概要
賢治の死後に出版された作品。初稿から第4次稿まで存在し、大幅に内容が異なっている。
しかもそれらは全て草稿であり、賢治が定稿を決めるより前に亡くなってしまったため、現在ではどのバージョンが正解だとは誰も言えない状況となっている。ゆえに初稿から第4次稿までそれぞれが単独で出版されている。
著作権が切れているのでどれかは不明ではあるもののオンライン上で読む事が可能。
現在で一般的に知られるのは第4次稿のストーリーだが、これは後述する1985年のアニメ映画の影響が大きい。それ以前は第3次稿の方がメジャー向けとして出版されていて一般的に知られていた。
ゆえに、この作品は世代によって印象が異なる可能性がある(特にエピローグシーン)。
作中には宇宙に関する色々な要素が散りばめられている。物語全体の解釈は研究者により様々で、未だ定まっていない。
「銀河を走る列車」という鮮烈なイメージや「死者を異界へと運ぶ乗り物」というギミックは後代の創作に多大な影響を与え、漫画からアニメ、楽曲など、本作をモチーフとしたさまざまな作品が生み出され続けている。
アニメ映画・CG映画・ミュージカル・朗読劇など、各種メディアで作品化されている。
あらすじ
空想好きな少年・ジョバンニは長く家を空けている父親のことで同級生にいじめられながらも、貧しい家計を支える為にアルバイトをしながら学校に通う毎日を送っていた。
ある日、ジョバンニは届かない牛乳を取りに街に出た帰り、年に1度の「ケンタウルス祭」の会場となる広場で、同級生のザネリたちから心無い罵声を浴びせられる。
気の毒そうに彼を見る親友のカムパネルラの視線を感じながら、ジョバンニは思わず駆け出し、丘の上に辿り着く。孤独感と悲しみでいっぱいになったジョバンニはその場に横たわり、「天気輪の柱」の下で星空を見上げていた。
するとどこかで「銀河ステーション、銀河ステーション」という不思議な声がしたかと思うと、いきなりまばゆい光を感じて目がくらむ。
気がつくと、ジョバンニは夜に走り続ける小さな軽便鉄道の車室に座っていた。目の前には、ジョバンニの唯一の親友である少年・カムパネルラの姿があった。
主な登場人物
ジョバンニ
「どこまでもどこまでも、僕たち一緒に進んでゆこう。」
孤独で空想好きな少年。
漁師である父が長らく家を空けている為、同級生のザネリたちに「お前の父親はラッコの密猟※で投獄されている」と噂され、苛められている。
姉は実家を出ており、病弱な母と2人暮らし。貧しい家計を助けるために活字拾いのアルバイトに励むが、幼いゆえに勤務先でもからかわれる毎日。
疲労といじめ問題から、親友だったカムパネルラと遊ぶことも少なくなり、より孤独を深めていた。
銀河鉄道に乗り込んだことで、思いがけずカムパネルラと2人、不思議な旅に出ることになるのだが……。
※物語が執筆された当時、ラッコの毛皮は高級品として高値で取引されていたため、実際に密猟が横行していた。
カムパネルラ
「皆はね、ずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。」
ジョバンニの同級生であり親友で、父親同士も親友だった。裕福な家庭に育ち、彼の家にはアルコールで走行する模型の汽車があった。
誰にも優しい性格で、ザネリたちいじめっ子がジョバンニをからかう際は気の毒そうにしている。
ジョバンニと共に銀河鉄道で旅をする。しかし、彼が列車に乗り込んでいたその理由は……。
現代表記として「カンパネルラ」を採用する資料もある。
ザネリ
「ジョバンニ、お父さんからラッコの上着がくるよ。」
ジョバンニの同級生。先頭に立ってジョバンニを苛める。
典型的な悪役だが、ザネリの生死を分かつある出来事が、物語の最大のテーマに絡んでくる。
またザネリの性別については作中明言されておらず、アニメ映画版では少年として描かれている。
大学士
「あるいは風や水やがらんとした空にみえやしないかということなんだ。」
学説を証明する目的で、プリオシン海岸で古代牛の化石を発掘している。
理系の割にかなり詩的な表現をする。あと人使いが荒い。
鳥捕り
「あなた方はどちらへいらっしゃるんですか。」
乗客の一人。雁や鷺などの鳥を捕まえ、食用に売る商売をしている。ジョバンニやカムパネルラに売り物の鳥を惜しげもなく分けてくれる気前の良い人物。
ジョバンニの視線から読むと、どこか同情に値する生活を送っているらしいのだが、意外にも切符の正しい値打ちが解るぐらい広い見聞を持ちあわせている。
燈台守
「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも、それがただしいみちを進む中のできごとなら、峠の上りも下りもほんとうの幸福に近づく一歩づつですから。」
乗客の1人。灯台の明かりを規則通りに間歇させるのが仕事。クレーマーにべらんめぇ口調で啖呵を切る威勢の良い人物だが、上記の台詞で見ず知らずの人を励ますなど良識もある。ジョバンニやカムパネルラ、かおるたちにリンゴを分けてくれる。
かおる、タダシ、青年
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに到るために、いろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」
12歳くらいの姉、6歳くらいの弟、2人の家庭教師。乗っていた船が氷山に衝突して沈没し、気がつくと銀河鉄道に乗っていた。
上記の台詞は青年の物だが、かおる、タダシと交わす会話の中に出てくる寓話さそりの火は、物語のテーマに深く関係しており、こちらもよくリスペクトされている。また、描写と言動から彼らはクリスチャンと推測される。主人公達の名前などのように「特に何処の国とも特定されない」要素が多用される本作で、明白かつ濃厚に現実世界や日本という国に依拠すると思われる背景を持つ点でかなり異質で珍しい登場人物達。あるいは定稿が未完で草稿段階故なのかもしれないが今となっては何とも言えない。
- 幼い姉弟と家庭教師が遭遇した悲劇はタイタニック号沈没事件をモチーフとしている。
- 生前の賢治はクリスチャンとも熱心に交流を持っていたが、同時にその教義などについて、自身の主義や死生観との間に違和感を感じていた。
カムパネルラの父
「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」
第4次稿にのみ登場。学者であるらしく、作中では博士と呼ばれている。カムパネルラがザネリを助けて溺れた際、ジョバンニにカムパネルラの生存の可能性が無いことと、ジョバンニの父が帰ってくる知らせを伝える。
ブルカニロ博士
「そこでばかり、おまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行けるのだ」
初稿から第3次稿のみに登場する「やさしいセロ(チェロ)のような声」をした大人。ジョバンニが銀河鉄道に乗ったのは博士の実験によるものだった。銀河鉄道内では、どこからともなく声が聞こえるか、乗客として現れる。ジョバンニにものの見方や考え方などを指し示す。
後述のアニメには未登場。何故第4次稿で削除されたのかは不明だが、彼の話題は難解で哲学的なため、子供の読む童話としての難易度を上げてしまうからだと推測される。そのため絵本や教科書に載るのは、大抵博士の登場しない第4次稿となっている。
だが、同時に賢治の伝えたかった物語の骨子もまたここに含まれている。大人になってから再び読み返すと、その深さに圧倒されるだろう。
本作を原作とする作品
アニメ映画「銀河鉄道の夜」
1985年に制作された劇場用アニメ映画。杉井ギサブロー・監督、別役実・脚本、細野晴臣・音楽。登場キャラクターを擬人化した猫で描いたますむらひろしの漫画が原案となっている。
毎日映画コンクール・大藤信郎賞受賞。
ストーリーは第4次稿を基にしている。
出演
ジョバンニ:田中真弓
カムパネルラ:坂本千夏
鳥捕り:大塚周夫
燈台守:常田富士男
無線技師:青野武
ザネリ:堀絢子
マルソ:一城みゆ希
ジョバンニの母:島村佳江
カムパネルラの父:納谷悟朗
先生・学者:金田龍之介
ただし:渕崎ゆり子
など
pixivに投稿された作品にもこの映画に関連するものが多く、影響力の高さが窺える。
作品に対する批評
映画そのものは好評を得、地上波でも放送されたり、番組のテーマとして取り上げられたりなど、根強い人気を保っている。
しかし、作中の登場人物の殆どが擬人化された猫であることが、議論を呼び起こすことになった。
視聴者の間では、読者それぞれが持つイメージを邪魔しないとして好意的に受け止められる一方で、未読の人々が原作の登場人物も猫だと誤解するのではないか、と懸念する声もあった。
また、一部の宮沢賢治研究家からは、賢治が(人間と同じぐらいに)猫が嫌いだった、として批判を受けている。
- この批判について、ますむらは著書『イーハトーブ乱入記』(ちくま新書)の中で制作の経緯を述べるとともに反論を行っている。
確かに賢治の作品では注文の多い料理店、猫の事務所、セロ弾きのゴーシュなど、猫の出演する作品が複数存在するものの、「料理店」では得体の知れない人食いの魔物、「事務所」では内輪いじめをするような嫌らしい性格として描かれているうえ、「セロ弾き」では気取った態度にむかついた主人公のゴーシュに虐待されるなど、碌な役をもらっていない。
ただし猫の落書きなどが多数見つかっている他、どんぐりと山猫のようなユーモラスな作品、あるいは悲哀に満ちた猫の事務所などの作品からするに、一種のツンデレである可能性も否定できない。ある意味この人と同じか。
ちなみに賢治は犬についてははっきりと嫌っており、とりあげた作品はほぼないに等しい。理由は人間にヘーコラするからだとか。
プラネタリウム番組「銀河鉄道の夜」
KAGAYAスタジオ制作の、宮沢賢治の同作品を原作としたプラネタリウム番組。ナレーターは桑島法子。観覧者数100万人を突破した。DVD・ブルーレイも発売されている。
自宅よりも、ドームで見たほうが感動できるかもしれない(特に、最後に十字架の丘に到着する場面と、視線誘導を利用してEDに移っていく場面)。
影響を与えた作品
銀河鉄道999 - 本作をモチーフとした、恐らく最も有名な松本零士の漫画作品。
カムパネルラ - 登場人物の1人であるカムパネルラと、彼の犠牲によって命を救われたザネリをテーマとした米津玄師の楽曲。
銀河鉄道の父 - 本作の執筆過程をベースに宮沢賢治及びその家族の生涯をフォーカスした作品。
マギアレコード - 一部のドッペルのモチーフになっている。またイベント「星屑のミラージュ」では課題図書でこの物語を取り扱う。
ドラえもん アクタージュact-age サナララ(三重野涼ルート)
余談
銀河鉄道のモデル
この鉄道のモデルとして一番有力視されているのが釜石線である。釜石線はかつて岩手軽便鉄道という名前の私鉄・軽便鉄道であった。
同線は釜石鉱山からの輸送の為に1950年に改軌を含めた大幅な改良を受けているが、宮守川橋梁など当時を思い起こさせるものもある。
宮沢賢治がこの鉄道をモデルにした作品を多数制作していた縁で、釜石線は「銀河ドリームライン釜石線」を愛称として名付けられている。同線の各駅にもエスペラント語の愛称があり、「SL銀河」も走っている。
また、この他花巻電鉄説(後述)、苫小牧軽便鉄道(現日高本線)説、樺太(現サハリン)にあった樺太東線説などがある。
実は最新鋭だった銀河鉄道
銀河鉄道を走る列車を描いたイラストでは、牽引機が蒸気機関車で描かれる事が多いのだが、実はこの列車は
「六、銀河ステーション」の最後に、
「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。
「アルコールか電気だろう。」カムパネルラが云いました。
という記述があるのだ。
これを根拠として花巻電鉄がモデルなのではないかとする説も存在する。
蒸気機関車でなくとも列車を「汽車」と呼称することについては、電化率0%の徳島県で今なお続いている。
星座/天文ネタ
宮沢賢治は石と同様に星も愛した人物であり、天文学や星座に纏わるネタが作中で度々登場する。
- ケンタウル祭
- 南天の星座である「ケンタウルス座」
- 北の大熊星
- 北天の星座である「おおぐま座」
- 白鳥停車場
- 夏の星座「はくちょう座」
- 作中に登場する表現「北十字」とは白鳥座の別名
- 「アルビレオの観測所」は白鳥座のβ星「アルビレオ」のこと
- 鳥捕り
- 鳥を捕まえるという職業から、星図で鳥を咥えた「こぎつね座」がモデルという説がある
- また、彼や後述のインデアンが捕らえる対象に「鶴」が確認できるが、南天に「つる座」という星座も存在する
- 南十字(サウザンクロス)
- 言うまでもなく南天の星座「みなみじゅうじ座」
- 鷲の停車場
- 夏の星座「わし座」
- カササギ
- ジョバンニが目撃した孔雀
- 南天の星座「くじゃく座」
- インデアン
- 南天の星座「インディアン座」
- 双子のお星さま
- 黄道十二星座の1つ「ふたご座」など諸説あり
- 蝎の火
- 石炭袋
- みなみじゅうじ座にある暗黒星雲「コールサック」(日本語で石炭袋)。
- ブラックホールが星の終焉の姿であるのに対し、暗黒星雲は新しい銀河が生まれる前の星間ガスの集合体である。
岩波書店から出版された『「銀河鉄道の夜」精読』(著:鎌田東二)など初期型の銀河鉄道の夜には以下のネタも登場する。
関連タグ
IGRいわて銀河鉄道 - 岩手県を走る第三セクター線(旧東北本線)。言うまでもなく、由来はこの『銀河鉄道の夜』である。
ハナイズミモリウシ・オーロックス - 岩手県で発見された野生の牛の仲間。作中で言及されている。