概要
賢治の死後に遺された未発表作で、初稿から第4次稿まで存在し、大幅に内容が異なっている。一般的に知られるのは第4次稿のストーリー。
作中には宇宙に関する色々な要素が散りばめられている。内容全体の解釈は様々で未だ定まっていない。
アニメ映画・CG映画・ミュージカル・朗読劇など多数の作品化がなされており、近年の漫画やアニメにも多大な影響を与えており、本作をモチーフとして取り入れた後代の作品も多い。
あらすじ
空想好きな少年・ジョバンニは、長く家を空けている父親の事で同級生にいじめられながらも、貧しい家計を支える為にアルバイトをしながら学校に通う毎日を送っていた。
届かない牛乳を取りに街に出た帰り、祭りの最中にまた同級生から心無い罵声を浴びせられ、ジョバンニは、ひとり寂しく丘の上に立つ。
するとどこかで「銀河ステーション,銀河ステーション」という不思議な声がしたと思うと,目の前が明るくなる。
気がつくと,ジョバンニは、夜に走り続ける小さな軽便鉄道の車室に座っていた。目の前には、ジョバンニの唯一の親友である少年・カムパネルラの姿があった。
主な登場人物
ジョバンニ
「どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでゆこう。」
貧しい家計を支える為にアルバイトに励む、孤独で空想好きな少年。漁師である父が長らく家を空けている為、友達に「お前の父親はラッコの密猟で投獄されている」と噂され、苛められている。母と二人で暮らしており、一人暮らしをしている姉がいる。
カムパネルラ
「皆はねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。」
ジョバンニの同級生であり親友で、父親同士も親友だった。裕福な家庭に育っている優しい性格で、他の同級生がジョバンニをからかう際は気の毒そうにしている。ジョバンニと銀河鉄道に乗り込み、共に旅するが……。
現代表記として「カンパネルラ」を採用する資料もある。
ザネリ
「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着がくるよ。」
ジョバンニの同級生。先頭に立ってジョバンニを苛める。
典型的な悪役だが、彼の生死を分かつある出来事が、物語の最大のテーマに絡んでくる。
大学士
「あるいは風や水やがらんとした空にみえやしないかということなんだ。」
学説を証明する目的で、プリオシン海岸で古代牛の化石を発掘している。
理系の割にかなり詩的な表現をする。あと人使いが荒い。
鳥捕り
「あなた方はどちらへいらっしゃるんですか。」
乗客の一人。雁や鷺などの鳥を捕まえ、食用に売る商売をしている。ジョバンニやカムパネルラに売り物の鳥を惜しげもなく分けてくれる気前の良い人物。
ジョバンニの視線から読むと、どこか同情に値する生活を送っているらしいのだが、意外にも切符の正しい値打ちが解るぐらい広い見聞を持ちあわせている。
燈台守
「なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中のできごとなら
峠の上りも下りもほんとうの幸福に近づく一歩づつですから。」
乗客の一人。灯台の明かりを規則通りに間歇させるのが仕事。クレーマーにべらんめぇ口調で啖呵を切る威勢の良い人物だが、上記の台詞で見ず知らずの人を励ますなど良識もある。ジョバンニやカムパネルラ、かおる達にリンゴを分けてくれる。
かおる、タダシ、青年
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに到るために
いろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
12歳くらいの姉、6歳くらいの弟、二人の家庭教師。乗っていた船(タイタニック号)が氷山に衝突して沈没し、気がつくと銀河鉄道に乗っていた。回想の話から現世ではすでに死亡していると推測される。
上記の台詞は青年の物だが、かおる、タダシと交わす会話の中に出てくる寓話さそりの火は、物語のテーマに深く関係してくる。こちらもよくリスペクトされている。
また、描写と言動から彼らはクリスチャンと推測される。生前の賢治はクリスチャンとも熱心に交流を持っていたが、同時にその教義の根本的な食い違いには頭を悩ませていた。物語の終盤、ジョバンニもまた同じ問題に直面しする事になる。恐らく実体験から導き出されたそのすっとしない結果は、この物語のテーマが実行するにあたっていかに難しいかを物語っている。
カムパネルラの父
「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」
第4次稿にのみ登場。カムパネルラがザネリを助けて溺れた際、ジョバンニにカムパネルラの生存の可能性が無い事と、ジョバンニの父が帰ってくる知らせを伝える。
ブルカニロ博士
「そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」
初稿から第3次稿のみに登場する「やさしいセロ(チェロ)のような声」をした大人。ジョバンニが銀河鉄道に乗ったのは博士の実験によるものだった。銀河鉄道内では、どこからともなく声が聞こえるか、乗客として現れる。ジョバンニにものの見方や考え方などを指し示す。
後述のアニメには未登場。何故第4次稿で削除されたのかは不明だが、彼の話題は難解で哲学的なため、子供の読む童話としての難易度を上げてしまうからだと推測される。そのため、絵本や教科書に載るのは大抵博士の登場しない第4次稿が主流となり、おそらく同じ理由でアニメも降板となった。
だが、同時に賢治の伝えたかった物語の骨子もまたここに含まれている。大人になってから再び読み返すと、その深さに圧倒されるだろう。
アニメ映画「銀河鉄道の夜」
1985年に制作された劇場用アニメ映画。杉井ギサブロー・監督、別役実・脚本、細野晴臣・音楽。登場キャラクターが猫で描かれているますむらひろしの漫画が原案となっている。
毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞。
ストーリーは第4次稿を基にしている。
出演
ジョバンニ:田中真弓
カムパネルラ:坂本千夏
鳥捕り:大塚周夫
無線技師:青野武
カムパネルラの父:納谷悟朗など
pixivに投稿された作品にもこの映画に関連するものが多く、影響力の高さが窺える。
作中の登場人物の殆どが擬人化された猫であることにより、一部の宮沢賢治研究家から非難を浴びた。賢治が(人間と同じぐらいに)猫が嫌いだった、という一部の研究家の主張も背景にあったようである。
実際賢治の作品で猫が出る物は注文の多い料理店猫の事務所セロ弾きのゴーシュなど複数存在するが、大抵の猫はずるい性格でいい役を貰っていない。
ちなみに賢治は犬も嫌ってた。理由は人間にヘーコラするから。賢治と言えばケモノと考えられるようになった現代のケモナーたちからすれば受け入れがたい事実だろう。
余談
勘違いされやすいが、終盤登場する石炭袋とは暗黒星雲の一種であり、連想されやすいブラックホールではない。
そして暗黒星雲は新しい銀河が生まれる前の星間ガスの集合体であり、言わば「銀河の卵」。
そこを「ほんとうの天上」と呼ぶカムパネルラは、決して悲観してそこへ向かった訳ではないのだ(編者の解釈)。