸排気バルブのそれぞれ一つを休止し、4バルブから2バルブへと切り替えるREV機構(CBR400F、1983年12月発売)があり、その後HYPER VTEC(CB400SF、1999年2月発売)へと発展した。
HYPER-VTEC
1999年2月に発売されたCB400SFに搭載された。基本動作はVTEC-Eと同じであるが、構造的には四輪エンジンとは全く異なる、二輪特有のREV機構の発展型である。ロッカーアームを持たない直押しタイプでのバルブ休止を世界で初めて実現した。直押しタイプはバルブの動的荷重が軽くなり、より高回転での追従性が高くなる。
船外機
大型の製品の一部にVTEC機構が採用されている。これら製品は機関部が自動車用エンジンから発展してきたためVTEC機構の構造や特性も似ている。
余談
「VTECサウンドを聞くと赤ちゃんが泣き止む」という話があり、ホンダ公式でも紹介されたことがある。
一般には反町隆史の歌唱曲『POISON』でも同様の効果があることが知られているが、どちらのケースもまだ母親の胎内にいた頃に聞こえていた音に近いから、というのが理由とされている。
主に新型車のレビュー等を行うcarwowのYouTubeチャンネルにて6月3日(日本語版は6月10日)にエンジンオイルとクーラントを抜いて走るとどうなるかという企画で、SOHC VTECを搭載している欧州仕様MA型シビックとプジョー 206、フォードフォーカスの3台で耐久テストをした結果、206とフォーカスが1分未満で壊れたのにもかかわらず、MAシビックは6分22秒も生き残っていた(しかも、他2台は静止状態だったが、MAシビックは走行もしていた)。さらに、止まった後にエンジンとラジエーターにメントスとコーラを入れたところ、少しの間であったが自走した。ホンダ恐るべし……。